概要
不動産所得が事業的規模であるか否かで、建物等の資産損失(取壊し、除却、滅失等)について以下のような違いがあります。
事業的規模である場合
資産損失の金額(原価ベースである賃貸建物等の残存価額)を損失の生じた年分の必要経費に算入します(所法51①、所令142、143、所基通51-2)。
事業的規模でない場合(業務的規模である場合)
資産損失の金額(原価ベースである賃貸建物等の残存価額)を損失の生じた年分の不動産所得の金額(資産損失を控除する前の所得金額)を限度として必要経費に算入します(所法51④、所令142、143、所基通51-2)。 (注)
(注)災害等による損害は、選択により雑損控除の対象とすることができます。
なお、あくまでも資産損失であるため、例えば、取壊し費用は資産損失とならないため、原則として全額必要経費となります(所法37)。
取り壊した建物が貸付業務に供されていた業務用資産である場合において、その取壊しが賃貸借契約終了後、速やかに行われ、当該建物に係る貸付業務の残務処理的な行為と認められる場合には、当該取壊し後の敷地の利用目的にかかわらず、当該取壊しに要した費用は必要経費に該当すると判断した事例(平成28年3月3日裁決・裁事102集)があります。
事業的規模でない場合(業務的規模である場合)の計算例
賃貸アパートがあり不動産所得(業務的規模)を確定申告していましたが、既存の賃貸アパート(残存価額400万円)を取壊して新たな賃貸マンションを建築する予定です。
以下の場合、所得税の所得計算はどのようになるのでしょうか。
(Q1)
(1)取壊費用 600万円
(2)資産損失(残存価額)400万円
(3)(1)及び(2)の金額の控除前の不動産所得の金額 500万円
(A1)
取壊費用を不動産所得の金額の計算上必要経費に算入
不動産所得の金額=500万円-600万円=△100万円
不動産所得の金額が赤字となる場合には、資産損失額は必要経費として算入することができないため、400万円は切り捨てになります。
なお、不動産所得の赤字100万円は、他の所得と損益通算できます(所法69)。
(Q2)
(1)取壊費用 300万円
(2)資産損失(残存価額)400万円
(3)(1)及び(2)の金額の控除前の不動産所得の金額 500万円
(A2)
取壊費用を不動産所得の金額の計算上必要経費に算入
不動産所得の金額=500万円-300万円=200万円
不動産所得の金額が黒字となる場合には、その所得金額を限度として資産損失額を必要経費に算入することになるので200万円を必要経費に算入することになります。
結果、不動産所得の金額は0円
所得税法51条(資産損失の必要経費算入)
1 居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるものについて、取りこわし、除却、滅失(当該資産の損壊による価値の減少を含む。)その他の事由により生じた損失の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額及び資産の譲渡により又はこれに関連して生じたものを除く。)は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。
2~3 (略)
4 居住者の不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産(山林及び第62条第1項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)に規定する資産を除く。)の損失の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額、資産の譲渡により又はこれに関連して生じたもの及び第1項若しくは第2項又は第72条第1項(雑損控除)に規定するものを除く。)は、それぞれ、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額又は雑所得の金額(この項の規定を適用しないで計算したこれらの所得の金額とする。)を限度として、当該年分の不動産所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入する。
平成28年3月3日裁決(裁事102集)判断
建物賃貸業においては、建物の取得、賃借人の募集、賃借人への貸付け及び建物の取壊し・廃棄までが業務の一連の流れであって、建物の取壊し費用は、建物賃貸業を行う上で通常発生する費用であるといえることに加え、賃貸借期間中に業務用資産である建物の取壊し・廃棄を行うことは不可能であることからすると、当該建物が家事用に転用されたなどの事情がない限り、賃貸借契約終了後の建物の取壊し・廃棄は、いわば建物に係る貸付業務の残務処理的な行為であるというべきである。そうすると、賃貸借契約終了後、速やかに行われた賃貸用建物の取壊しは、当該建物に係る貸付業務の残務処理的な行為であり、その取壊し費用は、当該建物に係る貸付業務と直接関係し、かつ、当該業務の遂行上必要なものとして、必要経費に該当すると解するのが相当である。
したがって、取り壊した建物が貸付業務に供されていた業務用資産である場合において、その取壊しが賃貸借契約終了後、速やかに行われ、当該建物に係る貸付業務の残務処理的な行為と認められる場合には、当該取壊し後の敷地の利用目的にかかわらず、当該取壊しに要した費用は必要経費に該当することになる。
請求人の営む不動産貸付けは事業的規模に該当するとはいえず、貸付建物の取壊しにより生じた除却損は、その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額を限度として必要経費に算入することになるとされた事例-令和6年2月8日裁決(関裁(所)令5第24号)(棄却)
(1)事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 獣医師である審査請求人Xは、平成24年11月28日に2階建ての店舗1棟(以下「本件従前建物」という。)を建築し、個人事業として動物病院を開業した。
② その後、Xは法人(以下「本件法人」という。)を設立し、以降は、本件法人の代表取締役として動物病院を経営し、令和元年まで本件従前建物を本件法人に賃貸(以下「本件貸付け」という。)していた。
Xが本件法人を設立した経緯は、社会保険に加入するためであった
Xは、毎週火曜日及び臨時休業日を除き、獣医師として、本件法人の業務に毎日従事していた。
③ Xは、父母の高齢化もあり、自身の住宅を持ちたいとの考えから、2階部分を自宅とし、1階部分を本件法人に賃貸する目的で、令和元年12月18日に、2階建ての店舗兼住宅1棟(以下「本件建替建物」といい、本件従前建物と併せて「本件各建物」という。)を建築し、令和2年1月1日から本件建替建物のうち1階部分を本件法人に賃貸(本件貸付けと併せて「本件各貸付け」という。)し、同月30日に本件従前建物を取り壊した。
④ Xは、令和2年分及び令和3年分の所得税等の確定申告書を法定申告期限までに申告した。
なお、Xは、令和2年分の所得税等の申告において、本件従前建物等の未償却残高1,945万円余を固定資産除却損(以下「本件除却損」という。)として不動産所得の必要経費に算入し、その他の必要経費の金額を合計するとともに、翌年以後に損失額を繰り越した。
また、Xは、令和3年分の所得税等の申告において、繰り越した損失額を総所得金額から控除した。
⑤ 原処分庁は、令和5年1月30日付で、本件各貸付けは、社会通念上事業であるとはいえず、業務として行っているものと認められ、本件除却損のうち必要経費に算入できる金額は零円であり、Xの令和2年分の不動産所得の金額に誤りが認められること、その結果、令和3年分において控除する繰越損失額はないことなどを理由として、令和2年分及び令和3年分の所得税等の各更正処分等(以下「本件各更正処分等」という。)をした。
⑥ Xは、本件各更正処分等に不服があるとして令和5年4月21日に審査請求をした。
(2)本件の主な争点
本件各貸付けは、所得税法51条1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に該当せず、同条4項に規定する不動産所得を生ずべき業務に該当するか否かである。
(3)判断要旨(棄却)
① 所得税法は、不動産所得における資産損失の必要経費の算入について、これを(イ)不動産所得を生ずべき事業の用に供される資産損失と(ロ)不動産所得を生ずべき業務の用に供される資産損失を区別し、前者については、事業所得と同様の資産損失等を認める旨規定しており、後者については、その金額は資産損失が生じた日の属する年分の不動産所得の金額を限度とする旨規定しているところ、事業の意義について一般的な定義規定を置いていない。一般に事業とは、自己の計算と危険において営利を目的として対価を得て継続的に行う経済活動のことであると解されるが、事業であるか否かの基準は必ずしも明確ではなく、最終的には社会通念に従って判断するほかはないというべきである。
そして、社会通念上、不動産の貸付けが不動産所得を生ずべき事業に該当するか否かは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無、取引に費やした精神的・肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して判断するのが相当である。
なお、所得税基本通達26-9《建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定》は、建物の貸付けが事業として行われているかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で建物の貸付けを行っているかどうかにより判定すべきであるとした上で、いわゆる5棟10室という形式基準を満たすとき等は、その貸付けが事業として行われているものとする旨定めているが、これは、この基準を満たせば、事業として行われているものとするという十分条件を定めたものにすぎず、当該基準を満たしていなくても、これをもって直ちに社会通念上事業に当たらないということはできないと解するのが相当である。
② Xは、本件従前建物に係る賃貸借契約を本件建替建物に係る賃貸借契約に引き継ぐ計画の下、本件建替建物を建築して本件従前建物を取り壊したから、本件各貸付けは連続した一体のものであり、このことは本件各貸付け全体が所得税法51条1項の事業に該当することの根拠となる旨主張するため、まずは、この点について検討する。
③ 確かに、本件建替建物の貸付けは、本件貸付けと入れ替わる形で、本件法人による動物病院経営のためだけにされたものであり、本件各貸付けが、Xによる不動産貸付けとして連続性を有すると評価することは可能である。
しかしながら、本件従前建物の取壊しにより生じた除却損(本件除却損)がXの令和2年分の不動産所得の必要経費に算入されるか否かを判断するに当たっては、本件従前建物が「不動産所得を生ずべき事業の用に供される固定資産」に該当するか否かが問題であるから、本件従前建物に関してXが行っていた不動産貸付けについて、事業該当性を検討すべきである。そうであれば、本件建替建物の建築及びその貸付けについては、本件貸付けの事業該当性の判断に必要と認められる限度でのみ考慮され得るというべきである。
④ 本件従前建物は、当初、Xが個人事業として営んでいた動物病院のために利用されていたから、Xは、個人事業として行っていた動物病院事業を法人化するに当たり、それまで使用していた動物病院である本件従前建物を継続使用するため、本件貸付けをするに至ったものと認められ、貸付け目的で本件従前建物を建築したものではないといえる。
そして、Xが本件法人を設立した経緯も、社会保険に加入するためであったことからすれば、Xは、本件貸付けに際して、不動産賃貸業を行うことを目的とはしていなかったといえること、また、本件貸付けの目的は、主として、Xが個人事業として営んでいた動物病院事業をそのままの状態で本件法人に引き継ぎ、従前の顧客を維持する点にあったものと認められる。これらによれば、Xは、本件貸付けから利益を稼得することを主な目的としていたとはいえない。
⑤ Xが負担する危険についてみると、Xは、平成24年に本件従前建物及びその土地の取得費用として4,500万円を借り入れており、本件従前建物その他の設備の取得価額は、合計3,010万円余であることからすると、かかる借入れは、本件従前建物の建築原資となったものということはできるが、Xは、本件貸付けから利益を稼得することを主な目的として本件従前建物の建築及び本件貸付けを行ったわけではないから、Xが本件従前建物建築のために上記の借入れをしたことは、Xが個人事業として動物病院事業を行うに当たって負担した危険であるということはできても、本件貸付けを事業として行うに当たって負担した危険であると評価することはできない。
⑥ 本件各貸付けは、獣医師としての社会的地位が確立し、獣医師として相当程度の収入を得ていたXが、それまで個人事業として行っていた動物病院事業をそのまま本件法人に引き継がせて従前の顧客を維持するために開始したもので、賃借人は本件法人に限定かつ固定され、本件各貸付けのための設備や費やした労力の程度に照らしても本件各貸付けが事業に該当するといえる程度に至っていたとはいえないことも踏まえれば、たとえ営利性・有償性、継続性・反復性が認められるとしても、本件各貸付けが社会通念上事業であると認めることはできない。したがって、本件各貸付けは、所得税法51条1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に該当しない。
⑦ Xは、Xが本件法人を設立せず、個人事業主として事業を継続していれば、本件除却損を必要経費に計上できたにもかかわらず、本件法人の設立により本件除却損を必要経費に計上できなくなることは、租税負担の公平性に反するから、この点も事業該当性の判断において考慮すべきである旨主張する。
しかしながら、不動産の貸付けが社会通念上不動産所得を生ずべき事業に該当するか否かの判断に当たって考慮すべき点は上記①のとおりであり、Xが主張する事情は、かかる判断に当たって考慮すべき事情には当たらない。
また、事業所得の必要経費該当性と不動産所得の必要経費該当性は、別個の問題であるから、上記①の判断の結果により、本件除却損を不動産所得に係る必要経費に計上できなくなったとしても、そのことから租税負担の公平性に反するとまではいえない。
したがって、Xの上記主張には、理由がない。
⑧ 以上のとおり、本件各貸付けは、所得税法51条1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に該当するとはいえず、本件除却損は、同条4項の規定のとおり、その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額(同項の規定を適用しないで計算した不動産所得の金額)を限度として必要経費に算入することとなるところ、令和2年分の不動産所得の金額は損失となるから、本件除却損のうち必要経費に算入できる金額は零円となる。