概要

 イベント会社が国外芸能人を呼んで日本でイベントをする場合は源泉徴収に注意が必要です。

 所得税法161条に国内における「人的役務の提供事業の対価(所法161①六)」と「人的役務の提供に対する報酬(所法161①十二イ)」が国内源泉所得となり、所得税が課税されることになると記載されています。

 「人的役務の提供事業の対価(所法161①六)」は外国芸能法人等をイメージしてもらえばと思います。外国芸能法人等が自社でマネジメントを行っている外国芸能人を日本のイベント会社の依頼に応じて派遣して対価を貰うというような感じです。

 一方、「人的役務の提供に対する報酬(所法161①十二イ)」は、外国芸能人その人自身が日本で役務を提供し報酬を貰うという感じです。外国芸能人より外国スポーツ選手の方が該当する場合が多いでしょう。

 ざっくりいうと、役務を提供する人と支払先が、同一なのか、そうでないのかという違いがあります。
 
 しかし、どちらも、原則として、国内のイベント会社が海外芸能人を呼んで国内でイベントをする場合は、非居住者に対し国内源泉所得の支払をする者に該当するため、その支払の際、これらの国内源泉所得について20.42パーセントの所得税等を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならないとされています(所法212①、213)。

 なお、「原則として」と記載したのは、租税条約によって別の取扱いとなる場合があるからです。例えば、日米租税条約16条では、以下のように記載されています。

1 一方の締約国の居住者である個人が演劇、映画、ラジオ若しくはテレビジョンの俳優、音楽家その他の芸能人又は運動家として他方の締約国内で行う個人的活動によって取得する所得(第七条及び第十四条の規定に基づき当該他方の締約国において租税を免除される所得に限る。)に対しては、当該他方の締約国において租税を課することができる。
 ただし、当該芸能人又は運動家がそのような個人的活動によって取得した総収入の額(当該芸能人若しくは運動家に対して弁償される経費又は当該芸能人若しくは運動家に代わって負担される経費を含む。)が当該課税年度において一万合衆国ドル又は日本円によるその相当額を超えない場合は、この限りでない。

2 一方の締約国内で行う芸能人又は運動家としての個人的活動に関する所得が当該芸能人又は運動家以外の者(他方の締約国の居住者に限る。)に帰属する場合には、当該所得に対しては、第七条及び第十四条の規定にかかわらず、当該個人的活動が行われる当該一方の締約国において租税を課することができる。ただし、そのような個人的活動に関する契約において、当該所得が帰属する者が当該個人的活動を行う芸能人又は運動家を指名することができる場合は、この限りでない

源泉徴収された側

 源泉徴収をする場合、「人的役務の提供事業の対価(所法161①六)」と「人的役務の提供に対する報酬(所法161①十二イ)」のどちらも、原則として、20.42パーセントの所得税等を徴収することになります。

 源泉徴収された側(恒久的施設を有しない者とする)で、「人的役務の提供に対する報酬(所法161①十二イ)」の場合は源泉分離課税により課税関係は完了します(所法164②)。

 一方、「人的役務の提供事業の対価(所法161①六)」の場合は源泉徴収された上で総合課税(つまり、申告必要)となります(所法164①)。

人的役務の提供事業の対価(所法161①六)

 「人的役務の提供事業の対価(所法161①六)」とは、正確には、国内において人的役務の提供を主たる内容とする事業で政令で定めるものを行う者が受ける当該人的役務の提供に係る対価となります。

 そして、それを受けた政令で定める事業とは、次に掲げる事業となります(所令282)。
一 映画若しくは演劇の俳優、音楽家その他の芸能人又は職業運動家の役務の提供を主たる内容とする事業
二 弁護士、公認会計士、建築士その他の自由職業者の役務の提供を主たる内容とする事業
三 科学技術、経営管理その他の分野に関する専門的知識又は特別の技能を有する者の当該知識又は技能を活用して行う役務の提供を主たる内容とする事業

旅費、滞在費等

 「人的役務の提供事業の対価(所法161①六)」には、非居住者が人的役務を提供するために要する往復の旅費、国内滞在費等の全部又は一部を当該対価の支払者が負担する場合におけるその負担する費用が含まれます(所基通161-19)。

 ただし、その費用として支出する金銭等が、当該人的役務を提供する者に対して交付されるものでなく、当該対価の支払者から航空会社、ホテル、旅館等に直接支払われ、かつ、その金額がその費用として通常必要であると認められる範囲内のものであるときは、この限りでありません(所基通161-19ただし書き)。

所基通161-21(人的役務の提供を主たる内容とする事業の意義)

 法第161条第1項第6号に規定する「人的役務の提供を主たる内容とする事業」とは、非居住者が営む自己以外の者の人的役務の提供を主たる内容とする事業又は外国法人が営む人的役務の提供を主たる内容とする事業で令第282条各号に掲げるものをいうことに留意する。したがって、非居住者が次に掲げるような者を伴い国内において自己の役務を主たる内容とする役務の提供をした場合に受ける報酬は、法第161条第1項第6号に掲げる対価に該当するのではなく、同項第12号イに掲げる報酬に該当する。
(1) 弁護士、公認会計士等の自由職業者の事務補助者
(2) 映画、演劇の俳優、音楽家、声楽家等の芸能人のマネージャー、伴奏者、美容師
(3) プロボクサー、プロレスラー等の職業運動家のマネージャー、トレーナー
(4) 通訳、秘書、タイピスト

免税芸能法人等の受ける「人的役務の提供に係る対価」に対する租税条約による免税の効果

 東京地裁令和4年9月14日判決(令和3年(行ウ)268号)より

ア 免税芸能法人等(国内において芸能等事業を行う非居住者等であって、芸能人等による人的役務の提供に係る対価について、租税条約の規定により、国内に恒久的施設を有しないこと又はその対価が恒久的施設帰属所得ではないことを要件として所得税が免除されるもの)が、国外において、人的役務の提供をした他の非居住者である芸能人等に対し、その所得税を免除される対価(免税対価)のうちから、当該人的役務の提供に対する報酬(免税対価源泉報酬)を支払うときは、当該免税芸能法人等は、その支払の際、同免税対価源泉報酬の額に100分の20の税率を乗じて計算した金額の所得税及び同所得税の額に100分の2.1の税率を乗じて計算した復興特別所得税を徴収し、その徴収する日の属する月の翌月末日までに、これを納付しなければならない(租税特別措置法41条の22第1項、復興財確法28条1項)。

イ 免税芸能法人等が支払を受ける人的役務の提供に係る対価については、一旦、所得税等の源泉徴収をする必要があり(実施特例法3条1項)、免税芸能法人等がその源泉徴収に係る源泉所得税等の還付請求をすることにより、同源泉所得税等が免税芸能法人等に還付されることになる(同条2項)。もっとも、上記還付請求は、免税対価源泉報酬がある場合には、同免税対価源泉報酬に係る源泉所得税等を納付した後でなければ行うことができない(同条3項)。

ウ 非居住者である芸能人等が国内において人的役務を提供したことによって国内源泉所得に該当する「報酬」(所得税法161条1項12号イ)の支払を受けた場合において、同「報酬」について我が国に課税権があるときは、本来、当該芸能人等をして、申告により所得税の納付をさせるべきではあるものの、このような納付の方法を採用した場合には、当該芸能人等が申告をしない限り、課税漏れが生じてしまうことになる。そこで、こうした課税漏れを防止し、非居住者である芸能人等の所得税の納付を担保するため、その芸能人等による人的役務の提供をマネジメントした免税芸能法人等が「人的役務の提供に係る対価」の支払を受けた場合において、同対価が租税条約により免税対価となるときでも、上記イのとおり、一旦、同免税対価についても所得税等の源泉徴収をすることとし、免税芸能法人等をして、芸能人等に対して免税対価源泉報酬を支払う際に、これについての源泉徴収をさせ、同源泉徴収に係る源泉所得税等を納付させた上で、免税対価に係る源泉所得税等について還付請求を行わせることによって、上記の課税漏れを防止しつつ、免税芸能法人等に免税対価についての免税の効果を享受させることとされている。

リバースチャージ方式

 リバースチャージ方式とは、消費税の申告・納税義務を役務の提供を行った国外事業者ではなく、当該役務の提供を受けた(課税仕入れを行った)事業者に課す課税方式です(消法2①八の二・八の五、4①、5①、消令2の2)。

 対象となる取引は、国外事業者が行う「事業者向け電気通信利用役務の提供」及び「特定役務の提供」です。

 「特定役務の提供」とは、国外事業者が行う、映画もしくは演劇の俳優、音楽家その他の芸能人又は職業運動家の役務の提供を主たる内容とする事業として行う役務の提供のうち、当該国外事業者が他の事業者に対して行うもの(不特定かつ多数の者に対して行う役務の提供を除きます。)をいいます。

 具体的には、国外事業者が対価を得て芸能人として行う映画、テレビへの出演、音楽家として行う演劇、演奏、職業運動家として行うスポーツ競技大会等への出場が該当します。

経過措置

 前述したように、消費税法上、「特定役務の提供」を受けた事業者において、「特定課税仕入れ」として申告・納税を行うこととなります(リバースチャージ方式)。

 ただし、当該課税期間において、課税売上割合が 95%以上の事業者や簡易課税制度が適用される事業者は、「特定役務の提供」を受けた場合であっても、経過措置により、当分の間、その「特定役務の提供」に係る仕入れはなかったものとされますので、その課税期間の消費税の確定申告では、当該仕入れは課税標準額、仕入控除税額のいずれにも含まれません。

外国芸能法人等に対し外国音楽家の出演料とは別に支払った渡航費等(立替経費)について、源泉徴収が必要とされた事例-東京地裁令和4年9月14日判決(令和3年(行ウ)268号)(棄却)(控訴)

(1)事案の概要

本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 原告Xは、ライブホールの企画、プロデュース、運営、管理に関する業務並びにコンサート及びイベントプロモート事業全般を行うことを目的とする内国法人である。
② Xは、平成27年2月から平成30年10月までの間、日本国外に居住する複数の音楽家又は音楽家のグループ(以下、これらを併せて「外国音楽家」という。)を国内で行われる公演に招いた際に、これらの外国音楽家の出演に関する契約をXとの間で締結するなどしてその音楽活動のマネジメントを行っていた国外に居住し又は所在する個人又は法人(以下「外国芸能法人等」という。)に対し、外国音楽家の出演料とは別に、同出演のために要した渡航費、機材の運送費その他の諸雑費(以下「渡航費等」という。)をそれぞれ支払った(以下、これらの各支払を「本件各支払」といい、本件各支払がされた額を「本件各支払額」という。また、本件各支払の相手方を「本件各支払先」ということがある。)。
③ Xが、本件各支払を行った際に、本件各支払額についていずれも所得税等の源泉徴収をしなかったところ、所轄税務署長から、本件各支払額は「国内において人的役務の提供を主たる内容とする事業で政令で定めるものを行う者が受ける当該人的役務の提供に係る対価」〔所得税法161条1項6号。以下、単に「人的役務の提供に係る対価」ということがある。〕に該当するとの理由により、本件各支払額についての源泉所得税等の納税告知処分(以下「本件各納税告知処分」という。)及び不納付加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各納税告知処分と併せて「本件各処分」という。)をそれぞれ受けたため、本件各処分はいずれも所得税法の解釈及び適用を誤った違法な処分であるとXは主張して、その各取消しを求めた。

(2)本件の主な争点

 Xは、本件各支払の際に、本件各支払額について所得税等の源泉徴収をして、源泉所得税等を納付する義務を負っていたといえるかである。

(3)判決要旨(棄却)(控訴)

① 「人的役務の提供に係る対価」の支払を受けた外国事業者は、同「対価」について、最終的に純所得課税を受けることができるものの、そのためには、外国事業者において、非居住者の総合課税の対象となる所得税又は法人税の確定申告をしなければならないというべきであり、所得税法及び法人税法が、同「対価」の支払を受ける者に対し、同「対価」に係る純所得の確定申告をする義務を負わせる一方で、同「対価」の支払者に対し、同「対価」に係る純所得について源泉徴収をする義務を負わせているとは解されないから、同源泉徴収については、同「対価」に係る収入金額の総額を対象とするものであるというべきである。そのため、「対価」について、これを「人的役務の提供」(所得税法161条1項6号)に対して支払われた収入金額の総額を意味し、「対価」を得るために要した費用相当の支払額を含むものと解することは、「対価」の支払を受けた外国事業者に対する同「対価」についての所得税の課税の構造とも整合する。
② 昭和40年法律第33号による所得税法の改正(昭和40年改正)は、外国事業者が国内において行う人的役務の提供事業が、一般に、国内に事業上の拠点を必要とせず、それが行われる期間も比較的短期であることから、単に、その対価に係る所得を確定申告の対象としただけでは課税を確保することが困難であることを考慮して、同対価について、引き続き源泉徴収の対象とすることとし、外国事業者において、確定申告をすることにより純所得課税を受けることができることから、源泉徴収の対象となる金額については対価として支払われる総額とした。
③ このような昭和40年改正の趣旨に照らすと、所得税法及び法人税法が採用する「人的役務の提供に係る対価」に対する課税の構造において、純所得課税を受けるには、飽くまで総合課税の対象となる所得税又は法人税の確定申告をすることが必要であって、源泉徴収の対象は「対価」として支払われる外国事業者の収入金額の総額であり、「対価」を得るために要した費用相当の支払額を含むものと解さざるを得ない。
④ 所得税基本通達161-19第2文の定め(「人的役務の提供に係る対価」の支払者が宿泊施設、交通機関等に対して滞在費、旅費等を直接支払い、その額が費用として通常必要であると認められる範囲内のものであるときは、同「対価」に含まれないものとすることができる旨の定め)についてであるが、このような取扱いがされる趣旨は、人的役務の提供を受ける者が宿泊施設、交通機関等に対して直接、滞在費、旅費等を支払うことによって得られるサービスは、人的役務の提供を受ける者がその役務の提供者を自己の支配下に置くためのものであって、それによって人的役務の提供をする者に経済的利益が生じたとみることが必ずしも妥当しない場合があるからである。そうすると、少なくとも、人的役務の提供をする外国芸能法人等又は外国音楽家自身において、自らにとって最も利便性の高い条件で渡航や運送等のサービスの内容を決定して料金を支払い、そのようにして決定されたサービスの料金について、人的役務の提供を受ける者が立替金精算払をするにとどまる場合には、このような渡航や運送等のサービスについて、人的役務の提供を受ける者がその役務の提供者を自己の支配下に置くためにされたものであるとはいいきれない部分が少なからず生ずるから、上記の取扱いがされる趣旨は妥当しないものといえる。
⑤ 本件各支払額は、本件各支払先が事業として人的役務の提供を行うのに要した渡航費等の立替払額の精算として支払われたものであるところ、このような費用相当の支払額も「人的役務の提供に係る対価」に含まれるというべきであるから、いずれもその全額が同「対価」に該当する。