概要
例えば、被相続人甲には、3人の子(A・B・C)がおり、甲は全財産をAに相続させる旨の公正証書遺言を残して死亡したとします。
BとCは、この遺言に不服であり、遺留分侵害額の請求をしたのですが、相続税の申告期限までに遺留分侵害請求額が確定してなかったとします。
では、この場合、相続税申告はどのように行えばよいのかという疑問がありますが、以下のように考えます。
相続税の計算において遺留分侵害額請求権を反映させるためには、金額として確定している必要があり、相続税の申告書を提出する時において、まだ、「遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定」(相法32①三)していない場合には、当該事由がないものとした場合における各相続人の相続分を基礎として課税価格を計算することになります(相基通11の2-4)。
したがって、相続税の申告期限までに遺留分侵害請求額が確定していない場合には、遺言に基づいて申告をする必要があります。
なお、遺言により全相続財産を確定的に取得したことになりますから、その財産の中に、例えば、小規模宅地等の特例の適用要件を満たすこととなる財産がある場合には、特例の適用を受けることができます。
その後、請求権の金額が確定した場合には、その事由が生じたことを知った日の翌日から4ケ月以内に限り、更正の請求をすることができることとされています(相続税法32①三)。
一方、更正の請求により、新たに申告書を提出すべき要件に該当することとなった者は期限後申告(相続税法30①)をすることができ、既に確定した相続税額に不足が生じた場合には、修正申告をすることができます(相続税法31①)。
上記の事例に当てはめますと、 Aは、遺言を放棄しない限り相続開始とともに全財産を相続により取得したことになります。そのため、相続税の課税上も、全財産をAが相続により取得したものとして申告することになります。
その後、遺留分侵害額請求の額が確定したときに、Aは遺留分侵害額請求の額が確定したことを理由として更正の請求をすることができ、BとCは期限後申告を提出することになります。
なお、遺留分侵害額請求の算定の基礎となった財産の価額(算定時の時価)と相続税の課税価格の計算の基礎とされた価額(相続税評価額)とに乖離があるような場合には、相続税法基本通達11の2-10の定め代償財産の価額)に準じて調整して計算するのが相当と考えられます。
遺贈に対して遺留分による減殺請求がなされている場合であっても、各共同相続人の取得財産の範囲が具体的に確定するまでは、受遺者の課税価格はそれがないものとして計算した金額によるとされた事例-平成12年6月23日裁決(裁事59集262頁)(棄却)
(1)事案の概要
本件は、被相続人甲の全ての財産を審査請求人Xに遺贈する旨記載された遺言書(以下「本件遺言書」といい、本件遺言書に基づく遺言を「本件遺言」という。)が存するものの、他の相続人から遺言の無効及び相続欠格の主張並びに遺留分減殺請求がされている場合において、原処分が、甲の全ての財産をXが取得したものとしてその課税価格を計算してなされたことの適否が争われた事案である。
(2)本件の主な争点
甲の全ての財産をXが取得したものとしてその課税価格を計算してなされたことの適否である。
(3)裁決要旨(棄却)
① 現時点においては本件遺言は有効でありXは相続欠格者ではないことを前提として、その課税関係を判断するのが相当であると認められる。
② 遺留分を侵害する遺贈があった場合、その侵害を受けた相続人は、民法1031条(当時)の規定により遺留分減殺請求をすることができるが、この遺留分減殺請求権は形成権であって、その行使は受遺者に対する意思表示によってなせば足り、必ずしも裁判上の請求による必要はなく、いったんその意思表示がなされた以上、法律上当然に減殺の効力が生じ、その遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、遺留分権利者に帰属すると解されている。
③ 相続税の申告書を提出する時又は相続税について更正若しくは決定をする時までに遺産が分割されていない場合においては、仮に遺産が分割されない限り相続税の課税ができないとすると、遺産の分割をし意的に遅延して相続税の課税を遅らせることができることになり、早期に分割した者とそうでない者との間で相続税の負担について不公平が生ずることから、相続税法55条《未分割遺産に対する課税》は、相続税の課税価格を計算をする場合、遺産の全部又は一部が未分割であるときには、その未分割財産については、共同相続人又は包括受遺者が民法(904条の2を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って取得したものとみなして課税価格を計算する旨規定している。
④ 遺留分減殺請求の私法上の効果は上記②のとおりであるとしても、遺留分減殺請求を受けた受遺者がその請求のとおり履行した場合はともかく、これに応じない場合においては、その財産を確定し、各共同相続人の課税価格を具体的に計算するためには、遺留分減殺請求の意思表示だけでは足りず、通常、訴えの提起、遺産分割の申立てを要するのであって、その判決あるいは調停等によって、財産権の具体的な移転を確認した上でなければ、相続税の課税ができないとすることは、上記③の場合と同様妥当でない。
そこで、このような場合には、各共同相続人の取得財産の範囲が確定するまでは、その遺留分減殺請求がなかったものとして課税価格を計算することが相当であると解される。
このように解しても、その後、その判決あるいは調停等で共同相続人の取得財産の範囲が確定した場合には、相続税法32条の規定による更正の請求、同法30条又は第31条の規定による期限後申告又は修正申告、同法35条《更正及び決定の特則》の規定による更正等により、課税関係を是正することができる以上、不都合はない。
⑤ 上記のことを総合して判断すると、本件の場合、遺産分割審判が係属中であり、遺留分減殺請求に基づく具体的な権利関係は未だ確定していないことから、Xは本件遺言に係る包括遺贈の割合に従って甲の全ての財産を取得したものとし、かつ、遺留分減殺請求がなかったものとしてその課税価格を計算することが相当である。
⑥ 他方、Xは、相続税法32条に規定する更正の請求によっても、納税資金に係る借入金利等の経済的不利益は救済されない旨主張するが、仮に、Xの主張するような事情があるとしても、そのことにより、上記の判断は左右されるものではない。
⑦ 以上の結果、Xは甲の全ての財産を遺贈により取得したものとしてその課税価格及び納付すべき税額を計算すると、いずれも本件更正処分と同額となるから、本件更正処分は適法である。


