相続・贈与による株を取得した場合の取得価額

 相続(限定承認に係るものを除く)、遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く)または贈与により取得した株式を売却する場合の取得価額は、元の所有者(被相続人、遺贈者または贈与者)の取得価額を引継ぎます。つまり、相続日・贈与日の時価は全く関係ありません。

 なお、相続や贈与などの際に相続人や受贈者が支払った名義書換手数料などの金額も取得価額に算入できます(所基通60-2)。

被相続人や贈与者がNISA口座を利用していた場合

 元の所有者がNISA口座を利用していた場合は、注意が必要です。被相続人(または遺贈者)が NISA口座を利用してい て、亡くなった場合、相続人の課税口座 (特定口座・一般口座)に銘柄が移管されますが、その際、 亡くなった日が相続人の取得日となり、 相続発生日の時価が取得価額となります。

 贈与の場合も同様に、贈与により、贈与者のNISA口座の残高を受贈者のNISA口座へ移管することはできません。受贈者の課税口座(特定口座・一般口座)への移管となり、課税口座で管理される取得価額は、贈与による移管時の時価となります。

相続税の取得費加算の特例

 相続または遺贈により取得した株式を相続税申告期限の翌日から3年以内(相続開始日の翌日から3年10ヶ月以内)に売却した場合は、その売却した株式を取得するのにかかった相続税相当額を取得価額に加えることができます(措法39)。

 相続税の取得費加算の特例制度は、相続税の課税対象となった相続財産が、相続後に譲渡されると、その相続財産については、相続税のほか、当該財産に係る譲渡所得に対して所得税が課されることになり、納税者の納得を得られない面があるため、これを調整する措置を講じることが必要とされ、相続財産を処分した場合、譲渡所得の計算上、その相続財産に係る相続税額を取得経費に準じて差し引く案が採用され、同案に基づき、昭和45年分の譲渡所得において創設されました。適用期間は、特例創設当時は2年でしたが、平成6年から3年に延長されています。

取得費に加算される金額 = その者の確定相続税額 ×(売却した上場株式の相続税評価額/その者の相続税の課税価格(債務控除前の金額)

計算例

①上場株式の売却代金 1,200万円
②売却した上場株式の被相続人の取得価額 800万円
③その者の確定相続税額 500万円
④その者の相続税の課税価格(債務控除前の金額) 5,000万円
⑤売却した上場株式の相続税評価額 1,000万円

株式売却損益の計算
1,200万円−(800万円+500万円×1,000万円/5,000万円)=300万円(株式売却益)

注意点

  • 相続税の取得費加算の特例を適用するためには確定申告が必要です。確定申告書には、①相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書、②株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書などの添付が必要です。特例の適用について確定申告書に記載しなかったときは、特例適用の意思のない適法な確定申告書として処理され、更正の請求の対象にはならないものとして取り扱われることになります。なお、確定申告書の提出がなかった場合又は特例の適用に関する記載のない確定申告書の提出があった場合においても、その提出又は記載がなかったことについて所轄税務署長が「やむを得ない事情」があると認めるときは、その旨記載のある書類等の提出を条件として特例の適用ができるとするゆうじょ規定(措置法39③)があります。
  • 相続税申告期限の翌日から3年以内(相続開始日の翌日から3年10ヶ月以内)に相続財産を売却できなかった場合は、特例を利用できません(昭和55年1月11日裁決・裁事19集139頁)。
  • 本特例を適用できるのは、売却による所得が譲渡所得である場合に限られます。つまり、事業所得や雑所得に該当する場合は利用できません。
  • 相続税の取得費加算の特例は、個人住民税においても適用となります。
  • 取得費加算額は、その譲渡した株式の売却益を限度とします。また、売却損の場合は、結果、本特例を利用することはできません(措令25の16①)。
  • 譲渡をした資産が上場株式等である場合には、上場株式等の種類及び銘柄の異なるごとに計算します(大阪地裁令和3年11月26日判決・税資271号-133(順号13635))。
  • 取得費加算の特例を適用したい場合には、相続した株式を特定口座(源泉あり)にいれるのは避けた方がいいと思います。口座内で他に売買しているものがあれば、他の売買分もあわせて申告する必要がでてきます。また、他の売買が譲渡損であり譲渡損益が調整され源泉徴収された金額にも影響が出てしまうので、申告を間違わないように注意が必要です。
  • 概算取得費控除の特例の適用要件、相続税額の取得費加算の特例の適用要件をそれぞれ満たしているのであれば、これらの特例を併用することができます。
  • 所得税の確定申告期限後に相続税の申告期限が到来する場合には、相続税の期限内申告書を提出した日の翌日から2月以内に更正の請求をすることにより本件特例が適用できるものとされています(措法39④)。なお、所得税の確定申告期限までに相続税の申告書を提出して相続税額が確定したときには、本件特例が適用できることとして取り扱われています(措通39-1)。
  • 相続税法19条(相続開始前3年以内に贈与があった場合の相続税額)の規定に基づいて、相続税の課税価格に加算された贈与財産である株式については、「相続財産の取得費加算の特例」の適用が受けられることになります(措法39①、措令25の16①二)。
  • 相続時精算課税の適用を受けた贈与により取得した財産である株式については、「相続財産の取得費加算の特例」の適用が受けられることになります。
  • 相続税の修正申告により増加した税額に相当する相続税額についても、譲渡所得の計算上取得費に加算することができます。
  • 譲渡資産のうち相続又は遺贈により取得した部分とそれ以外の部分(自己取得分等)がある場合、相続又は遺贈により取得した部分のみが特例の対象となります。なお、相続人等が相続等により取得した株式と同一銘柄の株式を有する場合において、これらの株式の一部を譲渡した場合には、取得費加算の特例の適用については、相続等により取得した株式から譲渡したものとして差し支えないとされています(措置通39-12)。つまり、株に色がついているわけではないため、納税者有利に考えて相続等により取得した株式から譲渡したものとして「相続財産の取得費加算の特例」の計算をしていいということになりますが、取得価額については、通常通り、既に持っていた自己取得分等と合わせて総平均法に準ずる方法によって求めることになると思います。
  • 質疑応答事例「取得費加算の特例の適用に係る譲渡資産について、相続により取得した株式のほかに贈与により取得した株式もある場合」からすれば、相続時精算課税の適用を受けていたため、被相続人に係る相続税の課税価格に、相続により取得したA社株式の価額と相続時精算課税の適用を受けたA社株式(相続により取得した株式と同一銘柄)の価額が含まれている場合は、取得費加算の特例の適用に当たっては、相続税の課税価格の計算の基礎に算入された株式の価額(1株当たりの価額)が高い方から譲渡したものとして取り扱うことができることになっています。つまり、取得費に加算できる価額を高くとることができるということです。なお、質疑応答事例には記載がありませんが、同一口座に入っているような場合には、取得価額そのものについては、通常通り、総平均法に準ずる方法によって求めることになると思いますので、取得費に加算できる価額を高くとることができでも、取得価額は平均化され、同一単価になると思います。
  • 相続税額の計算上、贈与税額控除や相次相続控除を受けている場合には、贈与税額控除又は相次相続控除はなかったものとして計算した相続税額を計算の基礎とすることとされています。

特定口座(源泉徴収口座)の譲渡益を当初申告で含めていなかった場合、取得費加算の特例の適用を理由とする更正の請求はできないとされた事例-東京地裁令和2年4月7日判決(tainz:Z888-2341)(却下・棄却)(控訴)

(1)事案の概要

 本件は、原告Xらは、相続により取得した上場株式等について特定口座(源泉徴収口座)に預け入れ、その後、その株式等の一部を譲渡した場合に、Xらが、上場株式等の譲渡による所得について、当該所得を含めずに確定申告をした後、相続税額の取得費加算の特例を適用して更正の請求をしたところ、更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、通知処分の取消しを求めた事案である。

○本判決に至るまでの事実等は、次のとおりである。
① Xらは、亡母Mの死亡に伴う相続(以下「本件相続」という。)について遺産分割を行い、相続財産の一部である上場株式等(以下「本件各上場株式等」という。)を取得した。
② Xらは、S証券A支店に、特定口座(源泉徴収口座)を開設し(以下「本件各特定口座」という。)、その後、本件各特定口座に本件各上場株式等を預け入れた。
③ その後、Xらは、各自、本件各上場株式等の全部又は一部を譲渡し、これにより、譲渡益を得た。
④ Xらは、期限内に確定申告をしたが、本件各譲渡に係る譲渡所得を含めていなかった。
⑤ Xらは、租税特別措置法(以下「措置法」という。)39条1項に規定する相続税額の取得費加算の特例を適用して更正の請求をしたところ、所轄税務署長は、更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。

(2)判決要旨(却下・棄却)(控訴)

① 更正の請求は、納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことが必要とされるところ(通則法23条1項)、本件各確定申告は、いずれも、申告不要制度について定めた措置法37条の11の5の規定に基づき、本件各譲渡に係る譲渡所得の金額を除外してされたものであり、また、これを前提とした計算に誤りがあるとは認められない。

② 措置法37条の11の5は、個人投資家の確定申告等の事務の負担の軽減に配慮する観点から、源泉徴収選択口座において生じた上場株式等の譲渡所得について、申告不要の特例を設けたものであるところ、申告不要の特例を選択するか、あるいは、これを選択せずに当該源泉徴収選択口座において生じた上場株式等の譲渡所得を除外することなく申告するかは、確定申告時の納税者の自由な選択に委ねられており、このことは、同条1項が、当該上場株式等の譲渡所得の金額について「除外したところにより、所得税法120条(中略)の規定を適用することができる」と規定していることからも明らかといえる。納税者にとってみれば、源泉徴収選択口座において生じた上場株式等の譲渡所得について、確定申告時に、税額に及ぼす影響や事務の負担等を勘案して、申告不要の特例を選択するか否かを検討することが求められるものといえるが、これが納税者にとって過度な負担を強いるものとはいえず、このことは、上場株式等が一定の期間における相続財産である場合に、申告不要の特例を選択せず、当該源泉徴収選択口座において生じた上場株式等の譲渡所得を除外せずに申告することで、更に措置法39条1項の適用を求めることができることを踏まえても、同様といえる。

③ 仮に、納税者が申告不要の特例を選択したことによって、これを選択せずに当該源泉徴収選択口座において生じた上場株式等の譲渡所得を除外することなく申告をした場合と比べて納付すべき税額が過大となったり、又は、還付金の額に相当する税額が過少となったりしたとしても、これをもって「国税に関する法律の規定に従っていなかったこと」に当たるとはいえず、したがって、本件各確定申告で本件各譲渡に係る譲渡所得の金額を除外したことについて「国税に関する法律の規定に従っていなかったこと」に当たるとはいえない。

④ 以上によると、本件更正の請求は、通則法23条1項の更正の請求の要件を満たしておらず、Xらは更正の請求で措置法39条1項の規定の適用を求めることはできないというべきである。

その他