売買契約中の土地の相続税(贈与税)評価

現行の相続税(贈与税)評価

 土地の売買契約締結後それが履行(売買代金の完済、所有権移転等)されるまでの間に、売主又は買主が死亡して相続が発生することはままありますが、その場合に、当該土地の相続税評価額と売買価額との間に時には大幅な開差があるが故に、相続財産の種類やその評価額が問題となります。

 このことについて、過去の重要な判決(最高裁昭和61年12月5日第二小法廷判決・訟務月報33巻8号2149頁等)から整理されて、国税庁資産税課情報第1号(平成3年1月11日付)により、現在は、以下のように取り扱うとされています。

(1)売主側に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、その売買契約に基づく土地の譲渡の対価のうち相続開始時における未収入金(残代金請求権)とします。未収入金(残代金請求権)の評価は、財産評価基本通達204に定める貸付金債権の評価により評価することとなります。

(2)買主側に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、その売買契約に係る土地の引渡請求権となり、その引渡請求権の価額は、原則として、売買契約に基づくその土地の取得価額によります。また、その財産取得者の負担すべき債務は、相続開始時における未払金(債務控除の対象)とします。

 なお、買主側が、相続税の申告に当たって、この「引渡請求権」を「土地」として申告した場合は、それが認められます。 この場合は、土地の価額は財産評価基本通達により評価した価額によることになります(ただし、その価額を売買価額で評価すべきであると課税庁側に主張される場合もありえます)。そして、その財産取得者の負担すべき債務は、相続開始時における未払金(債務控除の対象)とします。

 また、買主側の相続財産を宅地とする申告があった場合には、当該宅地について小規模宅地等の特例の適用要件に該当する場合には、適用対象とすることができることとなりますが、予め所轄税務署と協議しておくのが良いでしょう。

計算例

(Q)売買金額5億円(路線価4億円)の土地で、相続開始までの売主の受領金額(買主の支払金額)が2億円の場合の、売主、買主の財産評価

(A)
売主は、現金2億円(相続開始までの受領金額)、未収入金3億円(残代金請求権) 合計5億円
買主は、引渡請求権5億円、未払金3億円 差引2億円

売主側の譲渡所得

①引渡日ベース

 譲渡所得に関しては、原則的には、引渡しのあった日の属する年分の譲渡所得とされる(引渡日ベース)ので、売買途中で売主の被相続人が亡くなった場合には、相続人の譲渡所得となります。

 譲渡所得を引渡日ベースにより、相続人の所得として申告する場合には、その譲渡所得に係る所得税額は相続人に課税されますから、相続税の課税価格から債務として控除することはできません。

 なお、売買契約中であった土地等について、売主に相続が開始した場合で、その相続人が譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期を当該土地等の引渡しがあった日として譲渡所得の申告をするときは、その譲渡所得の申告において相続税額の取得費加算の特例をを適用することは可能とされています(措法39、国税庁HP質疑応答事例「相続開始時点で売買契約中であった不動産の譲渡についての相続税額の取得費加算の特例の適用」)。

②契約日ベース

 いわゆる「契約日ベース(所基通36-12但書)」で申告をすることも認められていますので、被相続人の譲渡所得として申告(準確定申告書の提出)をすることも可能となります。

 契約日ベースによる場合には、資産の譲渡は被相続人(譲渡契約締結者本人)の段階で行われたことになり、その相続人は被相続人の譲渡所得の申告納税義務を承継して、準確定申告書を提出すべきことになり、その譲渡所得に係る所得税額相当額は、相続税の課税価格の計算において債務控除の対象とされます。

国税庁資産税課情報第1号(平成3年1月11日付)

 (今後の実務における対応)

    前記の判決(略)を踏まえ、売買契約中の土地等(土地又は土地の上に存する権利をいう。)及び建物等(建物及びその附属設備又は構築物をいう。)に係る相続税の課税等については、次によるのが相当と考えられる。

(1)土地等又は建物等の売買契約の締結後当該土地等又は建物等の売主から買主への引渡しの日(当該土地等が、売買について農地法第3条第1項若しくは第5条第1項本文の規定による許可又は同項第3号の規定による届出を要する農地若しくは採草放牧地又はこれらの土地の上に存する権利である場合には、当該許可の日又は当該届出の効力の生じた日後に当該土地等の所有権その他の権利が売主から買主へ移転したと認められる場合を除き、当該許可の日又は届出の効カの生じた日)前に当該売主又は買主に相続が開始した場合には、当該相続に係る相続税の課税上、当該売主又は買主たる被相続人の相続人その他の者が、当該売買契約に関し当該被相続人から相続又は遺贈(贈与者の死亡により効カを生ずる贈与を含む。以下同じ。)により取得した財産及び当該被相続人から承継した債務は、それぞれ次による。

  イ  売主に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、当該売買契約に基づく相続開始時における残代金請求権とする。

  ロ  買主に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、当該売買契約に係る土地等又は建物等の引渡請求権等とし、当該被相続人から承継した債務は、相続開始時における残代金支払債務とする。

  (注)

1 買主に相続が開始した場合における上記ロの土地等又は建物等の引渡請求権等の価額は、原則として当該売買契約に基づく土地等又は建物等の取得価額の金額によるが、当該売買契約の日から相続開始の日までの期間が通常の売買の例に比較して長期間であるなど当該取得価額の金額が当該相続開始の日における当該土地等又は建物等の引渡請求権等の価額として適当でない場合には、別途個別に評価した価額による。

2 買主に相続が開始した場合において、当該土地等又は建物等を相続財産とする申告があったときにおいては、それを認める。この場合における当該土地等又は建物等の価額は、当該土地等又は建物等について租税特別措置法第69条の4第1項の規定(編注:現行廃止)の適用がある場合を除き、相続税財産評価に関する基本通達(編注:財産評価基本通達)により評価した価額によることになる。

3 当該売買契約に基づき被相続人たる売主又は買主が負担することとなっている当該売買の仲介手数料その他の経費で、相続開始の時において未払いのものは、当該被相続人に係る債務である。

4 上記の取扱いによる課税処分が訴訟事件となり、その審理の段階で引渡し前の相続財産が「土地等」であるとして争われる場合には、相続財産が「土地等」であるとしてもその価額が当該売買価額で評価すべきである旨を主張する事例もあることに留意する。

最高裁昭和61年12月5日第二小法廷判決(集民149号263頁)要旨(買主側に相続)

一 農地の売買契約締結後農業委員会の許可前に買主が死亡した場合における相続税の課税財産は、右売買契約に基づき買主たる被相続人が売主に対して取得した当該農地の所有権移転請求権等の債権的権利である。
二 農地の買主の死亡により相続人が取得した当該農地の所有権移転請求権等の相続税の課税財産としての価額は、売買契約による当該農地の取得価額相当額と評価すべきである。

裁判長裁判官 藤島 昭
裁判官 牧 圭次
裁判官 島谷 六郎
裁判官 香川 保一
裁判官 林 藤之輔

最高裁昭和61年12月5日第二小法廷判決(訟務月報33巻8号2149頁)要旨(売主側に相続)

(1)事案の概要
 土地の売買価額4539万円余、受領済の手付金・内金1600万円の支払いがあり、1週間後には売買残代金2939万円余の支払いと所有権移転が行われるという予定であったが、売主が死亡し、相続人らが当該土地(相続税評価額2018万円余)を相続したとして申告をしたところ、課税庁が、当該土地が売却済であるとして、売買残代金を相続財産として課税処分を行ったため争われた。

(2)判決要旨
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、たとえ本件土地の所有権が売主に残つているとしても、もはやその実質は売買代金債権を確保するための機能を有するにすぎないものであり、上告人らの相続した本件土地の所有権は、独立して相続税の課税財産を構成しないというべきであつて、本件において相続税の課税財産となるのは、売買残代金債権2939万円余(手付金、中間金として受領済みの代金が、現金、預金等の相続財産に混入していることは、原審の確定するところである。)であると解するのが相当である。
 したがつて、上告人らの課税価格の算定にあたり、本件土地の価額をその売買残代金債権と同額である2939万円余とした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。

裁判長裁判官 香川 保一
裁判官 牧 圭次
裁判官 島谷 六郎
裁判官 藤島 昭
裁判官 林 藤之輔

①相続税の課税財産は土地売買契約に係る売買残代金請求権であり、②相続開始前に売買契約の合意解除があったかのように仮装とたとして重加算税を賦課した処分が適法であるとされた令和2年10月29日判決

(1)事件の概要

1 本件における事実関係は、大要、次のとおりである。

H26.5  本件売買契約 甲が本件土地をA社に売却
H26.10 甲死亡 死亡時までに手付金のみ受領
H26.11 遺産分割協議 本件土地をXら(甲の相続人)が共有取得
H26.12 本件確認書の取り交わし XらとA社との間で、本件売買契約が甲の生前に解除されたことを確認した書面を取り交わし
H27.1  本件持分売買契約 Xらが本件土地の共有持分をA社に売却


2 Xら(納税者)は、甲所有の土地(以下「本件土地」という。)をA社に売却する契約(以下「本件売買契約」という。)が甲の生前に合意解除されていたとして課税財産を本件土地とする相続税の申告をしたが、課税庁は、課税財産は売買残代金請求権であるとして更正処分等をした。

(2)本件の争点

1 本件における相続税の課税対象となる財産は本件土地か、本件売買契約に係る売買残代金請求権か

2 重加算税の賦課の適否

(3)裁判所の判断

1 本件売買契約は、本件確認書(本件売買契約が甲の生前に解除されていたことをXらとA社との間で確認した書面)が締結された平成26年12月にXらとA社との間で合意解除されたものと認めるのが相当である。相続開始後の契約の合意解除による課税財産への影響については、法定の解除事由がある場合、事情の変更により契約の効力を維持するのが不当な場合、その他これに類する客観的理由に基づいて合意解除された場合に、「やむを得ない事情」があるものとして相続税の課税関係に影響を及ぼすが、それ以外の場合には影響を及ぼさないと解するのが相当である。
2 本件においては、①合意解除の時点(H26.12)で、改めてXらとA社が本件土地の売買契約を締結することは確実であったこと、②本件売買契約と本件持分売買契約(Xらが本件土地の共有持分をA社に売却する契約)との間で、売買代金額に実質的な変更はないこと、③A社は、合意解除後も、本件土地上のマンション建設事業を進行させていたことなどからすれば、本件売買契約の合意解除は、租税負担の軽減を意図するなどして行われたものというべきであり、「やむを得ない事情」があったとは認められない。
 以上によれば、課税財産は、本件売買契約に係る売買残代金請求権と解するのが相当である。
3 Xらは、相続開始前に合意解除がされていないことを認識しながら、合意解除があったとする内容の本件確認書を作成することによって、相続開始前に合意解除があったかのように仮装し、その仮装したところに基づき申告書を提出したものと認められるから、Xらに対して重加算税を賦課することは相当である。

売買契約中の株式の相続税(贈与税)評価

 株式においても、土地と同じように考えるべきだと思います。上場株式の場合、よっぽど株価の値動きが激しくない限り、売買金額での評価であっても、財産評価基本通達による上場株式の相続税(贈与税)評価より、ちょっと高い金額になるぐらいだと思います。

 ただし、未上場株式ですと、売買金額と財産評価基本通達による評価では大きく評価額が違ってくる場合があるので気を付ける必要があります。

取引相場のない株式について、評価通達の定める評価方法以外の評価方法によって評価すべき特別な事情があるとされた事例-令和2年7月8日裁決(仙裁(諸)令2第3号)(棄却)

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人Xが、相続により取得した取引相場のない株式(本件株式)を財産評価基本通達(評価通達)に定める類似業種比準価額により評価して相続税の申告をしたところ、原処分庁が、当該類似業種比準価額により評価することが著しく不適当と認められるとして、国税庁長官の指示を受けて評価した価額(K算定報告額)により相続税の更正処分等を行ったことに対し、Xが、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

○本裁決に至るまでの事実等は、次のとおりである。
① Xの父Fは、A社の代表取締役であり、A社の株式21,400株(以下「本件相続株式」という。)を所有していた。A社は、平成26年1月16日、B社と売却・資本提携等を前提とする協議を進めるに当たり、相互に開示される情報の秘密保持に関し、秘密保持契約を締結した。
② F及びB社は、平成26年5月29日、A社の株式の譲渡に向けて協議を行うことについて、基本合意書(以下「本件基本合意書」といい、本件基本合意書に係る合意を「本件基本合意」という。)を締結した。本件基本合意書には、要旨、次の条項が定められている。
 Fは、B社に対し、別途締結する株式譲渡契約の定めるところに従い、平成26年7月14日にA社の株式のうちFが保有する21,400株を、1株当たり105,068円で譲渡する。また、Fは、F以外の株主が保有するA社の株式〔これと上記21,400株を合わせると60,000株〕を平成26年7月14日までに取りまとめ又は買い集めた上で、別途締結する株式譲渡契約の定めるところに従い、B社に譲渡する。
② Fは、平成26年6月11日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡し、Fに係る相続(以下「本件相続」という。)が開始した。本件相続に係る共同相続人は、Fの妻M、子であるX及びSの3名(以下、これら3名を併せて「相続人ら」という。)である。相続人らは、平成26年7月8日、本件相続株式の遺産分割協議を成立させ、本件相続株式については、Mが10,700株を、Xが5,350株を、Sが5,350株をそれぞれ取得した。
③ Mは、本件相続の開始後、B社との間でA社の株式を譲渡することについて交渉を行い、平成26年6月18日、A社の代表取締役に就任した。平成26年7月8日、A社の取締役会において、M以外の全てのA社の株主がその所有するA社の株式の全部を平成26年7月14日を譲渡予定日としてMに譲渡すること及びこれらの譲渡が実行されることを前提に、Mがその所有するA社の株式の全部を平成26年7月14日を譲渡予定日としてB社に譲渡することが承認された。
④ M及びB社は、平成26年7月8日、MがB社にA社の発行済株式の全部(60,000株)を譲渡する契約(以下「本件株式譲渡契約」という。)を締結した。本件株式譲渡契約において、譲渡価格は、1株当たり105,068円(以下「本件株式譲渡価格」という。)と定められた。
⑤ 相続人らは、相続税の課税価格に算入するA社株式の価額について、類似業種比準価額により1株当たり8,186円と評価し、法定申告期限までに相続税の申告をした。
⑥ 原処分庁は、これに対し、相続人らに対し、本件相続株式の価額を評価通達6の定めにより国税庁長官の指示に基づき算定し、本件相続に係る相続税について、更正処分等をした。本件更正処分において、本件相続株式の算定した価額は、原処分庁の依頼により行ったK社の平成30年2月28日付の株式価値算定報告(以下「K算定報告」という。)による1株当たり80,373円で算定したものであった。

(2)裁決要旨(棄却)

① 評価通達に定める評価方法を画一的に適用することによって、適正な時価を求めることができない結果となるなど著しく公平を欠くような特別な事情があるときは、個々の財産の態様に応じた適正な「時価」の評価方法によるべきであり、評価通達6はこのような趣旨に基づくものである。そこで、このような特別な事情がある場合は、同通達の定めによらない評価方法によるのが相当である。
② 本件株式の評価通達の定める評価方法による評価額(類似業種比準価額)は、1株当たり8,186円であり、K算定報告額は、1株当たり80,373円である。また、相続開始日の約1か月後である平成26年7月8日に、本件株式を含むA社の株式60,000株が譲渡された株式譲渡契約における価格(株式譲渡価格)は、1株当たり105,068円であり、相続開始日の約2週間前の平成26年5月29日に締結された株式譲渡に係る基本合意における価格(基本合意価格)も同額であった。このとおり、1株当たりの価額で比較すると、本件株式通達評価額は、K算定報告額の約10%にとどまり、また、株式譲渡価格及び基本合意価格の約8%にとどまり、株式譲渡価格及び基本合意価格が本件株式通達評価額からかい離する程度は、K算定報告額よりも更に大きいものであった。これらに加えて、本件株式譲渡契約及び本件基本合意について、市場価格と比較して特別に高額又は低額な価額で合意が行われた旨をうかがわせる事情等は見当たらない。
③ K社の算定報告が、株主価値の算定方法として採用したDCF法、株価倍率法及び取引事例法のいずれの算定過程にも不合理な点はない上、幅をもって算出されたそれぞれの評価結果の重複等を考慮しつつ、K算定報告額をもって本件相続株式の価額と結論付けたことも相当である。これらのことからすると、K社の算定報告は、適正に行われたものであり合理性が認められる。
④ 以上のとおり、本件株式の評価通達による評価額は、K算定報告額並びに株式譲渡価格及び基本合意価格と著しくかい離しており、相続開始時における本件株式の客観的な交換価値を示しているものとみることはできず、相続開始時における本件株式の客観的な交換価値を算定するにつき、評価通達の定める評価方法が合理性を有するものとみることはできない。そうすると、本件相続における本件株式については、評価通達の定める評価方法を形式的に全ての納税者に係る全ての財産の価額の評価において用いるという形式的な平等を貫くと、かえって租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかというべきであり、評価通達の定める評価方法以外の評価方法によって評価すべき特別な事情がある。
 そして、株式譲渡価格及び基本合意価格をもって、主観的事情を捨象した客観的な取引価格ということはできないのに対し、K社の算定報告は、適正に行われたものであり合理性があることから、本件株式の相続税法第22条に規定する時価は、K算定報告額であると認められる。したがって、評価通達6の適用は適法である。