退職金

 個人事業を何年間していて、その後に、法人成りされた方は多いでしょう。また、この場合に、個人事業の時から引き続き、法人成りした会社に勤務する者がいる場合もあるでしょう。

 では、その従業員が会社で何年間か働いた後、退職した場合に支払う退職金について、会社は個人事業当時からの勤続年数を通算して適正額を算出し、損金にしてよいのかという問題があります。例えば、個人事業の時は5年間勤務し、法人成りした会社に10年間勤務した場合、退職金の支給額の算定根拠年数は、15年と10年のいずれにすべきかということです。

 また、退職金をもらう従業員側にとっても、退職所得控除額の計算の基礎となる勤続年数は、個人事業当時からの勤続年数を通算してよいのかという問題があります。

個人事業当時、生計を一つにする家族従業員ではない一般の従業員であった者の場合

(法人側)
  個人事業を引き継いで法人成りにより設立された法人が個人事業当時から引き続き在職する従業員の退職に際して退職金を支給した場合は、その退職が設立後相当期間経過後(一般的には、設立後5年間を超える期間後)に行われたものであるときは、個人事業当時の勤続年数を含めたところでの退職金を支給してもその金額を損金に算入することができるものとされています。

(従業員側)
 退職給与規程等に個人事業当時からの期間を含めた勤続期間を基礎として退職金を計算する旨が定められており、それに従って計算した退職金を支払うのであれば、原則として、個人事業当時の勤続年数を含めて退職所得控除額の計算の基礎となる勤続年数を計算することができます。

福島地裁平成4年10月19日判決(税資193号78頁)

 福島地裁平成4年10月19日判決(税資193号78頁)では、以下のように判示しています。

「理論的には、「法人成り」の場合、個人事業主と法人とは別個の独立した法人格を有し、法人成りの前後で、経営主体及び納税主体が法的に異なるものであるから、使用人に対する退職給与が、個人事業主と法人のどちらの収入又は収益を得るために必要な経費であつたといえるかという見地から、(1)個人経営時の在職期間に対応する退職給与は、個人事業主の事業所得の必要経費に(一般的には個人事業主の最終年分の事業所得の必要経費として減額更正を行うべきことになる。)、(2)法人経営時の在職期間に対応する退職給与は法人の損金とすべきものである。」

「税務行政の実務の扱いでは、このような場合、使用人の退職が法人設立後相当期間の経過後に行われたものであるときは、個人経営時の在職期間に対応する分も含め退職給与の全額を法人の損金に算入することを認めている(法人税基本通達9-2-27:編注「以前」)。この趣旨は、理論的には上記で述べたとおりの処理をすべきではあるが、個人事業主が使用人に対し個人事業の廃業時点でその在職期間分の退職給与を支払つている事例は稀であり、法人が個人経営時の在職期間に対応する分もまとめて退職給与を支給する事例が多いという実情に鑑み、法人設立後相当期間の経過後(一般的には、個人事業主の最終年分の所得税について、国税通則法70条2項1号による減額更正ができなくなる5年の経過を想定していると解されている。)には、本来個人事業主の事業所得の計算上必要経費に算入すべき(本来法人の損金の額に算入できない)額を、便宜、法人の損金の額に算入することを許容しようというものであると解される。」

「「法人成り」の場合に、個人経営時から引き続き在職する役員に対する退職給与のうち、損金又は必要経費として認められる部分については、別異に解する理由はない。すなわち、理論的には、役員に対する退職給与のうち、(1)法人経営時の在職期間に対応する部分で、相当と認められる金額は法人の損金に算入され、(2)個人経営時の在職期間に対応する部分で、個人事業主の事業所得の計算上必要経費として認められる金額はその最終年分の事業所得の計算上必要経費に算入されるべきであるが、法人設立後相当期間の経過後であれば、便宜(2)の部分も法人の損金に算入することが認められることになる。」

青色事業専従者であった者の場合

 青色事業専従者であった者の場合は、あくまでも法人設立の日から退職するまでの期間が勤続年数となるので、個人事業当時の勤続期間を通算することはできません。所得税法には、生計を一つにする家族従業員に対する退職金の必要経費算入という考え方はないものと解されるからです。

福島地裁平成4年10月19日判決(税資193号78頁)

 福島地裁平成4年10月19日判決(税資193号78頁)では、以下のように判示しています。

「本件のA子の場合、「法人成り」する以前の個人事業当時、所得税法57条1項に規定する青色事業専従者であつたのであるから、個人事業主から、それぞれの個人事業の廃業時点で退職給与が支払われたとしても、同法56条により、個人事業主と生計を一にする親族に対する対価の支払として、個人事業主の事業所得の計算上必要経費に算入することはできないものであるから、仮に法人設立後相当期間の経過後であつても、当然に、「法人成り」した原告の損金と認めることはできない。」

個人事業主であった者の場合

  個人事業主であった者の場合は、あくまでも法人設立の日から退職するまでの期間が勤続年数となるので、個人事業主当時の期間を通算することはできません。そもそも、個人事業主自身に給料や退職金を支払い、必要経費算入することを所得税法上、想定していないからです。

まとめ

 ある程度、個人事業で儲かっているならば、早めに法人成りしないと、経営者や、そこで働いている家族は、退職金を貰う段階で損をしてしまうということです。

通達

(個人事業当時の在職期間に対応する退職給与の損金算入)
法人税基本通達9-2-39 個人事業を引き継いで設立された法人が個人事業当時から引き続き在職する使用人の退職により退職給与を支給した場合において、その退職が設立後相当期間経過後に行われたものであるときは、その支給した退職給与の額を損金の額に算入する。

(前に勤務した期間を通算して支払われる退職手当等に係る勤続年数の計算規定を適用する場合)
所得税基本通達30-10 令第69条第1項第1号ロ及びハただし書の規定は、法律若しくは条例の規定により、又は令第153条《退職給与規程の範囲》若しくは旧法人税法施行令第105条《退職給与規程の範囲》に規定する退職給与規程において、他の者の下において勤務した期間又は前に支払を受けた退職手当等の支払金額の計算の基礎とされた期間(以下30-11においてこれらの期間を「前に勤務した期間」という。)を含めた期間により退職手当等の支払金額の計算をする旨が明らかに定められている場合に限り、適用するものとする。