遺産が未分割の場合

 相続税の申告と納税は、通常、被相続人の死亡日の翌日から10か月以内に、被相続人の住所地を所轄する税務署に行うことになっています(相法27①)。

 相続税の申告は、相続財産が分割されていない場合であっても上記の期限までにしなければならないため、分割されていなくても相続税の申告期限が延びることはありません。

 これは、長期間にわたつて遺産分割を行なわないことにより相続税の納付義務を免れるというような不都合を防止するためだからです(東京地裁昭和45年3月4日判決・判時611号31頁、東京地裁平成9年10月23日判決・税資229号125頁等)。

 相続税の課税価格は、遺産の総額を基に各相続人や受遺者ごとに計算することとなっていることから、相続人が1人であれば簡単ですが、相続人が2人以上いる場合には、共同相続人のうち、誰がどの財産を相続するかということが確定しないと課税価格の計算ができないこととなります。

 そのため、相続財産の分割協議が成立していないときは、各相続人などが民法の規定による相続分(民法900⦅法定相続分⦆、901⦅代襲相続人の相続分⦆、902⦅遺言による相続分の指定⦆、903⦅特別受益者の相続分⦆)又は包括遺贈の割合に従って財産を取得したものとして相続税の計算をし、申告と納税をすることになります(相法55、相基通11の2-2、55-1)。

 その際、その分割の行われていない財産については、相続税の特例である「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減の特例」などが適用できないという申告になります。

 ただし、相続税の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」(相規1の6③二)を添付して提出しておき、相続税の申告期限から3年以内に分割された場合には、これら特例の適用を受けることができます(相法19の2②、措法69の4④)。

東京地裁昭和45年3月4日判決(判時611号31頁)要旨

 相続税法は、相続税の申告期限までに遺産分割が行なわれていない場合においては、各相続人の法定相続分に応じて遺産を相続したものとして課税価格を計算し、その後において遺産分割により各相続人の取得する財産が確定したときは、その際にこれを基礎として相続税額を改算し、それに基づいて更正の請求または修正申告をなし、あるいは更正決定がなされることを建前としているが、相続税は、本来相続等によつて現実に取得した財産につき課せらるべきものであり、右の遺産分割が行なわれない場合の措置は、長期間にわたつて遺産分割を行なわないことにより相続税の納付義務を免れるというような不都合を防止するためのものであるというべきである。

東京地裁平成9年10月23日判決(税資229号125頁)要旨

 相続税法55条は、相続固有の間題として、相続税の法定申告期限内に遺産の全部又は一部の分割ができないことがあり得ることに鑑み、法定申告期限内に申告書を提出する場合において、相続人間で遺産が分割されていないときは、その未分割の遺産については、各共同相続人が法定相続分の割合に従って、当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算することとしている。これは、長期にわたって遺産分割を行わないことにより、いまだ現実に相続により取得する財産が確定していないことを理由に、相続税の納付義務を免れるといった不都合を防止するための措置であるばかりでなく、国家の財源を迅速、確実に確保するという国家的要請に基づくものでもある。

申告後、分割した場合

 民法に規定する相続分または包括遺贈の割合で申告した後に、相続財産の分割が行われ、その分割に基づき計算した税額と当初申告した税額とが異なるときは、実際に分割した財産の額に基づいて修正申告または更正の請求をすることができます。

 修正申告は、初めに申告した税額よりも実際の分割に基づく税額が多い場合にすることができます(相法31①)。

 更正の請求は、初めに申告した税額よりも実際の分割に基づく税額が少ない場合にすることができます(相法32①)。ただし、修正申告と異なり、更正の請求ができるのは、遺産分割を行った日の翌日から4か月以内となっています。

 つまり、遺産分割によって、当初申告等にかかる相続税額に不足を生ずることとなった人は修正申告を、また、当初申告等にかかる相続税が過大となった人は更正の請求をすることができるということになります。

 なお、この修正申告または更正の請求において「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減の特例」などを適用することができますが、特例の適用ができるのは、原則として、申告期限から3年以内に分割があった場合に限られます。

 相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日において相続等に関する訴えが提起されているなど一定のやむを得ない事情がある場合において、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」(相令4の2②)を提出し、その申請につき所轄税務署長の承認を受けた場合には、判決の確定の日など一定の日の翌日から4か月以内に分割されたときに、これらの特例の適用を受けることができます(相法19の2②、措法69の4④)。

 提出期間経過後に承認申請書を提出した場合には、宥恕規定がないため、特例を適用することができません(東京地裁平成13年8月24日判決・税資251号順号8961)。

 なお、適用を受ける場合は、分割が行われた日の翌日から4か月以内までに更正の請求を行う必要があります。

できる規定

 分割に基づき計算した税額と当初申告した税額とが異なるときは、実際に分割した財産の額に基づいて修正申告または更正の請求をすることができます(相法31①、32①)。あくまでも、「できる」なのでしなくてもよいということになります。

 ただし、一部の相続人からの更正の請求(の特則)に基づき減額更正がされた場合において、その請求した相続人以外の相続人について、その減額更正処分の「基因となった事実を基礎として計算」した課税価格及び相続税額が当初申告等における金額と異なることとなったときには、税務署長は、それらの相続人に対し更正又は決定することができます(相法35③)。

 実務的には、その更正の請求した相続人以外の相続人に対し相続税の修正申告書の提出と納税が求められます。

 つまり、当初申告等にかかる相続税が過大となった相続人がいて、減額更正によりその人に納税額を戻すならば、逆に、当初申告等にかかる相続税額に不足を生ずることとなった相続人には追加(修正)で納税をしてもらう必要があるということになります。

東京地裁昭和45年3月4日判決(判時611号31頁)要旨

 相続税法55条により未分割遺産につき法定相続分により課税価格が計算されていた場合において、後日遺産分割があつたことに基づいてする更正の請求または修正申告は、もともと当初の申告に過誤があつてその是正を求めるための一般の更正の請求または修正申告とは異なり、かかる手続を利用してなされはするものの、その実質は遺産分割により取得した財産を基礎として算出した課税価格および相続税額の申告そのものであり、また、遺産分割があつたことに基づいてする税務署長の更正は、その形式はともかく、実質は遺産分割により取得した財産を基礎として算出した課税価格および相続税額を確定するものであつて、一般の更正とは異なるものというべきである。

東京地裁平成9年10月23日判決(税資229号125頁)要旨

 相続税法32条に規定する更正の請求は所定事由に該当した場合に限って認められるものであり、法32条1号の事由は、未分割の遺産につき、いったん法55条の規定による計算で税額が確定した後、遺産の分割が行われ、その結果、既に確定した相続税額が過大になるという相続税に固有の後発的事由について規定したものであって、右規定に基づく更正の請求は、当初の申告に存在するとされる過誤の是正を求めることを目的とするものではない。とすれば、未分割の遺産を分割した結果、既に確定した課税価格及び相続税額が過大になるか否かの判断に当たって、算定の基礎となる遺産の価格は、申告(その後に更正があった場合にはその更正。)により確定した価額を基礎とすべきである。
 そして、確定した遺産の価額をもとに算出した分割遺産に係る課税価格及び相続税額と比較して、既に確定した課税価格及び相続税額が過大とならない場合には、法32条各号列記以外の部分及び同条1号の規定による更正の請求の事由に該当しないものであって、当該更正の請求は不適法というべきである。

東京地裁平成13年8月24日判決(税資251号順号8961)要旨

 相続税法施行令4条の2第4項のみなす承認規定は、同条2項の定める適法な提出期間内に承認申請書が提出されることを前提に、承認申請書の提出があった日の翌日から2月を経過する日までにその申請につき許否の処分がなかった場合に、上記の日においてその承認があったものとみなすとした規定であり、適法な提出期間経過後に提出された本件承認申請書に基づく承認申請は、申請自体が不適法なものであるから、承認があったとみなされる余地はないというべきである。

最高裁第一小法廷令和3年6月24日判決(民集75巻7号3214頁)要旨

 相続税法55条に基づく申告の後にされた増額更正処分の取消訴訟において、個々の財産につき上記申告とは異なる価額を認定した上で、その結果算出される税額が上記申告に係る税額を下回るとの理由により当該処分のうち上記申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決が確定した場合において、課税庁は、国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後に相続税法32条1項1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに際し、当該判決の拘束力によって当該判決に示された個々の財産の価額や評価方法を用いて税額等を計算すべき義務を負うことはない。

(端的に言うと)
 相続税法32条1項1号に基づく更正の請求では、申告又は更正の請求をするまでに行われた更正処分における個々の財産の評価額の誤りの是正を求めることはできない。