概要

 遺言の解釈にあたつては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書の特定の条項を解釈するにあたつても、当該条項と遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して当該条項の趣旨を確定すべきですこととなっています(最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決・判時1075号115頁)

相続させる旨の遺言の解釈と相続税

 相続税の課税実務においては、遺言による財産の帰属の認定が課税関係に影響を及ぼすことがあります。

 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言については、これを民法908条の遺産分割方法の指定と解し、当該遺産は遺産分割協議を要さず相続により承継されるものとした最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決(民集45巻4号477頁)があります。

 東京高裁平成18年8月9日判決(税資256号-228(順号10488))の事案において、納税者Xは、第3遺言は同判決の射程に入り、B土地等は遺産分割協議の対象から除外されると主張したのですが、裁判所は、同遺言における被相続人の意思は、B土地等を遺産分割の対象に含める意思であったとし、さらに法定相続人全員を名宛人として「相続させる」旨の遺言の解釈に、同判決の結論をそのまま当てはめるのは相当でないと判断しました。

 遺言の解釈に当たっては、遺言書の特定の条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探求し当該条項の趣旨を確定すべきものであり(同旨・最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決・判時1075号115頁)、東京高裁平成18年8月9日判決もこの考え方に沿って第3遺言を解釈したものであり、遺言の解釈に関して参考となるものと思われます。

 なお、遺言の解釈の前提として、文言の解釈にとらわれない事実認定の重要性を再認識する必要があります。

最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決(判時1075号115頁)要旨

① 遺言の解釈にあたつては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたつても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。

② 本件遺言書には、(1)第一次遺贈の条項の前に、Dが経営してきた合資会社J材木店のDなきあとの経営に関する条項、被上告人(Dの妻)に対する生活保障に関する条項及びF及び被上告人に対する本件不動産以外の財産の遺贈に関する条項などが記載されていること、(2)ついで、本件不動産は右会社の経営中は置場として必要であるから一応そのままにして、と記載されたうえ、第二次遺贈の条項が記載されていること、(3)続いて、本件不動産は換金でき難いため、右会社に賃貸しその収入を第二次遺贈の条項記載の割合で上告人ら(Dの弟妹)その他が取得するものとする旨記載されていること、(4)更に、形見分けのことなどが記載されたあとに、被上告人が一括して遺贈を受けたことにした方が租税の負担が著しく軽くなるときには、被上告人が全部(又は一部)を相続したことにし、その後に前記の割合で分割するということにしても差し支えない旨記載されていることが明らかである。

③ 右遺言書の記載によれば、Dの真意とするところは、第一次遺贈の条項は被上告人に対する単純遺贈であつて、第二次遺贈の条項はDの単なる希望を述べたにすぎないと解する余地もないではないが、本件遺言書による被上告人に対する遺贈につき遺贈の目的の一部である本件不動産の所有権を上告人らに対して移転すべき債務を被上告人に負担させた負担付遺言書の記載によれば、Dの真意とするところは、第一次遺贈の条項は被上告人に対する単純遺贈であつて、第二次遺贈の条項はDの単なる希望を述べたにすぎないと解する余地もないではないが、本件遺言書による被上告人に対する遺贈につき遺贈の目的の一部である本件不動産の所有権を上告人らに対して移転すべき債務を被上告人に負担させた負担付遺贈であると解するか、また、上告人らに対しては、被上告人死亡時に本件 不動産の所有権が被上告人に存するときには、その時点において本件不動産の所有権が上告人らに移転するとの趣旨の遺贈であると解するか、更には、被上告人は遺贈された本件不動産の処分を禁止され実質上は本件不動産に対する使用収益権を付与されたにすぎず、上告人らに対する被上告人の死亡を不確定期限とする遺贈であると解するか、の各余地も十分にありうるのである。原審としては、本件遺言書の全記載、本件遺言書作成当時の事情などをも考慮して、本件遺贈の趣旨を明らかにすべきであったといわなければならない。

④ 原審認定の事実のみに基づき原審が判示するような解釈のもとに、被上告人に対する遺贈は通常のものであり、上告人らに対する遺贈はDの単なる希望を述べたにすぎないものである旨判断した原判決には、遺贈に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるか、又は審理不尽の違法があるものといわざるをえず、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右の点について更に審理を尽くす必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

東京高裁平成18年8月9日判決(税資256号-228(順号10488))要旨

(1)事案の概要

 本件の事案の概要は、次のとおりである。
(1) 被相続人が生前作成した遺言書の内容は、作成順に、概要次のとおりであった。
① 第1遺言 A土地等を控訴人X以外の相続人に相続させる。
② 第2遺言 B土地等をXに単独で相続させる。
③ 第3遺言 第2遺言を取り消し、同遺言記載財産を法定相続分の割合により相続人ら全員に相続させる。
(2) Xは、A土地等は第1遺言のとおりにX以外の相続人らが取得するとして、B土地等については、相続人ら全員が均等に取得するとして相続税の申告書を提出した。
(3) Xは、本件相続に係る遺産分割及び寄与分の確定を求めて遺産分割調停の申立てを行ったところ、相続人間において、概要次の内容の合意が成立した。
① A土地等は、第1遺言のとおりにX以外の相続人らの所有とする。
② B土地等は、遺産分割協議により分割して、Xはその一部を取得する。
(4) X以外の相続人が、相続税法32条1号(更正の請求の特則)の規定に基づき、未分割財産の分割があったことを理由として更正の請求を行ったのに対し、課税庁は減額更正処分を行った。
(5) 課税庁は、Xに対し、相続税法35条3項(更正及び決定の特則)の規定に基づき更正処分を行った。
(6) Xは、「相続させる」旨の遺言により、A土地等及びB土地等はそもそも未分割財産ではなかったとして、適法な不服申立手続を経て、本訴を提起したが、第一審東京地裁平成18年1月24日判決(税資256号-15(順号10275))は本件更正処分を適法としたため、Xが控訴していた。

(2)本件の争点

 特定の財産を法定相続人全員に「相続させる」旨の遺言により、当該財産は遺産分割協議の対象から除外されるかである。

(3)判決要旨(棄却)(確定)

(1) 多数の相続人ら全員に特定の財産を法定相続分により相続させる旨の遺言をした被相続人の意思についてみると、その取得者が遺産分割協議の当事者の範囲と一致することからみても、当該財産をわざわざ一定期間、固定的に共有関係にとどめておく明確な意思の表明や合理的な理由がない限り、遺言者はこれを遺産分割の対象に含ましめる意思であったものと解するのが相当である。
(2) 「相続させる」旨の遺言に物権的効力を認めた最高裁判所平成3年4月19日判決は、遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきものであることを前提としつつ、「特定の遺産」を「特定の相続人」に相続により承継させようとする遺言に関して判示したものであって、本件のように、特定の遺産とはいっても、相当多数の土地等を対象に、これを法定相続人全員を名宛人として、「相続させる」旨の第3遺言の解釈に、その結論をそのまま当てはめるのは、上記前提を正解しないものであって相当でない。