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不動産所得が事業的規模であるか否かで、建物等の資産損失(取壊し、除却、滅失等)の必要経費の取扱いが違ってきます

賃貸建物を取り壊したときは「資産損失」と「取壊し費用」を分けて考える

 賃貸アパートや貸家などを取り壊した場合には、「建物自体について生じる資産損失」と、解体業者などへ支払う「取壊し費用」を分けて考える必要があります。

 この2つは、所得税法上、同じものではありません。

 建物自体について生じる資産損失は、所得税法51条の適用を受けます。そして、不動産貸付けが事業的規模で行われているかどうかによって、必要経費に算入できる金額が大きく異なります。

 一方、解体業者へ支払う取壊し費用は、建物自体の資産損失ではありません。所得税法37条に基づき、不動産所得を生ずべき業務について生じた必要経費に該当するかどうかを別に判断します。

 まず、この違いを整理すると次のようになります。

項目内容主な根拠
建物の資産損失建物そのものの取壊し・除却等によって生じる損失所法51①④、所令142・143、所基通51-2
取壊し費用解体業者等へ支払う解体・撤去費用所法37①
土地売却のための取壊し一定の場合は建物の損失額・取壊し費用とも譲渡費用所基通33-7、33-8

資産損失とは建物そのものについて生じた損失

 所得税基本通達51-2では、所得税法51条の「損失の金額」とは、「資産そのものについて生じた損失の金額」であるとされています。

 その金額は、所得税法施行令142条又は143条により計算した金額から、損失の原因となった事実が発生した直後の資産の価額及び発生資材の価額を差し引いて計算します(所基通51-2)。

 例えば、減価償却してきた賃貸建物を全部取り壊し、取壊し後の建物自体に価値がなく、廃材等にも価値がない通常のケースでは、基本的には取壊し直前の帳簿価額、すなわち未償却残額が資産損失額となります。

 平成26年4月21日裁決でも、減価償却資産を取り壊して廃棄した場合の損失額について、取壊し直前の帳簿価額(未償却残額)によるとの考え方が示されています。

 したがって、単に「取得価額」や「残存価額」をそのまま資産損失とするわけではありません。

事業的規模なら資産損失は原則として全額を必要経費にできる

 不動産貸付けが事業として行われている場合には、その事業の用に供されている固定資産について、取壊し、除却、滅失などによって生じた資産損失は、原則として損失が生じた年分の不動産所得の必要経費に算入されます(所法51①)。

 したがって、例えば事業的規模でアパート経営を行っており、その賃貸建物の未償却残額が400万円の時点で建物を取り壊し、取壊し後の価値や発生資材の価値がない場合には、原則として400万円の資産損失を必要経費に算入することになります。

 資産損失を必要経費に算入した結果、不動産所得が赤字になることもあります。

事業的規模でない場合は資産損失の必要経費算入に限度がある

 一方、不動産貸付けが事業的規模に至らない場合には、同じ取壊しであっても取扱いが異なります。

 この場合、資産損失を必要経費に算入できる金額は、その年分の「資産損失を必要経費に算入しないで計算した不動産所得の金額」が限度となります(所法51④)。

 つまり、資産損失によって不動産所得を赤字にすることはできません。

 国税庁タックスアンサーNo.1373「事業としての不動産貸付けとそれ以外の不動産貸付けとの区分」でも、事業として行われている場合には資産損失の全額を必要経費に算入できる一方、それ以外の場合には資産損失控除前の不動産所得の金額が限度になると説明されています。

 なお、大阪国税局の『個人課税関係 誤りやすい事例(所得税法関係)【令和7年版】』42頁でも、事業的規模でない不動産貸付けについて建物の取壊し損を全額必要経費として赤字申告することは誤りであり、所得税法51条4項による限度があるとされています(国税内部資料)。

事業的規模の判定は5棟10室だけで決まるわけではない

 不動産貸付けが事業的規模に該当するかどうかは、原則として、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で行われているかどうかによって実質的に判定します。

 建物貸付けの場合、おおむね5棟以上又は10室以上という、いわゆる「5棟10室基準」が重要な目安となりますが、これが絶対的な必要条件というわけではありません(所基通26-9)。

 5棟10室基準、貸地、駐車場、共有不動産などを含む事業的規模の詳しい判定については、別記事で解説しています。

不動産所得の事業的規模とは?5棟10室基準と青色申告特別控除75万円・65万円の関係

「建物の資産損失」と「取壊し費用」は別物

 実務上、特に間違えやすいのがこの点です。

 例えば、賃貸建物について、

・取壊し直前の未償却残額 400万円

・解体業者へ支払った取壊し費用 300万円

であったとしても、「700万円の資産損失」が生じたわけではありません。

 400万円は建物そのものについて生じた「資産損失」であり、所得税法51条の対象です。

 一方、300万円は解体工事という役務に対して支払った「取壊し費用」であり、所得税法37条による必要経費該当性を判定します。

 したがって、事業的規模でない不動産貸付けについて所得税法51条4項の限度額が問題になるのは、原則として建物そのものについて生じる「資産損失」の方です。

取壊し費用が必要経費になるかは別に判定する

 取壊し費用は資産損失ではありませんが、だからといって、どのような取壊しでも当然に全額が不動産所得の必要経費になるわけではありません。

 取壊し費用については、その支出が不動産所得を生ずべき業務と直接関係し、その業務の遂行上必要な費用と認められるかどうかを、具体的な事実関係に基づいて判断する必要があります(所法37①)。

 特に重要なのが、平成28年3月3日裁決(裁事102集)です。

平成28年3月3日裁決―賃貸終了後の取壊し費用と「残務処理」

 平成28年3月3日裁決では、建物賃貸業について、建物の取得、賃借人の募集、貸付け、最終的な建物の取壊し・廃棄までが一連の業務であるとの考え方が示されました。

 その上で、賃貸用建物について、賃貸借契約終了後、家事用に転用したなどの事情がなく、速やかに取壊しが行われ、その取壊しが貸付業務の残務処理的な行為と認められる場合には、取壊し後の敷地をどのように利用するかにかかわらず、取壊し費用は不動産所得の必要経費になり得ると判断しています(平成28年3月3日裁決・裁事102集)。

 国税庁税務大学校の森重良二「建物の取壊し費用の所得税法上の取扱いについて―取壊し目的と必要経費性との関係を中心として―」(税務大学校論叢90号)でも、この考え方を「業務清算基準」として取り上げ、現在の実務上の取扱いを分析しています。

ただし、この裁決の実際の取壊し費用は否認されている

 平成28年3月3日裁決については、結論を誤解しないよう注意が必要です。

 この裁決は、「賃貸終了後速やかに取り壊せば必要経費になる」という一般的な考え方を示しましたが、実際の請求人自身の取壊し費用については必要経費算入が認められていません。

 その事案では、建物について賃料の授受がなくなった後も同族会社に無償で使用させており、審判所は使用貸借へ移行していたと認定しました。

 そのため、取壊し時点では不動産所得を生ずべき業務の用に供されている資産ではなく、「非業務用資産」になっていたとして、取壊し費用は家事費に該当し、不動産所得の必要経費にはならないと判断されています(平成28年3月3日裁決・裁事102集)。

 したがって、賃貸終了から取壊しまでの間に自宅として使用したり、親族や同族会社などに無償で使用させたりした場合には注意が必要です。

土地を売るために建物を取り壊した場合は「譲渡費用」になることがある

 もう一つ注意しなければならないのが、土地を売却するための建物取壊しです。

 所得税法51条1項及び4項は、資産の譲渡により又はこれに関連して生じた資産損失を、同条による必要経費算入の対象から除外しています。

 土地を売るために、その土地上の建物を取り壊したことが明らかな場合には、原則として、

・建物の取壊し費用

・取壊した建物について生じた資産損失

は、土地等の譲渡所得の金額を計算する際の「譲渡費用」として取り扱われます(所基通33-7、33-8)。

 したがって、「賃貸していた建物だから、取り壊せば必ず不動産所得の必要経費になる」というわけではありません。

 取壊しの時点で土地売却が具体化しており、その売却のために建物を取り壊したことが明らかな場合には、不動産所得ではなく譲渡所得の計算上処理することになります。

事業的規模でない場合の具体的な計算例

 ここでは、従前から所有して賃貸していたアパートについて賃貸借終了後速やかに取り壊し、その取壊し費用が所得税法37条の必要経費に該当することを前提として計算します。

 不動産貸付けは事業的規模ではないものとします。

ケース1 取壊し費用を差し引いた時点で赤字になる場合

 次のケースを考えます。

・取壊し費用 600万円

・建物の資産損失 400万円

・取壊し費用及び資産損失控除前の不動産所得 500万円

 まず、所得税法37条の必要経費となる取壊し費用600万円を差し引きます。

 500万円-600万円=△100万円

 この時点で不動産所得が100万円の赤字になります。

 事業的規模でない場合、資産損失は、所得税法51条4項を適用しないで計算した不動産所得の金額を限度としてしか必要経費に算入できません。

 このケースでは、その金額が既にマイナスであるため、400万円の資産損失を追加で必要経費に算入することはできません。

 したがって、不動産所得の金額は△100万円となります。

 必要経費に算入できなかった400万円の資産損失を、そのまま翌年へ繰り越して控除する制度はありません。

 なお、この100万円の不動産所得の赤字については、原則として他の所得との損益通算の対象となりますが、土地等を取得するための負債の利子に相当する部分など、損益通算できない金額がある場合には別途調整が必要です(所法69、措法41の4)。

ケース2 取壊し費用を差し引いても200万円の黒字が残る場合

 次のケースを考えます。

・取壊し費用 300万円

・建物の資産損失 400万円

・取壊し費用及び資産損失控除前の不動産所得 500万円

 まず、取壊し費用300万円を必要経費に算入します。

 500万円-300万円=200万円

 資産損失を計上する前の不動産所得は200万円です。

 したがって、400万円の資産損失のうち、所得税法51条4項によって必要経費に算入できるのは200万円までとなります。

 200万円-200万円=0円

 最終的な不動産所得の金額は0円となります。

 残り200万円の資産損失は、その年分の必要経費には算入できず、通常、翌年へ繰り越して控除することもできません。

災害などによる損失には別の取扱いがある

 地震、火災などの災害による損失については、通常の取壊し・除却とは別に検討が必要です。

 事業的規模でない不動産貸付けに使用している資産について災害、盗難又は横領による損失が生じた場合には、一定の要件の下で、

・雑損控除の対象とする方法

・損失額等の全てを不動産所得の必要経費として処理する方法

のいずれかを選択することができます(所法72、所基通72-1)。

 必要経費として処理する場合の資産損失については、所得税法51条4項に準じた限度が適用されます。

 一方、事業的規模で行われている不動産貸付けの事業用固定資産について生じた災害等による資産損失は、原則として所得税法51条1項による必要経費として処理します。

令和6年2月8日裁決―事業的規模でなければ除却損で赤字を作れない

 この論点については、比較的新しい裁決もあります。

 令和6年2月8日裁決では、不動産貸付けが所得税法51条1項の「不動産所得を生ずべき事業」には該当せず、同条4項の「不動産所得を生ずべき業務」に該当すると判断されました。

 その結果、貸付建物の取壊しによって生じた除却損については、所得税法51条4項により、その損失が生じた年分の不動産所得の金額を限度としてしか必要経費に算入できないと判断されています(令和6年2月8日裁決・関裁(所)令5第24号)。

 つまり、事業的規模でない不動産貸付けについて、建物の未償却残額を全額除却損として計上し、その資産損失によって不動産所得を赤字にした上で、その赤字を損益通算・繰越控除につなげることはできません。

まとめ

 賃貸建物を取り壊した場合には、「建物自体について生じる資産損失」と「解体業者等へ支払う取壊し費用」を分けて考えることが重要です。

 建物自体の資産損失については、不動産貸付けが事業的規模であれば原則として全額を必要経費に算入できますが、事業的規模でない場合には、資産損失控除前の不動産所得の金額が必要経費算入の限度となります(所法51①④)。

 これに対して、取壊し費用は資産損失そのものではなく、所得税法37条によって必要経費に該当するかを別途判断します。

 賃貸終了後速やかに行われた取壊しが貸付業務の残務処理と認められる場合には必要経費となり得ますが、取壊し前に建物を家事用や無償使用へ転用した場合には必要経費にならないことがあります。

 また、土地を売却するための建物取壊しであることが明らかな場合には、建物の損失額と取壊し費用は、不動産所得ではなく譲渡所得の譲渡費用として処理する場合があります。

 したがって、賃貸建物の取壊しでは、「事業的規模かどうか」だけでなく、「建物の利用状況」「賃貸終了から取壊しまでの経緯」「取壊しの目的」「土地売却との関連性」を併せて確認することが重要です。

主な根拠法令・通達・公的資料

・所得税法37条、51条、69条、72条

・所得税法施行令142条、143条

・租税特別措置法41条の4

・所得税基本通達33-7、33-8、51-2、72-1

・国税庁タックスアンサーNo.1373「事業としての不動産貸付けとそれ以外の不動産貸付けとの区分」

・国税庁タックスアンサーNo.1391「不動産所得が赤字のときの他の所得との通算」

・国税庁タックスアンサーNo.3255「譲渡費用となるもの」

・国税庁「東日本大震災により損害を受けた場合の所得税の取扱い(情報)」Ⅱ質疑応答編・第2・9「雑損控除の対象となる資産(業務の用に供する貸付不動産)」

参考資料

・森重良二「建物の取壊し費用の所得税法上の取扱いについて―取壊し目的と必要経費性との関係を中心として―」『税務大学校論叢』90号、18~24頁ほか

・大阪国税局『個人課税関係 誤りやすい事例(所得税法関係)【令和7年版】』42頁(事例11-10、11-11)(国税内部資料)

関連する裁決例

・平成26年4月21日裁決(国税不服審判所公表裁決)

・平成28年3月3日裁決(裁事102集)

・令和6年2月8日裁決(関裁(所)令5第24号、TAINS F0-1-1677・情報公開法による開示情報)

所得税法51条(資産損失の必要経費算入)

1 居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるものについて、取りこわし、除却、滅失(当該資産の損壊による価値の減少を含む。)その他の事由により生じた損失の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額及び資産の譲渡により又はこれに関連して生じたものを除く。)は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。

2~3 (略)

4 居住者の不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産(山林及び第62条第1項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)に規定する資産を除く。)の損失の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額、資産の譲渡により又はこれに関連して生じたもの及び第1項若しくは第2項又は第72条第1項(雑損控除)に規定するものを除く。)は、それぞれ、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額又は雑所得の金額(この項の規定を適用しないで計算したこれらの所得の金額とする。)を限度として、当該年分の不動産所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入する。

平成28年3月3日裁決(裁事102集)判断

 建物賃貸業においては、建物の取得、賃借人の募集、賃借人への貸付け及び建物の取壊し・廃棄までが業務の一連の流れであって、建物の取壊し費用は、建物賃貸業を行う上で通常発生する費用であるといえることに加え、賃貸借期間中に業務用資産である建物の取壊し・廃棄を行うことは不可能であることからすると、当該建物が家事用に転用されたなどの事情がない限り、賃貸借契約終了後の建物の取壊し・廃棄は、いわば建物に係る貸付業務の残務処理的な行為であるというべきである。そうすると、賃貸借契約終了後、速やかに行われた賃貸用建物の取壊しは、当該建物に係る貸付業務の残務処理的な行為であり、その取壊し費用は、当該建物に係る貸付業務と直接関係し、かつ、当該業務の遂行上必要なものとして、必要経費に該当すると解するのが相当である。
 したがって、取り壊した建物が貸付業務に供されていた業務用資産である場合において、その取壊しが賃貸借契約終了後、速やかに行われ、当該建物に係る貸付業務の残務処理的な行為と認められる場合には、当該取壊し後の敷地の利用目的にかかわらず、当該取壊しに要した費用は必要経費に該当することになる。

請求人の営む不動産貸付けは事業的規模に該当するとはいえず、貸付建物の取壊しにより生じた除却損は、その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額を限度として必要経費に算入することになるとされた事例-令和6年2月8日裁決(関裁(所)令5第24号)(棄却)

(1)事案の概要

 本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 獣医師である審査請求人Xは、平成24年11月28日に2階建ての店舗1棟(以下「本件従前建物」という。)を建築し、個人事業として動物病院を開業した。
② その後、Xは法人(以下「本件法人」という。)を設立し、以降は、本件法人の代表取締役として動物病院を経営し、令和元年まで本件従前建物を本件法人に賃貸(以下「本件貸付け」という。)していた。
 Xが本件法人を設立した経緯は、社会保険に加入するためであった
 Xは、毎週火曜日及び臨時休業日を除き、獣医師として、本件法人の業務に毎日従事していた。
③ Xは、父母の高齢化もあり、自身の住宅を持ちたいとの考えから、2階部分を自宅とし、1階部分を本件法人に賃貸する目的で、令和元年12月18日に、2階建ての店舗兼住宅1棟(以下「本件建替建物」といい、本件従前建物と併せて「本件各建物」という。)を建築し、令和2年1月1日から本件建替建物のうち1階部分を本件法人に賃貸(本件貸付けと併せて「本件各貸付け」という。)し、同月30日に本件従前建物を取り壊した。
④ Xは、令和2年分及び令和3年分の所得税等の確定申告書を法定申告期限までに申告した。
 なお、Xは、令和2年分の所得税等の申告において、本件従前建物等の未償却残高1,945万円余を固定資産除却損(以下「本件除却損」という。)として不動産所得の必要経費に算入し、その他の必要経費の金額を合計するとともに、翌年以後に損失額を繰り越した。
 また、Xは、令和3年分の所得税等の申告において、繰り越した損失額を総所得金額から控除した。
⑤ 原処分庁は、令和5年1月30日付で、本件各貸付けは、社会通念上事業であるとはいえず、業務として行っているものと認められ、本件除却損のうち必要経費に算入できる金額は零円であり、Xの令和2年分の不動産所得の金額に誤りが認められること、その結果、令和3年分において控除する繰越損失額はないことなどを理由として、令和2年分及び令和3年分の所得税等の各更正処分等(以下「本件各更正処分等」という。)をした。
⑥ Xは、本件各更正処分等に不服があるとして令和5年4月21日に審査請求をした。

(2)本件の主な争点

 本件各貸付けは、所得税法51条1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に該当せず、同条4項に規定する不動産所得を生ずべき業務に該当するか否かである。

(3)判断要旨(棄却)

① 所得税法は、不動産所得における資産損失の必要経費の算入について、これを(イ)不動産所得を生ずべき事業の用に供される資産損失と(ロ)不動産所得を生ずべき業務の用に供される資産損失を区別し、前者については、事業所得と同様の資産損失等を認める旨規定しており、後者については、その金額は資産損失が生じた日の属する年分の不動産所得の金額を限度とする旨規定しているところ、事業の意義について一般的な定義規定を置いていない。一般に事業とは、自己の計算と危険において営利を目的として対価を得て継続的に行う経済活動のことであると解されるが、事業であるか否かの基準は必ずしも明確ではなく、最終的には社会通念に従って判断するほかはないというべきである。
 そして、社会通念上、不動産の貸付けが不動産所得を生ずべき事業に該当するか否かは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無、取引に費やした精神的・肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して判断するのが相当である。
 なお、所得税基本通達26-9《建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定》は、建物の貸付けが事業として行われているかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で建物の貸付けを行っているかどうかにより判定すべきであるとした上で、いわゆる5棟10室という形式基準を満たすとき等は、その貸付けが事業として行われているものとする旨定めているが、これは、この基準を満たせば、事業として行われているものとするという十分条件を定めたものにすぎず、当該基準を満たしていなくても、これをもって直ちに社会通念上事業に当たらないということはできないと解するのが相当である。
② Xは、本件従前建物に係る賃貸借契約を本件建替建物に係る賃貸借契約に引き継ぐ計画の下、本件建替建物を建築して本件従前建物を取り壊したから、本件各貸付けは連続した一体のものであり、このことは本件各貸付け全体が所得税法51条1項の事業に該当することの根拠となる旨主張するため、まずは、この点について検討する。
③ 確かに、本件建替建物の貸付けは、本件貸付けと入れ替わる形で、本件法人による動物病院経営のためだけにされたものであり、本件各貸付けが、Xによる不動産貸付けとして連続性を有すると評価することは可能である。
 しかしながら、本件従前建物の取壊しにより生じた除却損(本件除却損)がXの令和2年分の不動産所得の必要経費に算入されるか否かを判断するに当たっては、本件従前建物が「不動産所得を生ずべき事業の用に供される固定資産」に該当するか否かが問題であるから、本件従前建物に関してXが行っていた不動産貸付けについて、事業該当性を検討すべきである。そうであれば、本件建替建物の建築及びその貸付けについては、本件貸付けの事業該当性の判断に必要と認められる限度でのみ考慮され得るというべきである。
④ 本件従前建物は、当初、Xが個人事業として営んでいた動物病院のために利用されていたから、Xは、個人事業として行っていた動物病院事業を法人化するに当たり、それまで使用していた動物病院である本件従前建物を継続使用するため、本件貸付けをするに至ったものと認められ、貸付け目的で本件従前建物を建築したものではないといえる。
 そして、Xが本件法人を設立した経緯も、社会保険に加入するためであったことからすれば、Xは、本件貸付けに際して、不動産賃貸業を行うことを目的とはしていなかったといえること、また、本件貸付けの目的は、主として、Xが個人事業として営んでいた動物病院事業をそのままの状態で本件法人に引き継ぎ、従前の顧客を維持する点にあったものと認められる。これらによれば、Xは、本件貸付けから利益を稼得することを主な目的としていたとはいえない。
⑤ Xが負担する危険についてみると、Xは、平成24年に本件従前建物及びその土地の取得費用として4,500万円を借り入れており、本件従前建物その他の設備の取得価額は、合計3,010万円余であることからすると、かかる借入れは、本件従前建物の建築原資となったものということはできるが、Xは、本件貸付けから利益を稼得することを主な目的として本件従前建物の建築及び本件貸付けを行ったわけではないから、Xが本件従前建物建築のために上記の借入れをしたことは、Xが個人事業として動物病院事業を行うに当たって負担した危険であるということはできても、本件貸付けを事業として行うに当たって負担した危険であると評価することはできない。
⑥ 本件各貸付けは、獣医師としての社会的地位が確立し、獣医師として相当程度の収入を得ていたXが、それまで個人事業として行っていた動物病院事業をそのまま本件法人に引き継がせて従前の顧客を維持するために開始したもので、賃借人は本件法人に限定かつ固定され、本件各貸付けのための設備や費やした労力の程度に照らしても本件各貸付けが事業に該当するといえる程度に至っていたとはいえないことも踏まえれば、たとえ営利性・有償性、継続性・反復性が認められるとしても、本件各貸付けが社会通念上事業であると認めることはできない。したがって、本件各貸付けは、所得税法51条1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に該当しない。
⑦ Xは、Xが本件法人を設立せず、個人事業主として事業を継続していれば、本件除却損を必要経費に計上できたにもかかわらず、本件法人の設立により本件除却損を必要経費に計上できなくなることは、租税負担の公平性に反するから、この点も事業該当性の判断において考慮すべきである旨主張する。
 しかしながら、不動産の貸付けが社会通念上不動産所得を生ずべき事業に該当するか否かの判断に当たって考慮すべき点は上記①のとおりであり、Xが主張する事情は、かかる判断に当たって考慮すべき事情には当たらない。
 また、事業所得の必要経費該当性と不動産所得の必要経費該当性は、別個の問題であるから、上記①の判断の結果により、本件除却損を不動産所得に係る必要経費に計上できなくなったとしても、そのことから租税負担の公平性に反するとまではいえない。
 したがって、Xの上記主張には、理由がない。
⑧ 以上のとおり、本件各貸付けは、所得税法51条1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に該当するとはいえず、本件除却損は、同条4項の規定のとおり、その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額(同項の規定を適用しないで計算した不動産所得の金額)を限度として必要経費に算入することとなるところ、令和2年分の不動産所得の金額は損失となるから、本件除却損のうち必要経費に算入できる金額は零円となる。

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