概要
役員退職金は、現金の代わりに会社が保有する不動産や株式で支給することもできます。ただし、会社の帳簿価額だけを基準に処理すると、退職金の金額や源泉徴収税額を誤るおそれがあります。
現物支給では、資産の時価、会社の譲渡損益、役員退職金の損金算入、受け取る役員の所得税、消費税をそれぞれ確認する必要があります。
以下では、内国普通法人が、実際に退職する日本の居住者である役員に、会社が保有する不動産や通常の株式を一時の退職金として支給する場合を説明します。業績連動型の退職給与、自社株式を用いた特別な報酬制度などは、別途検討が必要です。
現物支給では、時価による資産の譲渡損益を確認する
会社が保有する不動産や株式を役員退職金として現物支給した場合、法人税では、原則として時価による資産の譲渡として収益を認識し、税務上の帳簿価額との差額について譲渡損益を計算します。現物支給した資産を帳簿から減らすだけで処理が終わるわけではありません(法法22②③)。
一方、その現物給付が退職に基因する給与であれば、役員が受ける経済的利益について、退職金としての取扱いを検討します。資産の譲渡損益と退職金の損金算入は、別々に判定します(法法34、所法30①・36①②)。
土地を現物支給する場合の仕訳例
例えば、次の条件で会社所有の土地を退職金として支給するとします。
- 土地の時価:3,000万円
- 土地の帳簿価額:1,000万円。会計上と税務上の帳簿価額は同額
- 退職金として適正な額であり、必要な決議・合意を経て支給する
- 退職金の確定と土地の移転は同じ事業年度内に行う
- 既に計上した退職慰労引当金や未払退職金はなく、源泉徴収税額等は別途役員から預かる
この場合の仕訳は、例えば次のようになります。勘定科目は例示であり、登記費用等は省略しています。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 役員退職金 | 3,000万円 | 土地 | 1,000万円 |
| 固定資産売却益 | 2,000万円 |
法人税では、譲渡益2,000万円を益金に算入する一方、退職金3,000万円について損金算入の可否を判定します。両者が同じ事業年度に計上され、退職金の全額が損金となり、他の申告調整がなければ、この取引による所得への影響は差引1,000万円の減少です。
ただし、役員が受け取った退職金の額まで1,000万円になるわけではありません。この例では、土地の時価である3,000万円を基礎として、役員の退職所得と源泉徴収税額を計算します(所法30・36)。
退職金の全額が損金になるとは限らない
業績連動給与に該当しない通常の役員退職給与は、定期同額給与や事前確定届出給与等に該当することを求める規定の対象から除かれています。ただし、不相当に高額な部分や、事実を隠蔽・仮装して経理することにより支給するものは損金に算入されません(法法34①~③)。
適正額の判定では、役員が業務に従事した期間、退職の事情、同業・同規模法人の役員退職金の支給状況などを検討します。含み益の大きい資産を支給する場合には、帳簿価額ではなく、時価で捉えた退職金が過大になっていないか確認することが重要です(法人税法施行令70二)。
役員退職金の損金算入時期は、原則として、株主総会の決議等により金額が具体的に確定した日の属する事業年度です。ただし、実際に支払った事業年度において、その支払額を損金経理した場合には、その事業年度での損金算入も認められます(法基通9-2-28)。
時価はいつの時点で判定するのか
現物給付に係る所得税上の評価では、原則として、役員がその資産を取得する時の価額を用います。有価証券についても、支給時の価額により評価することが示されています(所法36②、所基通36-36)。
したがって、将来の退職に伴って特定の土地や株式を支給することを株主総会で決めた場合でも、決議時の見積額がそのまま将来の支給時の評価額になるとは限りません。
また、次の各時点は、それぞれ目的が異なります。
| 確認する事項 | 基本となる時点 |
|---|---|
| 現物給付した資産の所得税上の評価 | 資産の取得・支給時 |
| 会社の役員退職金の損金算入時期 | 原則として、退職金の額が具体的に確定した日 |
| 役員の退職所得の帰属年 | 原則として退職日。ただし、株主総会等の決議を要し、退職後に決議等で具体額が確定するものは、その決議日等 |
| 所得税の源泉徴収時期 | 原則として、現物給付や代物弁済等による支払時 |
不動産の場合は、登記日という形式だけで決めず、契約の効力、引渡し、所有権移転などの事実関係を確認します。上表の取扱いには、それぞれ例外や特例があるため、金額の確定と実際の給付が年や事業年度をまたぐ場合には、特に注意が必要です(所法36②・199、所基通36-10・181~223共-1、法基通9-2-28)。
なお、金銭による退職金の額を先に確定し、後日、その支払に代えて不動産等を渡す場合には、消滅する金銭債務の額と、給付する資産の時価、その差額の性質を確認します。「特定の資産そのものを退職金として支給する場合」と同じ前提で処理しないことが大切です。
不動産と株式の時価をどのように確認するか
不動産は、権利関係や利用状況を反映して評価する
土地や建物の評価では、近隣の適正な売買実例、不動産鑑定士の鑑定、立地、形状、用途、賃貸借関係などを踏まえて、通常取引される価額を検討します。相続税評価額や固定資産税評価額を、そのまま今回の取引の時価とできるとは限りません(所法36②、所基通36-39)。
役員が社宅として使用していた不動産についても、そのことだけで借地権・借家権相当額を控除できるとは限りません。通常の賃貸借なのか、役員という立場に基づく便宜供与なのかなど、実際の利用関係の確認が必要です。
株式は、支給時の価格と適用する評価方法を確認する
役員に現物支給する株式の所得税上の評価は、所基通36-36により、所基通23~35共-9の取扱いに準じます。上場株式は支給時の市場価格を基礎とし、非上場株式は、適正な売買実例の有無、類似法人の株価、純資産価額等を踏まえて検討します。
会社の取得原価や額面だけで評価することは適切ではありません。また、会社側の法人税上の時価と、受給者側の所得税上の評価について、それぞれ適用するルールを確認する必要があります(法法22②、所法36②、所基通36-36・23~35共-9)。
裁判例から分かる注意点と、現行制度との違い
土地の帳簿価額と時価の差額が問題となった裁判例
東京地裁平成6年11月29日判決では、会社が代表取締役の退任に伴い、退職慰労金の一部として土地を帳簿価額2,500万円で現物支給した事案が争われました。
課税庁は、土地の価額を1億6,053万4,360円として、帳簿価額との差額1億3,553万4,360円を譲渡益として益金に算入しました。一方、その差額に相当する退職給与は損金経理されていないとして、損金算入を認めませんでした。
地裁は、近隣の売買実例等による算定に合理性を認め、土地の時価を2億957万7,158円と認定した上で、課税庁が採用した1億6,053万4,360円を下回らないと判断しました。また、当時の法人税法36条に基づき、帳簿価額と時価の差額についてまで損金経理が行われたとはいえないとしました。
東京高裁平成8年3月26日判決、最高裁第二小法廷平成10年6月12日判決も、この判断を維持しています(税務訴訟資料206号449頁、215号1114頁、232号600頁)。
ただし、この裁判例の損金経理に関する判断は、当時の制度を前提としています。役員退職給与の損金経理要件は平成18年度税制改正で廃止され、平成18年4月1日以後に開始する事業年度から改正後の制度が適用されています。
そのため、現在の取引について「時価との差額を損金経理していなければ、その差額は必ず損金不算入になる」と説明することは適切ではありません。現行法に基づき、退職給与としての性質、適正額、債務の確定、損金算入時期等を判定する必要があります。なお、実際の支払年度に損金算入する法基通9-2-28ただし書の取扱いでは、損金経理が求められます(法法34、法基通9-2-28)。
不動産鑑定も、その内容と合理性が確認される
名古屋地裁平成4年4月6日判決は、会社が役員らに土地・建物を低額で譲渡したかどうかが争われた事案です。退職金の現物支給を扱った事案ではありません。
この判決では、土地について合理的な鑑定による評価が採用された一方、建物については、取得価額との関係や用途が限定される事情等から鑑定が採用されず、その部分の課税処分が取り消されています。鑑定を取得すれば必ずその評価額が認められるというものではなく、評価の前提や方法の合理性が重要です(税務訴訟資料189号24頁)。
現物支給でも所得税の源泉徴収が必要
現物による退職金も、退職所得に該当するものであれば、会社は支払の際に所得税等の源泉徴収を行います。源泉徴収における「支払」には、金銭の交付だけでなく、代物弁済などにより支払債務が消滅する行為も含まれます(所法199、所基通181~223共-1)。
税額計算では、現物給付分と金銭支給分を含めた退職金の総額を確認し、「退職所得の受給に関する申告書」の提出状況、勤続年数、他の退職手当等の支給状況などを確認します。令和8年分の退職手当等について同申告書の提出がない場合には、原則として支給額の20.42%を源泉徴収します(所法201、国税庁「No.2732 退職手当等に対する源泉徴収」)。
役員等勤続年数が5年以下で、その期間に対応して支払われる特定役員退職手当等には、退職所得の2分の1課税が適用されません。現物支給の場合も同様です(所法30②⑤)。
全額を不動産や株式で支給する場合には、源泉徴収税額を差し引く現金がありません。そのため、例えば次の方法で、納付に必要な資金を確保します。
- 金銭支給分を設け、その中から税額を徴収する
- 役員から税額相当額を現金で預かる
役員本人が負担する税額を会社が最終的に負担する約束にすると、税引手取額から支給総額を逆算する必要が生じます。会社が税金を負担する場合には、その負担分も考慮して支給額と税額を計算します(所基通181~223共-4)。
退職所得に係る住民税の特別徴収についても、所得税等と併せて確認しておきます(地方税法50の2以下・328以下)。
消費税は、当初からの現物給付か、代物弁済かを区別する
退職金そのものの支出と、不動産や株式を会社から役員に移転する取引とは、消費税上も分けて確認します。退職金という費用科目を使っていることだけで、資産移転の課税関係は決まりません。
当初から特定の資産を給付する場合
当初から特定の資産を現物で給付することとされており、金銭給与の支払に代えて渡すものではない場合には、その給付は代物弁済には当たりません(消基通5-1-4)。
ただし、法人がその役員に資産を贈与する場合には、対価を得て行う資産の譲渡とみなす規定があります。給付時に役員に当たるかどうかは、登記上の肩書だけでなく、相談役・顧問等として実質的に経営に従事していないかも含めて確認します。「当初から現物支給と決議したので、必ず消費税の課税対象外になる」とは判断できません(消法4⑤二、消基通5-3-3・5-3-5)。
金銭の退職金の支払に代えて資産を渡す場合
金銭で支払うべき退職金債務を、不動産等の給付によって弁済する場合は、代物弁済として資産の譲渡等に該当します(消法2①八、消基通5-1-4)。
その上で、移転する資産ごとに、原則として次の区分を確認します。
| 移転する資産 | 国内取引における消費税の区分 |
|---|---|
| 土地 | 非課税 |
| 通常の株式 | 非課税 |
| 建物・車両等 | 原則として課税 |
土地と建物を一括して渡す場合にも、両者を区分する必要があります。実際の申告・納税については、会社の納税義務の有無も確認します(消法4①・6①、別表第一一・二)。
現物支給の前に整えておきたい資料
現物支給を行う場合には、少なくとも次の事項を確認し、判断の根拠を保存しておきます。
- 退職の事実、退職後の役職・職務・経営への関与
- 株主総会議事録等。現物で支給する資産、支給内容、支給時期等を明確にする
- 受給者との合意、資産移転に関する契約書、引渡し・名義変更等の記録
- 評価基準日を明記した鑑定書、売買実例、株価資料、評価計算書等
- 時価で捉えた役員退職金の適正額を検討した資料
- 退職所得の受給に関する申告書、源泉徴収税額等の計算資料と徴収方法
- 消費税について、代物弁済・みなし譲渡への該当性と資産ごとの課税区分を検討した記録
株式会社の取締役の退職慰労金については、定款の定めや株主総会決議等の必要な手続も確認します。金銭以外の報酬等については、その具体的な内容を定めることが求められます(会社法361①)。
実際の会計処理では、採用している会計方針や、退職慰労引当金・未払退職金の計上状況も確認してください。会計上の費用計上と税務上の損金算入に差異がある場合は、法人税申告書で必要な調整を行います。
主な根拠資料
- 法人税法22・34、法人税法施行令70、法人税基本通達9-2-28
- 所得税法30・36・199・201、所得税基本通達36-10・36-36・36-39・181~223共-1・181~223共-4
- 消費税法2・4・6、消費税基本通達5-1-4・5-3-3・5-3-5
- 国税庁「No.5208 役員の退職金の損金算入時期」
- 国税庁「No.2728 退職所得の収入金額の収入すべき時期」「No.2732 退職手当等に対する源泉徴収」
- 国税庁「No.6321 法人の役員に対する贈与・低額譲渡の取扱い」
- 財務省「平成18年度税制改正の解説」法人税法の改正・役員の給与
- 日本税理士会連合会「中小会計指針・中小会計要領」
- 本文記載の各判決
法令等の確認時点:令和8年10月19日。
