必要経費

 不動産所得の金額、事業所得の金額または雑所得の金額(公的年金等に係るものを除く。)の計算上、必要経費に算入できる金額は、特別の定めがある場合を除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他その総収入金額を得るため直接に要した費用の額およびその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額となっています(所法37①)。

 一般に事業主や使用人がその業務の遂行に直接必要な技能または知識の習得や研修を受けるために通常必要な費用は必要経費に算入されます(所基通37-24)が、「業務の遂行に直接に必要」であるかどうかは、現に営んでいる業務のうえで直接に必要な技能や知識であるかどうかによるべきものと考えられています。つまり、現に営んでいる事業による収入の維持又は増加をもたらす効果を有するものである必要があります。

 また、一身専属的であり業務独占資格を獲得するような場合には、人の生涯にわたる収入獲得活動に効用を有するものであり、その資格を取得するための支出は、生涯にわたり特定の職業を行うための社会的地位を得るための支出であります。したがって、このような性質を有するような支払額は、所得に含まれない人的資本の価値増加を得る効果を有することになるので、支出年分の収入に対応するものではなく、その年分の所得の必要経費に算入されるべきものではないから、家事費に該当すると考えられています。

所得税基本通達37-24(技能の習得又は研修等のために支出した費用)

 業務を営む者又はその使用人(業務を営む者の親族でその業務に従事しているものを含む。)が当該業務の遂行に直接必要な技能又は知識の習得又は研修等を受けるために要する費用の額は、当該習得又は研修等のために通常必要とされるものに限り、必要経費に算入する。

経営者自身の柔道整復師の資格取得費を必要経費としたが否認された事例-大阪地裁令和元年10月25日判決(税資269号-107(順号13330))(棄却)(控訴)

(1)事案の概要

 整骨院を開業する原告Xが、柔道整復師養成施設である専門学校に支払った授業料等を事業所得の金額の計算上必要経費に算入して平成25年分及び平成26年分所得税等の申告をしたところ、所轄税務署長が、本件支払額は家事費に該当し、必要経費に算入できないとして更正処分等をしたのに対し、Xが、当該処分の取消しを求めた事案である。

 本件における事実等
① Xは、平成23年9月から、大阪府吹田市においてで接骨院(以下「本件接骨院」という。)を開設し、柔道整復業及びカイロプラクティック並びに理学療法による整体業を営む個人であるが、本件接骨院の開設当時、免許を有していなかった。

② Xは、本件整骨院の開設当時、自らは免許を要しないカイロプラクティックを行う一方で、免許を有する乙を雇用して柔道整復を行わせていたが、乙が数箇月で退職したため、平成24年4月から、免許を有する丙を雇用して柔道整復を行わせていた。

③ Xは、丙が数年後に独立することが予想されたことから、本件接骨院の経営の安定及び事業拡大のため、自ら免許を取得することとし、平成25年4月~平成28年3月の間、柔道整復師養成施設であるC専門学校(本件学校)の柔道整復師学科夜間部3年制課程を履修した。

 Xは、本件学校に対し、学費等の納入金として、平成25年4月に150万円余、平成26年3月24日に110万円余、平成27年4月1日に114万円余を支払った。

④ Xは、平成28年5月、免許の交付を受け、同月以降、本件接骨院において、他の柔道整復師1名と共に柔道整復を行っている。

(2)判決要旨(請求棄却)

① 所得税法は、23条~35条において、所得をその源泉ないし性質によって10種類に分類し、それぞれについて所得金額の計算方法を定めているところ、これらの計算方法は、個人の収入のうちその者の担税力を増加させる利得に当たる部分を所得とする趣旨に出たものである一方で、前記利得を獲得する能力である人的資本の価値増加については、これを所得に含めるものではない。

② Xは、本件各年当時、自らは免許を有さずに柔道整復に該当しないカイロプラクティック等を行うとともに、柔道整復師を雇用して柔道整復を行わせるという形態の事業を営んでいたところ、自らが免許を取得して柔道整復を行うことで接骨院の経営の安定及び事業拡大を図ることを目的として本件支払額を支出したものということができる。

③ しかしながら、本件支払額は、本件各年当時において前記の形態の事業による収入の維持又は増加をもたらす効果を有するものではなく、また、Xが本件各年後に柔道整復を業として行うことにより収入を維持又は増加させる効果を有するとしても、その事業は、Xが、施術所の開設には不要な業務独占資格である免許を自ら取得した上で柔道整復を行う点において、前記の形態の事業と大きく異なったものとなる一方で、本件支払額は、業務独占資格を獲得するという所得に含まれない人的資本の価値増加を得る効果を有するものであるということができる。

④ そうすると、本件支払額は、本件各年当時におけるXの所得を生ずべき業務と関連し、かつ、その遂行上必要なものであると認めることはできない。以上によれば、本件支払額は、本件各年分の所得について、所得税法37条1項所定の必要経費に該当するということはできない。

⑤ 給与所得においては、事業所得における必要経費とは異なり、勤務に関連して費用を支出しても収入金額との関連性が間接的かつ不明確であり、家事費等との区別が困難であることを前提に、控除対象となる特定支出の範囲を法定して実額控除を認めているところ、給与所得者の勤務形態の変化や確定申告の機会拡大を図るといった観点から、業務独占資格を含めた人の資格を取得するための支出について、所定の要件の下で特定支出として実額控除が認められているのであるから、給与所得において業務独占資格を含めた人の資格を取得するための支出が特定支出として控除されること(所法57の2)をもって、事業所得において、当該支出が必要経費に該当するものということはできない。

⑥ Xは、柔道整復師という新たな事業を開始するために、知識や技能を習得したのであるから、本件支払額は、新たな技術のために特別に支出した費用であって、繰延資産のうち開業費又は開発費に該当する旨主張する。しかし、ある支出が繰延資産に該当するためには、支出の効果が及ぶ業務について、所得税法37条1項の必要経費該当性の要件を満たさなければならないものと解されるところ、本件支払額は、必要経費該当性の要件を満たさず、繰延資産には該当しないというべきである。