概要

 「相続の開始があったことを知った日」をちゃんと理解していないと、期限後申告となってしまう場合もあるでしょう。ですから、正しく理解しておく必要があります。

 最高裁平成18年7月14日第二小法廷判決(判時1946号45頁)、相続税法基本通達27-4によれば、「相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうとされています。

 そしてそれは、東京地裁平成27年2月27日判決(税資265号-31(順号12614))によれば、「被相続人が死亡して相続が開始された事実」と「自分自身が相続人になった事実」の両方を認知した日ということになります。

 ただし、被相続人が死亡して相続が開始された日は明確なのですが、自分自身が相続人になったことを知った日についての明確な定義がなく、いつをもって「知った日」とするのかは明確ではありません。

 なお、法定相続人以外の受遺者について「相続の開始があったことを知った日」とは、自分自身が遺贈により当該財産を取得したことを知った日をいうものであり、それは、当該受遺者が、被相続人の死亡の事実と自分自身のために遺贈があったという事実を知った日をいうものと解されています(平成30年3月20日裁決・大裁(諸)平29第62号)。

東京地裁平成27年2月27日判決(税資265号-31(順号12614))判示要旨

 「相続の開始があつたことを知つた日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうものと解され(最高裁平成18年7月14日第二小法廷判決参照)、それは、①被相続人が死亡したことにより相続が開始したこと及び②自己が被相続人の相続人であることの双方を知った日をいうものと解するのが相当である。

東京国税局課税第一部 資産課税課 資産評価官「資産税審理研修資料(相続の開始)」(平成20年8月作成)

 相続税の納税義務の成立は、相続、遺贈、死因贈与(以下、併せていうときは「相続等」という。)による財産の取得の時に成立するものであり(通法15②四)、当該各事由に基づき財産を取得した個人が相続税の納税義務者となる(相法1の3。他に相続時精算課税の適用を受ける財産を取得した個人においても相続税の納税義務者となる。)ものであるところ、上記「財産の取得の時」とは、いずれも、「相続の開始の時」である(相続(民法896、909)、遺贈(民法985。ただし停止条件付の場合を除く。)、死因贈与(民法554))。

 このように「相続の開始の時」の判断は、課税関係の判断自体に影響するものであるところ、相法に特別の規定がないことから、次に記載する民法の規定によることとなる。

1 自然的死亡

 相続は、死亡によって開始する(民法882)。
 この死亡は医学的な死亡であり、一般には、戸籍に記載されたところで相続の開始の日を確認しているが、当該記載において、死亡の年・月・日・時が不明の場合においては、次によるものと解される(株式会社有斐閣発行「新版注釈民法(26)相続(1)」69ページを参照したもの。)。

(1)年月日が明らかであり、推定時間に幅がある場合(例:午前8時から午後10時)
   最後の推定時刻(午後10時)となる。
(2)年月が明らかで推定日に幅がある場合(例:12月1日から10日の間)
   最後の推定日の終日(10日)となる。
(3)推定月までしか知り得ない場合(例:12月)
   推定月の末日(12月31日)となる。
(4)年が明らかで推定月に幅がある場合(例:平成19年1月から6月の間)
   最後の月の末日(6月30日)となる。
(5)推定年までしか知り得ない場合(例:平成19年)
   その年の最終日(平成19年12月31日)となる。
(6)年に幅がある場合(例:平成17年から平成19年の間)
   最後の年の末日(平成19年12月31日)となる。

2 擬制的死亡(失踪宣告)

 生死不明の不在者は、失踪宣告により死亡したものとみなされ、その死亡とみなされる時は、普通失踪と特別失踪の別に、それぞれ次表に記載のとおりである。

区分死亡とみなされる時(民法31)宣告できる場合(民法30)
普通失踪生死不明の期間が7年を満了した時生死が7年間明らかでないとき
特別失踪その危難が去った時死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、
危難が去った後1年間明らかでないとき

3 認定死亡(死亡報告)

 戸籍法第89条は、「水難、火災その他の事変によつて死亡した者がある場合には、その取調をした官庁又は公署は、死亡地の市町村長に死亡の報告を」すべき旨を規定しており、死亡が確実と認められる場合に死体が確認できない場合にあっても、「その取調をした官庁又は公署」の報告により、戸籍上の死亡が記載され(同法91条)、死亡の推定を受けるものとなる。

4 相続の開始があったことを知った日

(1)相続税法第27条に規定する日

 相法第27条《相続税の申告書》第1項に規定する相続税の申告期限の基準となる「相続の開始があつたことを知つた日」については、相基通27-4《「相続の開始があったことを知った日」の意義》に列挙されているとおり、相続財産を取得する原因となる自己のために相続の開始があったことを知った日(法定代理人において知った日を含む。)をいうものと解される。

 したがって、相続財産の具体的な把握状況(把握の程度)は、相続税の申告期限を判断する上では基準とならず、当該財産の多寡によって生じる相続税額について無申告加算税の正当理由の有無の基準となるものに過ぎないこととなる(仙台地裁昭和63年6月29日判決及び大阪高裁平成5年11月19日判決参照)。

 これに対し、民法第915条《相続の承認又は放棄をすべき期間》第1項に規定する「自己のために相続の開始があつたことを知った時」の判断においては、次の(2)に記載のとおり、「相続財産の認識」も基準の一つとされる。

(2)民法第915条に規定する日

 民法第915条第1項に規定する「自己のために相続の開始があったことを知った時」については、
① 相続人が相続開始の原因となる事実及び
② これにより自己が法律上相続人となった事実を知り、
③ 相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算する
との判断(大阪高裁平成14年7月3日決定)があるように、必ずしも形式的な要件のみによるものではないため、相続開始後3月を経過しているからといって、必ずしも単純承認があったものとは限らない。

 このように、民法第915条は、上記③の点において、相続財産の取得原因が生じたことをいう相法第27条第1項の「相続の開始があったことを知った日」と異なる。

相続税法基本通達27-4(「相続の開始があったことを知った日」の意義)

 法第27条第1項及び第2項に規定する「相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうのであるが、次に掲げる者については、次に掲げる日をいうものとして取り扱うものとする。
 なお、当該相続に係る被相続人を特定贈与者とする相続時精算課税適用者に係る「相続の開始があつたことを知つた日」とは、次に掲げる日にかかわらず、当該特定贈与者が死亡したこと又は当該特定贈与者について民法第30条((失踪の宣告))の規定による失踪の宣告に関する審判の確定のあったことを知った日となるのであるから留意する。
(1) 民法第30条及び第31条の規定により失踪の宣告を受け死亡したものとみなされた者の相続人又は受遺者 これらの者が当該失踪の宣告に関する審判の確定のあったことを知った日
(2) 相続開始後において当該相続に係る相続人となるべき者について民法第30条の規定による失踪の宣告があり、その死亡したものとみなされた日が当該相続開始前であることにより相続人となった者 その者が当該失踪の宣告に関する審判の確定のあったことを知った日
(3) 民法第32条((失踪の宣告の取消し))第1項の規定による失踪宣告の取消しがあったことにより相続開始後において相続人となった者 その者が当該失踪の宣告の取消しに関する審判の確定のあったことを知った日
(4) 民法第787条((認知の訴え))の規定による認知に関する裁判又は同法第894条第2項の規定による相続人の廃除の取消しに関する裁判の確定により相続開始後において相続人となった者 その者が当該裁判の確定を知った日
(5) 民法第892条又は第893条の規定による相続人の廃除に関する裁判の確定により相続開始後において相続人になった者 その者が当該裁判の確定を知った日
(6) 民法第886条の規定により、相続について既に生まれたものとみなされる胎児  法定代理人がその胎児の生まれたことを知った日
(7) 相続開始の事実を知ることのできる弁識能力がない幼児等 法定代理人がその相続の開始のあったことを知った日(相続開始の時に法定代理人がないときは、後見人の選任された日)
(8) 遺贈(被相続人から相続人に対する遺贈を除く。(9)において同じ。)によって財産を取得した者 自己のために当該遺贈のあったことを知った日
(9) 停止条件付の遺贈によって財産を取得した者 当該条件が成就した日
(注) これらの場合において、相続又は遺贈により取得した財産の相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続開始の時における価額によるのであるから留意する。

国税庁HP質疑応答事例「認定死亡と相続開始があったことを知った日」

【照会要旨】
 被相続人甲はいわゆる認定死亡により戸籍上除籍されましたが、甲の相続人が相続開始があったことを知った日はいつになりますか。

(事実経過)
○年 3月31日  甲は仲間と海釣りに来ていたが、ボートから転落し海中に沈んだ。
4月1日  海上保安庁の巡視艇が捜索したが発見できなかった。
6月7日  戸籍法第89条の規定に基づき、海上保安庁は甲の死亡の報告を死亡地の市町村長に行った。
6月12日  甲の相続人から甲の死亡届け(死亡日○年3月31日)が市町村長に提出された。

【回答要旨】
 甲の相続人が、戸籍法第89条の規定に基づき、海上保安庁が甲の死亡の報告を死亡地の市町村長に行ったことを知った日をもって、相続開始があったことを知った日となります。

仙台地裁昭和63年6月29日判決(昭和61年(行ウ)10号)判示要旨

 納税者が相続の事実自体を知る以上、相続財産の内容を自ら調査して申告をし、具体的な租税義務を確定させることが要求され、結果としてこれができなかった場合には、正当な理由があると認められる場合を除き、行政上の制裁である無申告加算税を賦課されることもやむを得ないところである。
 してみると、法定申告期限の起算点について納税者の相続財産の具体的把握状況にかからしめることは相当ではなく、自己に相続の開始がありかつ相続税法27条1項にいう相続財産があることを知った日を指すものと解すべきである。
 そうすると、本件において、「相続の開始があつたことを知つた日」とは、原告(納税者)が認知の裁判の確定により相続人としての地位が生じた日であるというべきである。何故ならば、弁論の全趣旨によると、原告は自己が相続税を納付すべき遺産を取得すべきことを知つたうえで認知の訴を提起したことが明らかであり、認知の判決を受けてこれが確定したのが昭和59年4月6日(この日認知の裁判が確定したことは当事者間に争いがない。)であるから、同日「相続の開始があつたことを知つた」ことになるからである。そして、原告が相続税の申告をしたのは昭和60年3月15日であるから(右事実は当事者間に争いがない。)、申告期限内に原告から申告がなかつたとした被告(課税庁側)の解釈は正当であつて、その余の点につき判断するまでもなく原告の主張は失当である。

大阪高裁平成5年11月19日判決(平成5年(行コ)25号)判示要旨

 納税者に相続財産の一部が判明し、それが基礎控除額を超えて申告すべき場合には、判明した分についてとりあえず申告をしたならば、その者に対し、全相続財産についての無申告加算税を課さないこととする一方、右の判明した分さえ申告しない者に対しては、残余の相続財産についての事情の如何を問わず、全相続財産を基にした「納付すべき税額」に所定の率を乗じた金額の制裁を課することとしているのであつて、これにより、無申告という事態を防止するための実効性をあげ、一部分だけでも期限内に誠実な納税申告書を提出するよう国民に促すとともに、その納税義務の適正かつ円滑な履行を確保し、健全な申告秩序の形成を図ろうとしているものであ(る。)

「相続の開始があったことを知った日」の誤った解釈により期限後申告とされた事例-平成30年3月20日裁決(大裁(諸)平29第62号)(棄却)

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人Xが、被相続人から包括遺贈により財産を取得したとして、平成28年12月29日に被相続人に係る相続税の申告書を提出したところ、原処分庁が、Xにおいて遺贈があったことを知った日が平成27年9月15日であり、上記相続税の法定申告期限が平成28年7月15日であるから、上記申告書が期限後申告書であるとして、上記相続税に係る無申告加算税の賦課決定処分をしたため、当該処分の適法性が争われた事案である。Xは、遺贈があったことを知った日は当該包括遺贈を承認又は放棄をする期間(熟慮期間)が経過した平成28年8月1日であると主張している。

○本裁決で争われた「相続の開始があったことを知った日」に関する状況等は、次のとおりである。
① 本件被相続人の死亡日は裁決上伏せられており不明である。
 本件被相続人は、生前、平成25年9月10日付の自筆証書遺言(以下「本件遺言書」という。)を作成しており、本件遺言書は、平成26年1月24日に検認された。
② 平成27年8月28日付で、Xに対し、本件遺言書に基づくXへの包括遺贈(以下「本件遺贈」という。)の承認又は放棄に係る調停の期日通知書(以下「本件通知書」という。)及び本件遺言書の写しが郵便で送付され、Xは、同年9月15日頃、当該郵便物を開封した。
③ Xが、平成27年11月25日付で、家庭裁判所に対し、本件遺贈の承認又は放棄の期間(以下「熟慮期間」という。)の伸長に関する家事審判申立て(以下「本件申立て」という。)をしたところ、同裁判所は、同年12月10日付で、本件遺贈の熟慮期間を平成28年7月31日まで伸長する旨の審判を行った。

 Xの主張は、次のとおりである。
「本件遺贈の熟慮期間を平成28年7月31日まで伸長する審判をされたから、本件相続の開始があったことを知った日は同年8月1日であり、本件相続に係る相続税の法定申告期限は平成29年6月1日である。したがって、平成28年12月29日に提出した本件申告書は、期限内申告書であって、期限後申告書には該当しない。」

(2)裁決要旨(請求棄却)

① 法定相続人以外の受遺者について相続税法27条1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」とは、自己が遺贈により当該財産を取得したことを知った日をいうものと解される。そして、遺贈の効果は、遺言がその効力を生ずる遺言者(被相続人)の死亡の時に発生するのであるから(民法985①)、法定相続人以外の受遺者は、被相続人の死亡の事実と自己のために遺贈があった事実の両方を知らない限り、自己が遺贈により当該財産を取得したことを知ったとはいえない。そうすると、法定相続人以外の受遺者について「相続の開始があったことを知った日」とは、当該受遺者が、被相続人の死亡の事実と自己のために遺贈があったという事実を知った日をいうものと解するのが相当である。

② Xは、本件相続の法定相続人ではないところ、平成27年9月15日頃に、本件遺贈の承認又は放棄に係る調停の期日を通知する本件通知書及び本件遺言書の写しが封入された郵便物を開封し、同年11月25日付で、家庭裁判所に対し、本件遺贈の熟慮期間の伸長を求める本件申立てをしていることから、遅くとも同日(11月25日)までには、被相続人の死亡の事実及び自己のために遺贈があったという事実を知ったことは明らかである。

③ そうすると、Xが「相続の開始があったことを知った日」は、遅くとも平成27年11月25日であり、本件相続に係る相続税の法定申告期限は、遅くとも平成28年9月26日(9月25日が日曜日のため)となるから、同日の後である同年12月29日に提出された本件申告書は、期限後申告書に該当すると認められる。