概要

 給料や賞与以外で、会社が従業員の福利厚生の目的のために支出する費用のことを「福利厚生費」といいます。

 ただし、福利厚生の目的のためといっても、常識的な範囲の金額であり、かつ、一部の者に限定されていないことが条件となります。

 なお、常識的な範囲の金額であり、かつ、事業に従事している全ての者を対象としていても、会社社長とその家族従業員(又は、個人事業主とその家族従業員)しかいない場合、その者らに対して支出した福利厚生費は、税務調査に入られた場合、否認される場合があります。

 つまり、社長一族以外の従業員がいる場合で、その従業員を含めて支出した福利厚生費に限り認めるという考え方をする調査官がいるということです。

 なお、個人事業者の例ですが、事業主と家族従業員だけで旅行をした場合には、「社会通念上使用者が使用人の慰安旅行として一般的に行っていると認められる旅行ではなく、サラリーマンの家族が行ういわゆる家族旅行と異なるものではない」として、福利厚生費が否認された名古屋地裁平成5年11月19日判決(税資199号819頁)があります。

名古屋地裁平成5年11月19日判決(税資199号819頁)(棄却)(控訴)

(1)事案の概要

 本件の事案の概要は、次のとおりである。

① 原告Xは、看板等の製作・店舗・住宅の改装の請負等を内容とする事業を営んでおり、青色申告の承認を受けており、Xの妻Tは青色事業専従者であった。
 従業員はTのみであり、忙しい時期だけ、他にアルバイトを雇っていた。

② Xは、昭和62年、昭和63年及び平成元年(以下「本件各年」という。)にそれぞれ1回ずつ、T及び子二人(未成年)の合計4人で、次のとおりの旅行(以下「本件各旅行」という。)を実施した。
(1) 昭和62年7月30日から8月2日まで長野県軽井沢方面(3泊4日)
(2) 昭和63年8月9日から同月11日まで長野県軽井沢方面(2泊3日)
(3) 平成元年8月14日から同月16日まで長野県軽井沢方面(2泊3日)
 なお、本件各旅行の時期は、休業してもXの顧客にあまり迷惑がかからず、かつ、Xの子2人も一緒に行ける時期として、盆休み又はそれに近い時期を選んだ。

③ Xは、本件各年の支出のうち、本件各旅行に同行したXの子2人に関する支出額相当分を除いた支出金額を右各年分の事業所得計算上の必要経費(いわゆる福利厚生費)に計上して右各年分の所得計算をし、確定申告をした。
 福利厚生費とした金額は、(1)95,979円、(2)101,745円、(3)81,664円。

④ これに対し、被告所轄税務署長は、平成2年12月、本件各旅行費用は事業所得計算上の必要経費ではなく家事上の経費であるとして、Xの本件各年分の所得税につき、更正した(以下「本件各更正」という。)。

(2)本件の主な争点

 本件各旅行費用は、Xの事業所得金額計算上の必要経費に当るか。

(3)判決要旨(棄却)(控訴)

① 所得税法37条1項は、「その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額(略)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(略)の額とする」と規定しているが、同項の「その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」とは、「業務について生じた費用」という規定の文言及びこれが「必要経費に算入すべき金額」であるとされていることからして、業務の遂行上必要なものでなければならないことは明らかである。また、事業所得に関しては、ある支出が業務の遂行上必要なものであつたか否かは、事業主の主観的意図のみにより決すべきものではなく、客観的に決すべきものである。
 したがつて、従業員の慰安のためとして行われた旅行に関する費用が右の意味での必要経費に当たるか否かは、当該旅行の目的、規模、行程、参加者等を考慮した上、社会通念に従い、業務の遂行上必要か否かにより決するのが相当である。

② そこで、右のような観点から本件について見るに、本件各旅行は、前記のようにXがその妻、未成年の子2人の合計4人で子の夏休み期間中に観光地を訪れたというものであるから、Xにおいて青色事業専従者である妻を慰安するという趣旨で企画実行したものであつたとしても、客観的には、生計を一にする夫婦、親子がその良好な家族関係を維持発展すべく企画実行したものであり、事業主であるXが、従業員の勤労意欲を高め、もつて自己の事業に資するためといつた、経済的合理性に基づき、使用者としての立場から主催したものとはいえない。換言すれば、本件各旅行は、その内容からして、社会通念上使用者が使用人の慰安旅行として一般的に行つていると認められる旅行ではなく、サラリーマンの家族が行ういわゆる家族旅行と異なるものではない。したがつて、その費用をもつて、業務の遂行上必要なものであつたということはできない。
 そうすると、本件各旅行費用は、「その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」には該当しないというべきである。

③ なお、Xは旅行先で行つた美術館での美術鑑賞等がXの業務に役立つものである旨主張するが、本件各旅行は、美術鑑賞等によりXの事業に必要な知識経験を得ることを目的として行われたものではないから、旅行先で美術鑑賞をしたとしても、それによつて、旅行費用が業務の遂行上必要な費用となるものではない。

④ なお、所得税基本通達36-30は、レクリエーシヨン行事に参加したことにより役員又は使用人が受けた経済的利益について、一定の要件の下に、法36条1項の経済的利益と見ないとする取扱いを定めるものであつて、使用人のレクリエーシヨンのために使用者が支出した費用が使用者の事業所得の計算上必要経費に当たるか否かの基準を設けたものではないから、右の通達があるからといつて必要経費の算定に当たり、「業務の遂行上必要なものであるか否か」という点を問題とすることなく、社会通念上一般的に行われていると認められる旅行のための費用であれば、当然に必要経費に該当するとの取扱いがされているとすることはできない(また、親子4人で行われた本件各旅行は、旅行先、参加者等からして、右通達にいう「使用人のレクリエーシヨンのために社会通念上一般的に行われている旅行」には当たらない。)。

⑤ また、多数の従業員を有する者も、本件各旅行のように、事業者(夫)、青色事業専従者(妻)とその子のみでいわゆる家族旅行をした場合には、その費用は必要経費に当たらないことになるから、その点では、Xの場合と異なるところはない。そして、従業員の慰安のための旅行と本件各旅行のような家族旅行とは、業務上の必要性に基づくものか否かという点において差異があり、その差異による区別をもつて不合理な差別ということはできないから、本件各更正をもつて平等原則に反するとすることはできない。
 さらに、法人税との関係でも本件各旅行と同様の家族旅行の費用が福利厚生費として損金に算入されるとすべき合理的理由はないから、法人の場合との比較により、本件各更正が平等原則に反するとすることもできない。