概要
専業主婦やパート勤務の妻が夫の健康保険の被扶養者となっている場合、通常は妻自身が健康保険料を負担する必要はありません。
また、妻が20歳以上60歳未満で、厚生年金保険の被保険者である夫に扶養され、国民年金第3号被保険者の要件を満たしている場合には、妻自身が国民年金保険料を納付する必要もありません(国年法7①三・②、国年令4)。
では、妻が保有している株式を売却し、多額の売却益が生じた場合、健康保険の扶養から外れるのでしょうか。
結論からいうと、株式を売却したことだけで全国一律に健康保険の扶養から外れるわけではありません。
しかし、加入している保険者の取扱いや株式取引の状況によっては、株式の譲渡による収入が被扶養者認定に影響する可能性があります。
特に注意したいのは、所得税の取扱いと健康保険の被扶養者認定は別の制度だという点です。
健康保険の被扶養者となるための基本的な収入基準
健康保険法では、配偶者などについて「主としてその被保険者により生計を維持するもの」であることが被扶養者となるための要件とされています(健保法3⑦)。
厚生労働省の被扶養者認定基準では、被保険者と同一世帯に属している場合、原則として、
- 年間収入が130万円未満であること
- その年間収入が被保険者の年間収入の2分の1未満であること
が基準とされています。
60歳以上の者又は一定の障害者については、130万円ではなく180万円未満が基準となります(昭和52年4月6日保発第9号・庁保発第9号)。
また、別居している場合には、原則として年間収入が130万円未満等であり、かつ、その収入が被保険者からの仕送り額より少ないことが必要です(昭和52年4月6日保発第9号・庁保発第9号)。
もっとも、これらの基準を機械的に適用した結果が実際の生活実態と著しくかけ離れ、社会通念上妥当性を欠く場合には、具体的事情に即して認定することとされています(昭和52年4月6日保発第9号・庁保発第9号)。
なお、19歳以上23歳未満の被扶養者については一定の場合に150万円未満という基準がありますが、被保険者の配偶者はこの150万円基準の対象外です。
そのため、妻についてはこの特例により150万円基準となるわけではありません(令和7年10月1日保保発1001第3号・年管管発1001第3号)。
「年間収入」は所得税の1年間の所得とは違う
健康保険の被扶養者認定における「年間収入」は、所得税のように1月1日から12月31日までの所得を計算して判定するものではありません。
原則として、過去の収入、現在の収入、将来の収入見込みなどを踏まえ、認定時点から今後1年間の収入の見込みによって判断します(昭和52年4月6日保発第9号・庁保発第9号、令和7年10月1日保保発1001第3号・年管管発1001第3号)。
したがって、「前年の所得が130万円未満だったから今年も必ず扶養に入れる」あるいは、「今年1月から12月までの所得が130万円未満になれば必ず扶養に入れる」という仕組みではありません。
株式の売却収入は健康保険上の「年間収入」に含まれるのか
ここが一番難しいところです。
健康保険法や厚生労働省の一般的な被扶養者認定通知には、株式を売却した場合について、「譲渡代金を収入とする」「譲渡益だけを収入とする」「一時的な株式売却であれば収入に含めない」といった全国一律の具体的計算方法までは定められていません。
実際には、健康保険組合が公表している取扱いにも違いがみられます。
某A健康保険組合の例
某A健康保険組合は、株式等による収入について、継続して得ることができる資産運用収入を被扶養者認定上の収入として取り扱っています。
同健康保険組合では、株式等の譲渡収入を、おおむね「譲渡価額-取得価額」によって計算し、計算結果がマイナスの場合は0円として取り扱うことを公表しています。
また、相続した株式を一度に全部売却するような場合は一時的収入として取り扱う一方、株式を保有しながら継続的に取引する場合などについては継続的な収入として取り扱っています。
したがって、少なくともこの健康保険組合については、「株式の売却代金そのものが130万円以上なら扶養から外れる」という単純な判定ではありません。
某D健康保険組合の例
某D健康保険組合は、公表している被扶養者認定基準において、株式売却による利益を一時的な収入の例として挙げています。
これに対して、継続的に得られる株式配当等については収入として取り扱っています。
健康保険組合によって取扱いが異なる
このように、株式の売却による収入については、具体的な取引状況や加入している健康保険組合によって取扱いが異なる場合があります。
なお、これらはそれぞれの健康保険組合が公表している取扱いの例であり、すべての健康保険組合に共通する基準ではありません。
特定口座(源泉徴収あり)で確定申告をしなくても安心とは限らない
上場株式等を特定口座(源泉徴収あり)で売却した場合、その口座内の譲渡所得について、所得税の確定申告をしないことを選択できる場合があります(国税庁タックスアンサーNo.1476)。
しかし、「所得税で申告不要だから、健康保険の年間収入にも含まれない」とは限りません。所得税法上の申告不要制度と、健康保険法上の被扶養者認定は別の制度だからです。
実際、某A健康保険組合では、源泉徴収ありの特定口座を利用して確定申告をしていない場合についても、所得証明書や特定口座年間取引報告書等によって株式収入を確認する取扱いを公表しています。
したがって、「源泉徴収ありの特定口座なら、確定申告をしなければ健康保険の扶養には影響しない」と考えるのは危険です。
株式の損失を確定申告すると扶養から外れるのか
上場株式等の譲渡損失について、他の上場株式等の譲渡益や一定の配当等と損益通算したり、譲渡損失の繰越控除を受けたりするために確定申告をすることがあります。
しかし、確定申告をしたこと自体が健康保険の扶養から外れる原因になるわけではありません。
問題となるのは、加入している保険者が、株式の譲渡による収入や損失を被扶養者認定上どのように取り扱うかです。
例えば某A健康保険組合では、前年以前から繰り越された株式等の譲渡損失について、被扶養者認定上の株式収入から控除しない取扱いを公表しています。
また、確定申告をしていない場合についても年間取引報告書等を確認しています。したがって、「確定申告をするかしないか」だけで健康保険の扶養への影響を判断することはできません。
協会けんぽの場合はどうなるのか
協会けんぽの被扶養者に関する届出は、事業主を経由して日本年金機構に提出します。被扶養者に異動があった場合も同様です。
ただし、日本年金機構・協会けんぽの一般向け公表資料では、株式譲渡収入について、「事業規模の株式取引でなければ金額にかかわらず年間収入に含めない」という全国一律の具体的基準までは確認できません。
そのため、協会けんぽの被扶養者で多額の株式売却を行った場合には、
- 売却した株式が一時的に保有していたものか
- 継続的に株式取引を行っているか
- 売却代金はいくらか
- 取得価額はいくらか
- 譲渡益又は譲渡損失はいくらか
- 特定口座(源泉徴収あり・なし)のいずれか
- 配当収入等の他の収入があるか
などを整理した上で、勤務先又は日本年金機構(年金事務所)に確認することをおすすめします。
健康保険の扶養を外れたら必ず国保・国民年金になるわけではない
健康保険の被扶養者から外れた後に加入する制度は、妻の年齢や勤務状況によって異なります。
例えば、20歳以上60歳未満で、自身が厚生年金保険の被保険者とならない妻が国民年金第3号被保険者の要件を満たさなくなった場合には、原則として国民年金第1号被保険者への変更手続が必要になります(国年法7①一・三)。
一方、勤務先で健康保険・厚生年金保険の加入要件を満たす場合には、自ら被用者保険に加入します。
また、60歳以上の妻については、健康保険の被扶養者認定では180万円未満という基準が問題となる場合がありますが、健康保険の扶養から外れたことによって当然に国民年金第1号被保険者となるわけではありません。
したがって、「130万円又は180万円以上になったら必ず国保+国民年金」という理解は正確ではありません。
2026年4月からは労働契約上の年間収入による判定方法も開始
2026年4月1日から、給与収入について新しい被扶養者認定の取扱いが始まっています。
労働契約で定められた賃金から見込まれる年間収入が130万円未満等であり、他の収入が見込まれない場合には、一定の要件の下で原則として被扶養者に該当するものとして取り扱われます(令和7年10月1日保保発1001第3号・年管管発1001第3号)。
ここで重要なのは、「他の収入が見込まれない」ことが要件となっている点です。
給与以外に年金収入や事業収入等がある場合は従来どおりの取扱いとされており、株式譲渡収入や配当収入等がある場合についても、給与収入だけを前提とするこの判定方法だけで結論を出すことはできません(令和7年10月1日保保発1001第3号・年管管発1001第3号)。
所得税の配偶者控除等と健康保険の扶養は別制度
税金の「扶養」と社会保険の「扶養」は別物です。所得税については、配偶者の合計所得金額等に応じて配偶者控除又は配偶者特別控除の適用を判定します。
また、源泉徴収ありの特定口座内の上場株式等の譲渡所得について申告不要を選択した場合には、所得税の配偶者控除等の判定上の合計所得金額に含めない取扱いとなる場合があります(国税庁タックスアンサーNo.1190、No.1476)。
これに対し、健康保険の被扶養者認定は健康保険法及び厚生労働省通知等に基づいて行われます。
したがって、所得税では配偶者控除等に影響しないのに、健康保険では被扶養者認定の確認が必要になるというケースもあり得ます。
裁判例では「実際に誰が経済的に扶養しているか」も重視されている
健康保険の被扶養者認定については、札幌地方裁判所平成30年9月11日判決(平成28年(行ウ)第26号)があります。
この事件は株式譲渡収入を争ったものではありませんが、健康保険法3条7項の「主としてその被保険者により生計を維持するもの」に該当するかについて、実際に誰が対象者の生活を経済的に支えていたかを重視して判断し、被扶養者から外した処分を取り消しました(札幌地判平成30年9月11日・平成28年(行ウ)第26号)。
この判決からも、健康保険の被扶養者認定は、所得税の所得計算だけで機械的に決まる問題ではなく、健康保険法上の生計維持関係を踏まえて判断される制度であることが分かります。
なお、株式譲渡収入を健康保険の被扶養者認定上どのように算入するかを直接判断した裁判例ではありません。
健康保険法と国民年金法の関係
国民年金第3号被保険者になるか否かの被扶養配偶者の認定は、健康保険等における被扶養者の認定の取扱いを勘案して日本年金機構が行います(国年法7②、国年令4)。よって、扶養について、健康保険と年金で取り扱いが異なることはまずないということです。
| 健康保険法4条 健康保険(日雇特例被保険者の保険を除く。)の保険者は、全国健康保険協会及び健康保険組合とする。 国民年金法7条2項 前項第3号の規定の適用上、主として第二号被保険者の収入により生計を維持することの認定に関し必要な事項は、政令で定める。 国民年金法施行令4条 法第7条第2項に規定する主として第2号被保険者の収入により生計を維持することの認定は、健康保険法、国家公務員共済組合法、地方公務員等共済組合法及び私立学校教職員共済法における被扶養者の認定の取扱いを勘案して日本年金機構が行う。 |
まとめ
株式を売却した場合の健康保険の扶養については、次の点に注意してください。
- 株式を売却しただけで全国一律に健康保険の扶養から外れるわけではありません。
- 株式譲渡による収入をどのように扱うかについて、健康保険組合の具体的な取扱いには違いがあります。
- 株式の売却代金そのものを130万円基準と比較するとは限りません。
- 特定口座(源泉徴収あり)で所得税の確定申告をしなくても、健康保険上の収入確認の対象となる場合があります。
- 確定申告をしたこと自体が、健康保険の扶養から外れる原因になるわけではありません。
- 協会けんぽについても、株式譲渡収入について一律に影響がないと考えるのは避けた方が安全です。
- 健康保険の被扶養者から外れた場合でも、必ず「国民健康保険+国民年金第1号」になるわけではなく、年齢や勤務状況によって加入する制度は異なります。
- 2026年4月からの労働契約上の年間収入による判定方法は、他の収入が見込まれないことを前提としているため、株式譲渡収入や配当収入等がある場合には注意が必要です。
特に、多額の株式売却を予定している場合や、継続的に株式取引をしている場合には、売却後ではなく売却前に、加入している健康保険の保険者へ具体的な取扱いを確認しておくことをおすすめします。
平成5年3月5日保発第15号庁保発第4号(生計維持の基準)
認定対象者が被保険者と同一世帯に属している場合
認定対象者の年間収入が130万円未満(認定対象者が60歳以上またはおおむね障害厚生年金を受けられる程度の障害者の場合は180万円未満)であって、かつ、被保険者の年間収入の2分の1未満である場合は被扶養者となる。
なお、上記に該当しない場合であっても、認定対象者の年間収入が130万円未満(認定対象者が60歳以上またはおおむね障害厚生年金を受けられる程度の障害者の場合は180万円未満)であって、かつ、被保険者の年間収入を上回らない場合には、その世帯の生計の状況を総合的に勘案して、当該被保険者がその世帯の生計維持の中心的役割を果たしていると認められるときは、被扶養者となる。
認定対象者が被保険者と同一世帯に属していない場合
認定対象者の年間収入が130万円未満(認定対象者が60歳以上またはおおむね障害厚生年金を受けられる程度の障害者の場合は180万円未満)であって、かつ、被保険者からの援助による収入額より少ない場合には、被扶養者となる。
令和3年4月30日保保発0430第2号保国発0430第2号(夫婦共同扶養の場合における被扶養者の認定について)
夫婦とも被用者保険の被保険者の場合には、以下の取扱いとする。
(1) 被扶養者とすべき者の員数にかかわらず、被保険者の年間収入(過去の収入、現時点の収入、将来の収入等から今後1年間の収入を見込んだものとする。以下同じ。)が多い方の被扶養者とする。
(2) 夫婦双方の年間収入の差額が年間収入の多い方の1割以内である場合は、被扶養者の地位の安定を図るため、届出により、主として生計を維持する者の被扶養者とする。
(3) 夫婦の双方又はいずれか一方が共済組合の組合員であって、その者に被扶養者とすべき者に係る扶養手当又はこれに相当する手当(以下「扶養手当等」という。)の支給が認定されている場合には、その認定を受けている者の被扶養者として差し支えない。
なお、扶養手当等の支給が認定されていないことのみを理由に被扶養者として認定しないことはできない。
(4) 被扶養者として認定しない保険者等は、当該決定に係る通知を発出する。
当該通知には、認定しなかった理由(年間収入の見込み額等)、加入者の標準報酬月額、届出日及び決定日を記載することが望ましい。
被保険者は当該通知を届出に添えて次に届出を行う保険者等に提出する。
(5) (4)により他保険者等が発出した不認定に係る通知とともに届出を受けた保険者等は、当該通知に基づいて届出を審査することとし、他保険者等の決定につき疑義がある場合には、届出を受理した日より5日以内(書類不備の是正を求める期間及び土日祝日を除く。)に、不認定に係る通知を発出した他保険者等と、いずれの者の被扶養者とすべきか年間収入の算出根拠を明らかにした上で協議する。
この協議が整わない場合には、初めに届出を受理した保険者等に届出が提出された日の属する月の標準報酬月額が高い方の被扶養者とする。
標準報酬月額が同額の場合は、被保険者の届出により、主として生計を維持する者の被扶養者とする。なお、標準報酬月額に遡及訂正があった結果、上記決定が覆る場合は、遡及が判明した時点から将来に向かって決定を改める。
(6) 夫婦の年間収入比較に係る添付書類は、保険者判断として差し支えない。
労働契約内容による年間収入が基準額未満である場合の被扶養者の認定における年間収入の取り扱いについて(令和8年4月1日以降)
被扶養者の認定における年間収入について、令和8年4月1日以降は、「労働条件通知書」等の労働契約内容が分かる書類に記載のある賃金(※1)から見込まれる年間収入が130万円未満(※2)であり、かつ、他の収入が見込まれず、
1 認定対象者が被保険者と同一世帯に属している場合には、被保険者の年間収入の2分の1未満であると認められる場合(※3)
2 認定対象者が被保険者と同一世帯に属していない場合には、被保険者からの援助に依る収入額より少ない場合
には、原則として、被扶養者に該当するものとして取り扱われます。
(※1)労働基準法第11条に規定される賃金をいい、諸手当および賞与も含まれます。
(※2)認定対象者が60歳以上の者である場合または概ね厚生年金保険法による障害厚生年金の受給要件に該当する程度の障害者である場合にあっては、180万円未満(ただし、障害年金などの給与以外の収入があると、この方法は使えません。)、認定対象者(被保険者の配偶者を除きます。)が19歳以上23歳未満である場合にあっては150万円未満となります。
(※3)収入が扶養者(被保険者)の収入の半分以上の場合であっても、扶養者(被保険者)の年間収入を上回らないときで、日本年金機構がその世帯の生計の状況を総合的に勘案して、扶養者(被保険者)がその世帯の生計維持の中心的役割を果たしていると認めるときは被扶養者となることがあります。
〇日本年金機構HP
https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/2025/202512/1225.html


