概要

 相続時精算課税の適用を受ける財産について課せられた贈与税があるときは、相続税額から当該贈与税に相当する金額が控除されます(相法21の15③、21の16④)。

 そして、なお相続税額から控除しきれなかった金額があるときは、相続税の還付申告書を提出することにより、その控除しきれなかった金額に相当する税額の還付を受けることができることとされています(相法27③、33の2①)。

 ところで、相続税の申告義務がある者は、相続開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に相続税の申告書を提出しなければならないと規定されています(相法27①)が、還付申告書に係る提出期限については、相続税法上何ら規定されていません。

 この点、国税通則法74条(還付金等の消滅時効)1項は、還付金に係る国に対する請求権は、その請求をすることができる日から5年間行使しないことにより消滅する旨規定していることから、相続税の還付申告書は、特定贈与者の相続開始の日の翌日から起算して5年を経過する日まで提出することができることとなります(相基通27-8)。

 例えば、甲の父であり特定贈与者である乙が令和4年9月1日に死亡した場合は、甲は、令和9年9月1日まで還付申告書を提出することができるということになります。

相続税の還付申告書は、相続開始の日の翌日から起算して5年を経過する日まで提出することができるとされた事例-東京地裁令和2年3月10日判決(税資270号-31(順号13391))(棄却)

(1)事案の概要

 本件は、相続税還付申告書を、相続開始の日の翌日から約5年9か月を経過して提出した原告Xが、相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金と還付加算金の支払を求めて提訴した事案であり、事実関係は以下のとおりである。
① Xは、平成21年及び22年の各年中に、Xの母Aから現預金の贈与を受け、当該贈与について相続時精算課税を選択し、これに対する贈与税額300万円を納付していた。
② Aは、平成25年1月27日に死亡し、相続(以下「本件相続」という。)が開始した。なお、本件相続に係る相続税の課税価格の合計額は、遺産に係る基礎控除額を下回っており、Xは相続税法27条1項に規定する相続税の申告義務がある者には該当しない。
③ Xは、平成30年11月9日、所轄税務署長Yに対し、還付を受ける税額を①の300万円とする本件相続に係る相続税の申告書(以下「本件還付申告書」という。)を提出した。
④ Yは、平成30年11月27日、Xに対し、本件還付申告書に係る還付金請求権(以下「本件還付金請求権」という。)は、乙の相続開始日の翌日から起算して5年を経過しており、時効により消滅している旨の連絡をした。
⑤ Xは、本件還付申告書は相続税の法定申告期限(相続開始があったことを知った日の翌日から10か月を経過する日)の翌日から5年以内に提出されており、本件還付金請求権は時効により消滅していないと主張して、還付金と還付加算金の支払を求めて提訴した。

(2)本件の争点

本件の争点は、本件還付金請求権が時効により消滅したか否かである。

(3)判決要旨(棄却)

① 相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権は、国税通則法74条1項所定の「還付金等に係る国に対する請求権」に該当するところ、同項は、当該請求権は、「その請求をすることができる日から5年間行使しないことによって、時効により消滅する。」と規定している。そして、同項所定の「その請求をすることができる」とは、法律上権利行使の障害がなく、権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることを要すると解するのが相当である〔最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成4年(オ)第701号同8年3月5日第三小法廷判決・民集50巻3号383頁参照〕。
② 相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権は、相続税還付申告書を提出することによって請求をすることができる。そして、相続税法上、同還付金請求権について申告期限の定めはないところ、相続の開始時に相続税の納税義務が発生する(国税通則法15条2項4号)一方で、同還付金請求権がある場合には、その額の算定も可能となるから、同還付金請求権に係る同法74条1項所定の「その請求をすることができる日」は、相続開始の日と解すべきである。したがって、同還付金請求権は、相続開始の日の翌日から起算して5年を経過した時点で時効消滅する。
③ これに対し、Xは、相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権について、国税通則法74条1項所定の「その請求をすることができる日」は相続税の法定申告期限の最終日である旨主張し、その根拠として、国税の賦課権があるのに、還付金請求権が先に消滅時効にかかるというのは均衡を失することなどを挙げる。しかしながら、相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権は、上記のとおり、相続開始の日から法律上権利行使が可能であるにもかかわらず、Xの主張によれば、相続開始の日から相続税の法定申告期限までは、同還付金請求権の時効期間が進行しないことになるが、そのような解釈は、国税通則法74条1項に明らかに反する。
④ また、課税庁による更正又は決定についての除斥期間は、更正及び決定をすることができる最初の日を起算日としなければならず、その日は法定申告期限であり、また、除斥期間は、相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権の時効期間と同じく、5年とされている(国税通則法70条1項1号)。一方で、同還付金請求権は相続開始の日から権利行使が可能であるから、課税庁による更正又は決定についての除斥期間と同還付金請求権の時効期間の起算日が異なることが均衡を失するということはできない。
⑤ 以上を前提とすると、Xは、相続開始の日(平成25年1月27日)の翌日から5年間経過した後の平成30年11月9日に、Yに対し、本件還付申告書(還付を受ける税額300万円とするAの相続に係る相続税の申告書)を提出したものであるところ、本件還付金請求権について時効中断事由は認められないから、同還付金請求権は、同年1月27日の経過をもって時効により消滅したものと認められる。

(4)その後

 東京高裁令和2年11月4日判決(税資270号-116(順号13476))でも本判決は維持され控訴棄却となり、最高裁第三小法廷令和3年6月1日決定(税資271号-69(順号13571))では上告受理の申立てに規定する事由に当たらないとされた。