概要

 税務上の居住者とは、国内に「住所」を有しまたは現在まで引続き1年以上居所を有する個人をいい、居住者以外の個人を非居住者といいます。

 「住所」とは、「各人の生活の本拠」をいい、国内に「生活の本拠」があるかどうかについては、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍等の客観的事実によって判断することになっています。

 なお、所得税法又は相続税法においては、納税義務者の区分に当たって、「住所」の意義・解釈が問題となりますが、所得税法等において定義規定がないため、民法からの借用概念として解されています。

 民法では、「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」(民法22)と定め、「住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。」(民法23)と定めています。また、所得税法又は相続税法に係る取扱通達においても、当該民法上の規定を前提にした取扱いを定めています(所基通2 – 1 、相基通1 の3 ・1 の4 共- 5 )。

 ただし、最高裁昭和29年10月20日大法廷判決(民集8 巻10号1907頁)は、「およそ法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をなすべき特段の事由がない限り、その住所とは各人の生活の本拠を指すものと解するを相当とする。」と判示しており、「特段の事由」又は「別意に解すべきこと」が存在すれば、租税法上の借用概念の解釈(認定)が民法上の解釈(認定)と異なることもあり得ることになります。

住所(生活の本拠)の有無の判定方法

 意図的に住所が国外にあるとして申告してくる納税者や国の内外にわたって居住する場所を移動する納税者、配偶者が特段の理由もなく海外に居住している納税者等について、当該納税者の生活の本拠はどこにあるのか、国内にあるのか、国外にあるのか、その判定は非常に難しい場合が多いと思われます。

 この点に関し、神戸地裁昭和60年12月2日判決(税資147号519頁)は「所得税法の解釈適用上当該個人の本拠がいずれの土地にあると認めるべきかは、租税法は多数人を相手方として課税を行う関係上、便宜、客観的な表象に着目して画一的に規律せざるを得ないところ」とした上で、「客観的な事実、即ち住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等に基づき判定するのが相当である」と判示し、その控訴審である大阪高裁昭和61年9月25日判決(昭和60年(行コ)59号)、更にその上告審である最高裁第二小法廷昭和63年7月15日判決(昭和61年(行ツ)176号)もその判断を支持しています。

 東京地裁平成19年4月11日判決においても、上記神戸地裁昭和60年12月2日判決と同様の判断を示しており、すなわち、「日本に住所を有していたか否かは、原告が本件出国をしたという事実のみならず、原告の職業の有無及びその内容、原告の住居、原告と生計を同一にする家族の居住の状況、資産の有無等を総合的に考慮して、原告が日本に生活の本拠を有していたと評価できるか否かによって決すべきである」と判示しております。

 会社経営者Xが所得税法上の「非居住者」と判定された東京地裁令和元年5月30日判決(平成28年(行ウ)434号等)では、「客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かは、①滞在日数、住居、②職業、③生計を一にする配偶者その他の親族の居所、④資産の所在等を総合的に考慮して判断するのが相当である。」と判示した上で、認定事実を当てはめて、その結果、Xは「非居住者」に該当すると判決したのですが、上記要素の中で、特に「職業」を重視しています。また、過去の類似判決においては、「滞在日数及び住居」と「職業」が重視されている傾向にあります。

 特定の納税者の生活の本拠がどこにあるかについては、住民登録や在留資格等といった単一の内容で判断することなく、上記判決が示すように、その者の職業、住居、家族の居住の状況、資産の所在地等を総合的に勘案して判断していく必要があります。

 なお、公務員は、国外で勤務する期間中についても居住者として取り扱われます。

東京地裁平成19年4月11日判決(棄却)(確定)

(1)事案の概要

 本件は、以下のような事実関係において、原告が平成12年12月の出国日以降、同年中に米国で支払を受けた所得に対し、日本で課税できるか否かを主な争点として争われた事件である。

① 平成6年11月、原告は日本法人甲社の代表取締役として勤務するため日本に入国し、以後、継続して日本に滞在していた。
② 平成10年4月、原告は米国法人S社に雇用され、その関連会社である日本法人乙社の代表取締役として出向・勤務した。
③ 平成12年9月、乙社が日本法人丙社を完全子会社化したことに伴い、原告は、乙社の代表取締役を辞任し、同日、丙社の代表取締役に就任した。
④ 平成12年12月、原告は外国人登録を閉鎖して香港に向け出国(後、米国ユタ州に居住。以下「本件出国」という。)するとともに、同日付けで丙社の代表取締役を辞任した。
 なお、原告の家族は子供の通学の事情から、原告の出国後も、引き続いて、原告の出国前の地に居住した。
⑤ 平成12年12月、原告は米国法人N社と雇用契約を締結し、遅くとも契約締結日までには、N社との間で、平成13年夏までには日本に常駐してN社の日本担当マネージング・ディレクターとして活動することができるようにする旨の合意を締結したと認められる。
⑥ 平成12年12月、原告は、米国内でN社から支度金として50万ドルの支払を受けた。
⑦ 平成13年3月、原告は、平成12年12月の出国日以降非居住者に該当することとなり、上記支度金は国外源泉所得であるため日本での課税所得には含まれない、とする内容の平成12年分所得税の確定申告を行った。
⑧ 平成13年6月、原告は、その子供が通学するA校の理事に再任され、同月、理事長に就任した。
⑨ 平成13年6月、原告の家族は、外国人登録を閉鎖して日本を出国し、これに伴って、同月中に原告の家財及びその他の家財も米国に向けて配送された。
⑩ 平成13年8月、原告は家族とともに再び日本に入国し、同年9月、原告は出国前の居住地を住所として外国人登録を行ったほか、原告の家族も翌14年2月、同所を住所として外国人登録を行った。
 なお、原告は本件出国以降今回の入国までの254日間中、11回にわたって日本での短期滞在を繰り返しており、その滞在日数の合計は110日間に及んだ。
⑪ 平成15年6月、課税庁は、原告が平成12年12月の出国後も引き続き居住者に該当するとして、平成12年分の所得税について更正処分及び加算税の賦課決定処分を行った。
⑫ 原告は、これを不服として適法な不服申立て手続を経た後、平成17年2月28日、本訴を提起した。

(2)判決要旨(棄却)(確定)

① 日本に住所を有していたか否かは、日本から出国したという事実のみならず、その者の職業の有無及びその内容、その者の住居、その者と生計を同一にする家族の居住の状況、資産の有無等を総合的に判断して、その者が日本に生活の本拠を有していたと評価できるか否かによって決すべきである。
② 裁判所が認定した事実によれば、(イ)米国法人N社は、当初から原告の日本における経歴等に着眼し、原告が東京事務所の一員として活動することを予定していたと推認できるほか、原告とN社との雇用関係に関する合意の内容をみても、両者が雇用契約を締結するまでには、当初は米国において雇用されるものの、その活動はあくまでも日本国内を中心として行われることが期待されていたものであり、現に、原告は、平成13年8月に日本に入国してN社のための活動を本格化させたと認められるほか、それ以前にも日本に頻繁に来日して、N社のため活動を行っていたと認められるのであるから、本件出国は、将来原告が再び日本で活動するまでの一時期、暫定的なものにすぎなかったと評価することが相当であること、(ロ)原告の住居について、本件出国以後においても、当該住居は原告及び原告の家族のため従前どおり維持されていたというべきであり、原告も平成13年8月の再来日後はもとより、それ以前においても、原告の家族が出国して家財道具を米国向けに配送する以前には、来日した際には当該住居を自らの住居として利用していたことが認められること、(ハ)原告は、本件出国にかかわらず、早晩日本に戻って当該住居で生活することを予定しており、その故に原告は平成13年6月にA校の理事長という要職に就任したものと理解することが自然というべきであること、(ニ)原告の家族は、本件出国後も平成13年6月、A校の学期が終了するまで、本件出国前の原告の住居において生活を営んでいたのであり、原告が扶養する家族の居住状況には本件出国後も何ら変動がなかったというべきであること、(ホ)原告の家族は、平成13年6月、米国に向けて出国しており、原告らの家財も一旦米国ユタ州に配送されたことが認められるものの、原告とN社との雇用関係に関する合意内容をみると、原告の家族が再び日本に戻って生活することは当初から予定されていたとみるべきであり、現に、原告の家族は原告とともに、A校の新学期に合わせて、同年8月に日本に入国し、その後引き続いて当該住居で生活するようになったことから、当該住居における原告の家族の生活状況は、原告の本件出国後も何らそれ以前と変わりがなかったとみるべきであること、等の評価がなされる。
③ これら、原告とN社の雇用関係の内容、原告および原告の家族の入出国状況、本件出国前の原告の住居の利用状況等に照らすと、原告の生活の本拠は本件出国によってもなお原告の当該住居にあったと認められるから、原告は、本件出国後も、なお居住者に該当するというべきである。

会社経営者が所得税法上の「非居住者」と判定された事例-東京高裁令和元年11月27日判決(令和元年(行コ)186号)(控訴人国)(棄却)(確定)

(1)事案の概要

 X(原告、被控訴人)は、自らが所得税法上の「非居住者」に該当するとの認識のもと、平成21年分から同24年分について、いずれも所得税の申告をしなかったところ、所轄税務署長から同法上の「居住者」に該当するとして期限後申告を勧奨されたため、平成26年12月に期限後申告を行った上で、平成27年1月に平成23年及び平成24年分の所得税について更正の請求をしたが、いずれも更正をすべき理由がない旨の通知処分等を受けた。なお、Xは、シンガポールで居住者用の申告書を用いて納税申告を行っていた。
 また、Xが代表取締役を務めるA社(原告、被控訴人)及びB社(原告、被控訴人)は、Xに対して支払った役員報酬について、Xが「非居住者」に該当するとの前提で所得税を源泉徴収して納付していたところ、Xが「居住者」に該当するとして、源泉所得税の納税告知処分等を受けた。本件は、Xが通知処分等の取消しを、A社及びB社が納税告知処分等の取消しを求めた事案である。
 本件の主な争点は、Xが、所得税法上の「居住者」に該当するか否かであり、つまり、Xの住所(生活の本拠)が、日本又はシンガポールのいずれかにあるのかである。一審の東京地裁令和元年5月30日判決(平成28年(行ウ)434号等)では、「非居住者」に該当すると納税者勝訴となったため、国が控訴していた。
 なお、平成21年から平成22年にかけて、Xの平成16年分~平成20年分に係る所得税について税務調査(以下「前回調査」という。)が行われたが、Xが居住者であるとの前提での課税はされなかった。

○本件におけるXの生活状況等は、次のとおりである。

①各国における滞在日数及び住居について
 Xは、日本のほか、アメリカのコンドミニアム、シンガポールの賃貸住宅に居を構えていた。

(前回調査分)

国名16年17年18年19年20年
日本1481112269995
アメリカ9710579118111
シンガポール29104286870
インドネシア432961327
中国219184330
その他28782433
合計366365365365366

(今回分)

国名21年22年23年24年
日本9310583128
アメリカ978710475
シンガポール82708068
インドネシア30323036
中国56434033
その他7282826
合計365365365366

②Xの職業について
 Xは、日本に本店が所在するA社及びB社のほか、海外法人4社(インドネシア・アメリカ・シンガポール・中国)の代表者の地位にあるが、海外進出に強く反対していたXの父を説得して海外進出の了承を得たという経緯から、海外法人4社に係る経営判断は専らXが行ってきた。また、年間の66~75%程度の期間は、本件諸外国に滞在して業務を行っていたものと認められるところ、このうち、居住3国の一つであるアメリカにおける滞在日数や、日本から渡航することもあった中国の滞在日数の半数を除いても、年間の約4割の日数においてシンガポール又は同国を起点として渡航したインドネシアや中国及びその他の国に滞在していた。

③生計を一にする配偶者その他の親族の居所について
 各年を通じて、Xと生計を一にする妻や二女は、日本居宅において居住を続けていたことが認められる。

④資産の所在について
 Xが所有する資産の多くは日本に所在していたものと認められる。ただし、シンガポールにおいても1,700万円以上の預貯金を有しており、当面生活するために十分な額の資産を有していた。

⑤その他の事情について
 Xは、各年を通じ、日本住所地における住民登録について転出の届出をしていなかったことが認められるが、このことについて、Xは、A社及びB社の借入れに係る個人保証の手続等において印鑑登録証明書を取得する便宜のためであったと説明している。また、Xは、各年を通じて、日本の健康保険組合に加入を継続し、日本国内の病院において、毎年の人間ドックを受診し、おおむね毎月通院していたほか、平成24年には網膜剥離や心臓の手術を受けるために入通院していたこともあったことが認められる。

(2)一審判決要旨(請求認容)(国控訴)

①  所得税法2条1項3号にいう「住所」とは、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である〔最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決・集民236号71頁参照〕。そして、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かは、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等を総合的に考慮して判断するのが相当である。
②  Xの滞在国は、居住3国(定住できる体制の整っている日本、アメリカ、シンガポール)以外にも、インドネシア、中国、ヨーロッパ、中東等の国々に及び、世界的なハブ空港があり各国への渡航の利便性が高いシンガポールを起点として渡航していることからすると、シンガポールが、居住3国以外の各国へ渡航する際の主な拠点となっていたことは否定し難いものというべきである。そして、これらの渡航先国での滞在日数を考慮すると、日本国内における滞在と、シンガポールにおける滞在との間には、量的な観点からみて有意な差があるとはいえない。以上によれば、滞在日数の比較から、Xの生活の本拠が日本国内にあったことを積極的に基礎付けることはできないものというべきである。
③ Xは、A社、B社及び各海外法人の代表者の地位にあるが、各海外法人に係る経営判断は専らXが行ってきたものであり、日本法人であるA社及びB社については、Xの弟が経営判断を行っていたものである。Xの職業活動がどの国を本拠として行われていたかの判断は、その職業活動を行うに当たって当該国に滞在する必要性がどの程度あったかによって決せられるべきである。
④ 以上のとおり、Xは、各年を通じて、各海外法人の業務に従事し、そのために相応の日数においてシンガポールに滞在し、またシンガポールを主な拠点としてインドネシアや中国その他の国への渡航を繰り返しており、これらの滞在日数を合わせると年間の約4割に上っていたことなどからすれば、Xの職業活動はシンガポールを本拠として行われていたものと認められ、他方、日本国内における滞在日数とシンガポールにおける滞在日数とに有意な差を認めることはできず、Xと生計を一にする家族の居所、資産の所在及びその他の事情についても、Xの生活の本拠が日本にあったことを積極的に基礎付けるものとはいえない。これらを総合すると、本件各年のいずれにおいても、Xの生活の本拠が日本にあったと認めることはできないから、Xは所得税法2条1項3号に定める「居住者」に該当するとは認められないというべきである。

(3)控訴審判決要旨(控訴棄却)(確定)

①  当裁判所も、Xは所得税法2条1項3号の「居住者」に該当するとは認められないから、「居住者」であることを前提になされた本件各処分は違法であると判断する。その理由は、当裁判所の補足的判断を付加するほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。
②  国は、従前のXの生活の本拠は日本にあったところ、精緻に時系列的に検討しても、過去にあった生活の本拠たる実体が日本から移転したと認めるべき事情は存しないと主張する。しかし、Xは、経営する会社の活動を日本から海外に広げ、日本と海外に複数の居所を有し、海外滞在日数が徐々に増加していったのであるから、通常の引越しのように、特定の日又は期間に目に見える形で生活の本拠が日本から海外に移転するというイベント的なものが存在しないのは当たり前のことである。このような者に対して、過去に日本にあった生活の本拠たる実体が時系列的にみて日本から海外に移転したかどうかを精緻に時系列的に検討することは、検討手法として時代遅れである。国の主張を採用するには無理がある。
③ 国は、シンガポールの滞在日数にインドネシア等の滞在日数を合算して、日本の滞在日数と比較するのは誤りであると主張する。しかし、Xは、インドネシア等への渡航の利便性をも考慮して、定住できる態勢の整った居宅をシンガポールに構えていたから、シンガポールをハブ(拠点)とする他国への短期渡航はシンガポール滞在と実質的に同一視する方が経済社会の実態に適合する。
④ 国は、金額だけでなく、その質からも、Xは資産の多くを日本国内に保有しており、本件各年に日本国内の資産を増加させ、シンガポール国内の資産を減少させていたと主張する。しかし、Xは日本国籍を有し、生計を一にする妻らの生活の本拠も日本であったから、金額及びその質の面から日本国内の保有資産が大きくなるのは自然なことである。しかし、資産の所在は、それだけで居住者判定に大きな影響力を与える要素ではない。資産の大半をカリブ海の国又は地域で保有していても、主に日本に滞在し、主に日本で経済活動をしている者は、居住者である。本件各海外法人の業務への従事状況、シンガポールを中心とする日本国外滞在日数を考慮するとき、資産の所在を理由に日本国内の居住者と判定するには無理がある。