概要
経営者の死亡という緊急事態において、企業を金銭的損失から守り、遺族への救済資金(退職金や香典など)を確保するために生命保険を利用することは、資金負担の平準化の観点からも一般的かつ有効な手段です。
ただし、ここで注意すべきは、「受取保険金額 = 適正退職金額」ではないという点です。
(1)支給額の決定根拠
死亡退職金の額は、保険金の受取額に左右されるものではなく、あくまで自社の役員退職慰労金規程等に従って計算されます。
(2)税務上の取り扱い
受け取る保険金(益金)と支払う退職金(損金)は、それぞれ別個の取引として扱われます。
(3)過大役員退職金の否認リスク
支給額が、本人の功績や同規模・同業他社の水準と比較して不相当に高いと見なされた場合、その超過分は損金に算入できません。
「保険金が入ったから支払える」という資金繰りの理屈と、「いくらまでなら適正な退職金として認められるか」という税務上の理屈は、切り離して考える必要があります。
役員の死亡に係る保険金収入とほぼ同額の金員を死亡役員の退職給与として支給していたが、保険金収入の存在は役員退職給与の適正額の算定に当たり斟酌する必要がないとされた事例(静岡地裁昭和63年9月30日判決・税資165号962頁、東京高裁平成元年1月23日判決・税資169号5頁)があります。
静岡地裁昭和63年9月30日判決(税資165号962頁)、東京高裁平成元年1月23日判決(税資169号5頁)(棄却)(確定)
(1)事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおりである。
① X社(原告、控訴人)は、金属製品塗装業を営む株式会社である。
X社の創業以来代表取締役を務めていた甲は、昭和57年7月18日に死亡するまで約23年間にわたりX社の代表取締役として存続発展に尽力して、X社をH地域における業界随一の会社に興隆せしめた。
② X社は、昭和57年7月29日株主総会を開催し、次の各事情を基礎として、死亡した甲に対する退職給与(以下「本件退職給与」という。)の額を金2億7,269万円余とする旨決議し、これを支給した。
甲の最終報酬月額は140万円である。
本件退職給与支給日の属する事業年度のX社の従業員数は約110名、総資産(貸借対照表の借方総合計金額)は16億6,726万円余、年間売上高80億4,592万円余、課税所得金額は3億2,247万円余、利益積立金7億198万円余である。
③ X社は、甲の死亡によつて昭和57年9月6日から同年9月30日までの間に総額2億7,525万円余の保険金の支払を受け、その金額を甲の退職給与の支給に充てた。
④ これに対し、所轄税務署長Y(被告、被控訴人)は、以下のように退職給与適正額を1億3,202万円と算定し、本件退職給与の額2億7,269万円余のうち、この適正額を上回る1億4,067万円余を過大分としてその損金算入を否認する更正処分等(以下「本件更正処分等」という。)をした。
1億3,202万円(退職給与適正額)=140万円(最終月額報酬)×23年(勤続年数)×4.1倍(功績倍率)
⑤ 甲のX社に対する功績が大きく、また同人を被保険者とする保険金から支払われているから本件退職給与の額が過大であるとはいえない等として、本件更正処分等を不服としてX社は訴えを提起した。
(2)本件の主な争点
本件退職給与の額は適正額か否かなのかである。
(3)一審判決要旨(棄却)(控訴)
① 法人税法36条及び同法施行令72条において、法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支払状況等に照らし、その退職役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合には、その超える部分の金額は、その法人の各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入しない旨を定めた理由は、法人の役員に対する退職金が従業員に対する退職金と異なり、法人の益金処分たる性質を含んでいることに鑑み、右基準に照らし、一般に相当と認められる金額に限り収益を得るために必要な経費として損金算入を認め、右金額を超える部分は、益金処分として損金算入を認めない趣旨であると解される。
② 功績倍率は、実際に支給された役員退職給与の額が、当該役員の退職時における最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額に対し、いかなる比率になつているかを示す数値であるところ、役員の最終報酬月額は、特別な場合を除いて役員の在職期間中における最高水準を示すとともに、役員の在職期間中における会社に対する功績を最もよく反映しているものであり、また、役員の在職期間の長短は、報酬の後払いとしての性格の点にも、功績評価の点にも影響を及ぼすものと解され、功績倍率は、当該役員の法人に対する功績や法人の退職金支払い能力等の個別的要素を総合評価した係数というべきであるから、類似法人の功績倍率を比較検討して、退職役員に対する退職給与の支給が不当に高額であるか否かを判断する判定方法は、前記法令の趣旨に合致する合理的なものというべきである。
③ 証拠によれば、甲は、X社の創業以来昭和57年7月18日死亡するまで約23年間にわたりX社の代表取締役としてその存続発展に尽力して、X社をH地域における業界随一の会社に興隆せしめたことが認められるが、甲のX社に対する功績は、その最終月額報酬に反映しているはずであるから、右の事情は、Yによる退職給与金適正額の算定に当たつて考慮されているというべきであるし、また、比準される各類似法人においてもそれぞれ右に類似し、あるいはそれに匹敵する事情がありうるわけであるから、右事情は、X社の甲に対する退職給与の金額を類似法人の役員退職給与の支給額より、著しく高額にするべき理由とはならない。
④ 甲の死亡によつて昭和57年9月6日から同年9月30日までの間に総額2億7,525万円余の支払いを受け、同人にこれと同額の退職給与を支給したことが認められる。
しかしながら、このように保険金収入と同額の金員を当該死亡役員の退職給与として支給した場合であつても、利益金としての保険料収入と、損金としての退職金支給とは、それぞれ別個に考えるべきものであるし、一般に会社が役員を被保険者とする生命保険契約を締結するのは、永年勤続の後に退職する役員に退職給与金を支給する必要を充足するためと、役員の死亡により受けることがある経営上の損失を填補するためであるというべきであるから、会社が取得した保険金中、当該役員の退職給与の適正額より多額であると認められる部分は、役員の死亡により会社の受ける経営上の損失の填補のために会社に留保されるべきものである。
したがつて、Yが保険金の支払の有無を甲に対する退職給与の適正額算定の資料として特段の斟酌をしていないとしても、これをもつて、不当な算定方法であるということはできない。
⑤ 証拠によれば、類似法人8社の功績倍率の最高は3.41、最低は1.12で、その平均は2.2となり、右平均値に基づき本件退職給与の額のうち損金算入が認められる適正額を算出すると、次の式のとおり金7,084万円になる。
7,084万円(退職給与適正額)=140万円(最終月額報酬)×23年(勤続年数)×2.2倍(功績倍率)
そして、Yが、本件更正において認定した不相当に高額な部分の金額は、甲に対する退職給与の額のうち、功績倍率を4.1として算出した適正給与額(1億3,202万円)を超える部分の金額1億4,067万円余であるところ、右金額は、功績倍率2.2によつて算定した不相当に高額な部分の金額2億185万円余の範囲内であるから、右認定に基づく本件更正処分等は適法であるというべきである。
(4)控訴審判決要旨(棄却)(確定)
一審と同旨

