概要

 単に外貨を保有し続けている状況において、為替レートの変動により当該外貨につき為替差益が生じたとしても、そのことだけでは、当該為替差益は所有資産の価値の増加(評価差額)にすぎず、新たな経済的価値(その購入時点における評価額)が実現しているわけではないため、未実現の利得であり、「収入すべき金額」(所法36①)に該当しません。

 一方、外貨をもって国外不動産を購入した場合には、新たな経済的価値を持った資産が外部から流入したことにより、それまでは評価差額にすぎなかった為替差損益に相当するものが「収入すべき金額」(所法36①)として実現したものと考えられます。

 そのため、当該国外不動産の購入価額の円換算額とその購入に充てた外国通貨を取得した時の為替レートにより円換算した金額との差額(為替差損益)を所得として認識する必要があります。

 また、当該国外不動産の購入に充てた外国通貨の取得が複数回ある場合の為替差損益の計算については、総平均法に準ずる方法(所令118条①)に準じて計算するのが相当です。

 なお、外貨建預金口座を複数持っている場合は、その全ての口座における取引(入金、出金、預金利息、他の外貨への交換、不動産取得、賃貸料等)によって為替差損益を計算します。

 仮に、外貨建預金口座をA口座、B口座所有していて、A口座において国外不動産を購入した場合であっても、為替差損益はA口座、B口座における全ての取引によって計算します。

 なお、購入した国外不動産は、その購入時の為替レートによる円換算額を取得価額として、その後の不動産所得の金額を計算する際に建物の減価償却費が計算されるほか、当該建物を譲渡した場合の取得費も当該取得価額を基に計算されることになります(所法57の3①)。

外貨で国外不動産を購入すると為替差益が生じるとされた事例-東京地裁令和7年2月5日判決(令和4年(行ウ)435号)(棄却)

(1)事案の概要

 本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 原告Xは、平成17年以降、株式会社P銀行q支店における外貨建預金口座(以下「本件口座」という。)、また、その他外貨建預金7口座を開設し、8つの外貨建預金口座(以下、これらを「本件外貨建預金口座」という。)でドルを保有していた。
 Xは、下記②本件借入れ〔1〕の直前である平成29年8月31日において、本件外貨建預金口座に5901万8616.04ドルを保有していた
② Xは、平成29年9月15日から平成30年7月10日にかけて、下記のとおり、P銀行から、資金使途を「設備資金」として、ドルを4回にわたって借り入れた(以下、下記「本件借入れ〔1〕」から「本件借入れ〔4〕の各借入れを併せて「本件各借入れ」という。また、本件各借入れに係る各借入金を「本件各借入金」という。)。本件各借入金は、いずれもXが指定した本件口座に入金された。

借入年月日借入金額
本件借入れ〔1〕H29/9/15370万2427.00ドル
本件借入れ〔2〕H30/2/9620万6952.00ドル
本件借入れ〔3〕H30/4/16215万4000.00ドル
本件借入れ〔4〕H30/7/10220万5000.00ドル

③ Xは、平成29年10月4日から平成30年7月10日にかけて、下記のとおり、米国に所在する4つの不動産(以下、併せて「本件各不動産」という。)の取得費用の支払として、4回にわたり本件口座から送金を行い(以下、下記「本件送金〔1〕」から「本件送金〔4〕」の各送金を併せて「本件各送金」という。)、本件各不動産を購入した(以下「本件各不動産取引」という。)。

送金年月日送金金額不動産
本件送金〔1〕H29/10/4369万2800.05ドル不動産〔1〕
本件送金〔2〕H30/2/13611万6982.00ドル不動産〔2〕
本件送金〔3〕H30/4/16225万4976.50ドル不動産〔3〕
本件送金〔4〕H30/7/10230万6678.38ドル不動産〔4〕

④ Xは、上記の米国に所在する不動産をドル建てで購入するなどの複数の外貨建取引取引につき、為替差益に係る所得はないとの前提で平成29年分及び平成30年分(以下「本件各年分」という。)の所得税等の確定申告を行った。
⑤ 所轄税務署長は、それらの外貨建取引につき為替差益が生じており、当該為替差益が雑所得に該当するとして、本件各年分の所得税等について各更正処分等(以下「本件各更正処分等」という。)をした。
 これに対し、Xは、本件各更正処分等が違法であると主張して、処分の取消しを求め、訴えを提起した。

(2)本件の主な争点

(争点1)本件各不動産取引によってXに為替差益に係る所得が発生し、実現したといえるかである。
(争点2)為替差益の額を算定する際の外貨の取得時の円換算額はどのように算定するかである。

(3)判決要旨(棄却)

(争点1)
① 為替差益につき、「収入すべき金額」(所得税法36条1項)に該当するためには、当該為替差益に係る経済的利得が何らかの形で実現することが必要である。例えば、単に外貨を保有し続けている状況において、為替レートの変動により当該外貨につき為替差益が生じたとしても、そのことだけでは、当該為替差益は所有資産の価値の増加(評価差額)にすぎず、未実現の利得であって、「収入すべき金額」に該当しない。
 もっとも、当該外貨につき為替差益が生じている状態において当該外貨を用いて不動産等の資産を購入した場合、すなわち、当該資産の取得等のために払い出された外貨の払出時における円換算額から当該外貨の取得時の円換算額を控除した差額が正である場合には、当該外貨が当該資産に置き換わったことにより、当該為替差益に相当する経済的価値が確定し、所得として実現したといえる。仮に当該資産の購入時に当該外貨を新たに取得して(すなわち、その時点で円を当該外貨に両替して)当該資産を購入する場合には、当該為替差益を含む金額の円が必要となるのであり、当該外貨は当該為替差益分を含む経済的価値を有し、その価値によって当該資産を購入したと認められることからも、上記のように、当該為替差益に相当する経済的価値が確定し、所得として実現したということができる。
 したがって、当該為替差益は、「収入すべき金額」に該当する。
② この点に関し、Xは、外貨建借入金について同一の金融機関、同一の通貨、同一の金額等で借換えを行う場合には為替差益に係る所得を認識しないとした国税不服審判所平成28年8月8日裁決や、外貨建債券の償還の場面で券面額と同一の金額が同一の外貨で支払われる場合につき為替差益に係る所得を認識しないとした国税庁の質疑応答事例等を挙げ、資産状況に実質的な変化がない場合は、為替差益に係る所得は実現しないとした上で、外貨で外貨建ての不動産を購入する場合には、当該不動産は取引後も引き続き為替変動リスクを負っているのであるから、資産状態に実質的な変化はないなどとして、所得は実現していない旨主張する。
 しかし、上記裁決及び質疑応答事例に係る各事例は、各取引の前後において、資産の保有形態等に形式的な変化はあるものの、当該資産が同一の為替変動リスクにさらされているという状態に変化はなく、実質的な変化がないと評価できるものである一方、不動産は、周辺の地価や取引相場、物価の変動等による価値の変動が生じ得るものであり、外貨(為替変動リスク)から独立した価値を有しているから、外貨が不動産に置き換わったことは、資産状態に実質的な変化がないとはいえない。
 したがって、外貨で不動産を購入する場合と、上記裁決及び上記質疑応答事例に係る各事例とを同列に考えることはできない。
③ Xは、所得税基本通達57の3-2の注書きの4の規定を根拠として、当初から資産の購入を予定して借入れを行い、借入れ後に資産を購入する場合には、同一通貨ベースでの連続した一つの取引と考えることができるから、当該取引による為替差益に係る所得は実現していない旨主張する。
 しかし、所得税基本通達57の3-2の注書きの4は、「本邦通貨により外国通貨を購入し直ちに資産を取得し若しくは発生させる場合の当該資産、又は外国通貨による借入金に係る当該外国通貨を直ちに売却して本邦通貨を受け入れる場合の当該借入金については、現にその支出し、又は受入れた本邦通貨の額をその円換算額とすることができる。」と定めるところ、これは、外貨建取引の直前又は直後において外貨と邦貨との交換がされた場合には、一般に、為替差損益がほとんど発生していないことを踏まえ、簡素化の観点から、実際に外貨と交換した邦貨の額を円換算額とするとの例外的な取扱いを認めたものと解され、本件各不動産取引のように、取引の直前又は直後において外貨と邦貨との交換がされていない事例において参考になるものではない。

(争点2)
④ 本件外貨建取引に伴い発生した各為替差益に相当する経済的利得の価額は、各取引のために払い出された外貨(ドル)の払出時における円換算額から当該外貨の取得時の円換算額を控除した差額として算定されるが、本件外貨建預金口座への外貨の預入れは複数回にわたっており、当該外貨の預入れごとに為替レートが異なるため、当該外貨の取得時の円換算額をどのように算定するかが問題となる。
 このように、預入れ時の為替レートが異なる外貨が混在している場合において、払い出す外貨の取得時の円換算額をどのように算定するかについては、法において直接の定めはないものの、外貨の性質等を考慮し、基本的には、法定評価方法の中から、適用すべき評価方法を採用するのが合理的である。
⑤ 所得税法は、2回以上にわたって取得した同一銘柄の有価証券で雑所得又は譲渡所得の基因となるものを譲渡した場合に係る有価証券の取得費等の計算に関して、総平均法に準ずる方法を採用しているところ(所得税法施行令118条1項)、これは、有価証券はその種類や銘柄の異なるものが一定数存在するものの、一般的な動産である商品や製品とは異なり、物理的な劣化による価値の減少が想定されない上、同一銘柄の有価証券は代替性を有し、その取得時期や取得費等が異なっても一単位ごとに認められる権利や性質、価値などは基本的に変わらないと考えられるので、これらを等価とみて単価を平均する評価方法を適用することとしたものと解される。
 そして、外貨も、有価証券と同様、種類の異なるものが一定数存在するものの、物理的な劣化による価値の減少が想定されない上、同一種類の外貨は代替性を有し、取得費等が異なっても一単位ごとに認められる権利や性質、価値などは基本的に変わらないと認められ、有価証券の上記の性質と同様の性質を有するといえるから、2回以上にわたって取得した同一種類の外貨について、為替差益の額を算定する際の取得時の円換算額の算定においては、有価証券と同様に、単価を平均する総平均法に準ずる方法を適用するのが最も合理的である。
 したがって、本件各為替差益に係る外貨一単位当たりの取得時の円換算額の算定においても、総平均法に準ずる方法によることが相当である。
⑥ Xの請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却する。

外貨建借入金の借換えの際に計算される為替差損益が単に評価上のものにとどまる場合には課税の対象となる収入として認識しないとした事例-平成28年8月8日裁決(裁事104集)要旨

 請求人は、金融機関から外貨建借入金を借り入れ、当初の借入れから最終的な返済までの間に借換えを繰り返しているところ、最終的な返済時だけでなく、各借換え時において計算される為替差損益も課税の対象として認識すべきである旨主張する。
 しかしながら、所得税法第36条《収入金額》第1項は、収入の原因たる権利が確定的に発生した場合に、その時点で所得の実現があったものとして課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用したものと解されており、収入という形態において実現した利得のみを課税の対象としているから、外貨建借入金の借換え時に計算される為替差損益が単に評価上のものにとどまる場合には、課税の対象となる収入として認識しないこととなる。本件においては、金融機関と請求人との間で貸付与信枠に係るファシリティー契約が結ばれ、同契約に定められた貸付与信限度額、金利の計算方法及び担保等の条件に基づき、同一支店から、同一の通貨で借換えが行われており、借換えに係る既存の借入金と新たな借入金の内容に実質的な変化が生じたとは認められない。そうすると、借換え時において、既存の借入金の返済により計算される為替差損益は、単に評価上のものにすぎないから、課税の対象となる収入として認識しないこととなる。