概要
一般的には、個人事業主が会社を設立する場合、その後は、会社運営に専念し、今までした個人事業を廃止します。
しかし、最近は、個人事業主が会社を設立しても、個人事業を廃止せずに、個人事業主と会社を併用するケースが増えてきました。いわゆるマイクロ法人(小さな規模の会社で、規模の拡大を目的としていない法人)の活用といわれるものです。
社会保険料の削減
利用されている最大の理由は、社会保険料の削減です。個人事業主の場合、国民健康保険料・国民年金保険料を払うことになりますが、国民年金保険料は定額(令和8年度は月額17,920円)であり、将来自分がもらう年金についてのことなのでさほど負担感はないかと思います。
ただし、国民健康保険料について非常に高いと感じている個人事業主の方は多いと思います。所得が多いと金額が跳ね上がり、2026年度(令和8年度)における国民健康保険料(税)の年間最高上限額(賦課限度額)は、40歳〜64歳の方で合計「113万円」 となっています。
よって、会社を設立し、会社で安い役員給与をもらうことにより健康保険料・厚生年金保険料を抑えるというスキームです。会社を設立し、その会社の代表者となり役員給与をもらった場合は、社会保険の被保険者となります(報酬0円なら、被保険者になりませんが)。
この場合、国民健康保険料・国民年金保険料を払うことはなくなり、健康保険料・厚生年金保険料を払うということになりますが、健康保険料・厚生年金保険料は、一般的には、役員報酬月額によって決まります。
東京都の令和8年3月分からの健康保険料・厚生年金保険料の最低水準の金額となるのは報酬月額63,000円未満の場合ですが、その報酬月額の場合の健康保険料は月額5,713円(40歳から64歳までの方は介護保険料も加わるので月額6,652.6円)、厚生年金保険料は月額16,104円、子ども・子育て支援金133.4円(令和8年4月分から)であり、それぞれ被保険者と会社で折半で負担することになります。また、そのほか、会社全額負担分の子ども・子育て拠出金が月額208.8円となっています。
〇「令和8年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京都)」https://www.kyoukaikenpo.or.jp/assets/R8_13tokyo.pdf
会社と折半で負担するといっても、一般のサラリーマンと違い、マイクロ法人の場合は、代表者が実質的には両方とも負担する感覚でしょう(法人と個人は別人格ですので、法的には明確に分ける必要はありますが)。
ただし、会社負担分も合わせても、40歳以上の方で、月額約23,000円の負担で済んでしまいます。
社会保険料を最大に下げるポイントは、報酬月額63,000円未満であるということです。役員給与(報酬)額が高くなれば、当然、健康保険料・厚生年金保険料も高くなってしまうということです。
このように、マイクロ法人を活用すれば、簡単に社会保険料を削減できるため、この意味で、会社を設立する方が増えてきている状態です。
ただし、あまりにも簡単に社会保険料を削減できてしまうことと、これに対し問題視をしている方も当然にいるわけで、突然、法改正等によりこのスキームを利用できなくなる可能性はあるということを理解しておく必要があります。
なお、下記で解説する「社会保険料を抑えるために他人の一般社団法人の役員枠を買う」ような手法は、現在完全に塞がれた(否認リスクが極めて高い)スキームとなっています。
一方で、ご自身で設立したマイクロ法人の場合であっても、「法人名義の売上や契約が一切ない」「法人としての業務実態が完全なゼロである」といった場合は、年金事務所の事業所調査等で「被保険者資格の実態なし」と突かれるリスクがゼロではありません。
法人として独立した事業実態(契約書、請求書、売上)をしっかりと残して運用することが、最も安全で健全な方法と言えます。
一般社団法人スキーム
概要
近年非常に大きな社会問題となり、行政・税務当局が本格的な取り締まりに乗り出した「一般社団法人等を利用した国保逃れスキーム」が存在します。
厚生労働省は2026年3月に全国の年金事務所等へ「被保険者資格の取扱いについての厳格化通達」を発出し、こうした「名ばかり役員」による社会保険加入の排除に乗り出しました。
一部の業者やコンサルタントが提供していた代表的なスキームは以下の通りです。
| 1.個人事業主(高所得者)が、外部の一般社団法人の「非常勤理事」などに形式的に就任。 2.その法人に月額3〜5万円程度の「会費」や「協力金」を支払う。 3.法人から月額1万〜2万円程度の「極少額の役員報酬」を受け取り、社会保険(健保・厚生年金)に加入する。 4.理事としての業務は「アンケート回答」や「勉強会への参加」など名ばかり。 |
猛批判・取り締まりの対象になった理由
(1)実質的な負担逃れ(脱法行為)
国民健康保険料の上限(年間100万円超)を支払うべき個人事業主が、月数千円〜1万円程度の社会保険料(と業者への手数料)に化けさせていたためです。
(2)対価性の不整合
「役員報酬(1万円)」よりも「払っている会費(3万〜5万円)」の方が高いという、経済合理性を欠いた不自然な取引構造になっていました。
厚生労働省が示した「実態なし(NG)」の判断基準
厚労省の厳格化通達(2026年3月)により、以下に該当する場合は「社会保険の被保険者資格なし」と判断され、資格が遡及して取り消されることになりました。資格が取り消されると、過去に遡って社会保険から脱退させられ、本来支払うべきだった高額な国民健康保険料を一括で追徴請求されることになります。
(1)会費負担 > 役員報酬 となっている場合
法人に支払う会費等が受け取る報酬を上回っている場合、業務の対価としての報酬とは認められない。
(2)労務の実態がない・自己研鑽の範囲を出ない場合
業務内容が「アンケート回答」「セミナー参加」程度にとどまり、法人の経営に対する具体的な権限や実務(意思決定や業務執行)を伴わない場合。
「マイクロ法人スキーム」と「一般社団法人スキーム」の違い
「自分で会社(合同会社・株式会社等)を作るマイクロ法人」と「他人の一般社団法人の理事になるスキーム」は、社会保険の扱いにおいて以下のような決定的な違いがあります。
| 項目 | 一般的なマイクロ法人 | 一般社団法人の「国保逃れ」 |
|---|---|---|
| 事業の実態 | 自社で事業の売上・取引が存在する | 事業実態は外部組織のもので、個人は実務を行わない |
| 資金の流れ | 法人の事業利益から役員報酬を支給する | 自身が法人へ「会費」を支払い、そこから報酬を得る |
| 経営権 | 自身が代表取締役であり、法人の経営・業務執行を行う | 名義貸しに近く、経営の指揮権限はない |
| 行政の評価 | 事業実態があれば適法(合理的な選択) | 「実態なし」として否認・取消の対象 |
固定コストの発生と税務リスク
固定コストの発生
マイクロ法人を設立・維持する場合、社会保険料が削減できる一方で固定コストが発生します。
法人住民税の均等割といって、赤字であっても毎年最低約7万円(自治体による)の税金がかかります。また、法人の確定申告(法人税、地方税)は個人事業より複雑なため、自身で行う労力負担あるいは税理士への依頼費用が発生します。
税務リスク
社会保険料の削減目的のためにマイクロ法人を設立するといっても、個人事業主と会社を併用することで、結果的に、税負担も削減になるということが多いです。よって、以下の税務リスクも検討する必要があります。
1つ目は、個人事業主とマイクロ法人の事業目的は異なる必要があります。個人事業主とマイクロ法人の事業目的が同じですと、個人事業主としての売上なのか、マイクロ法人の売上なのかの客観的な線引きができません。つまり、売上の付け替えが簡単にでき、売上(利益)調整が簡単にできてしまいます。これでは、当然、税務調査が入った際にはもめることになるでしょう。
なお、個人事業主と違う事業を法人でするといっても、実際はなかなか難しい場合もあるでしょう。そのような場合には、無理にマイクロ法人を設立することはお勧めできません。
なお、マイクロ法人の設立で最近多く増えたなぁと感じるのは、株式や投資信託等の金融商品に関する取引(売買や配当等)を法人の事業目的としているケースです。ネット証券が増えてきて手数料が安くなっているのが原因の一つでしょう。もっとも、手持ち資金にある程度余裕がある方でないと難しいと思いますが。
2つ目は、個人事業主とマイクロ法人の間で、外注費を支払うことは極力避けるということです。例えば、個人事業主が、自身が代表であるマイクロ法人に外注費の支払をすれば、利益調整が簡単にできてしまいます。これでは、当然、税務調査が入った際にはもめることになるでしょう。過去の税務裁判例等でも、個人事業としての必要経費として認められなかった例があります。
個人事業主とマイクロ法人は別人格とはいえ、実質、二者間の取引はどうにでも調整できてしまうので、このような疑われやすい取引は極力避けるべきだと思います。

