
概要
最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)366号)によって、外国通貨によって他の種類の外国通貨又は有価証券を取得する取引で生じる為替差益は、新たに得た経済的利益として所得税が課されることが示されました。
所得税が課されることは、質疑応答事例(保有する外国通貨を他の外国通貨に交換した場合の為替差損益の取扱い)等で既に明らかにされていたことであり、実務上の混乱が生じることはないと思われます。
なお、上記の最高裁判決において下記のような林道晴裁判官の補足意見があり、今後は、質疑応答事例ではなく法令によって取り扱いが明確化されることになると思われます。
林道晴裁判官の補足意見
「仮に、所得の把握を常に本邦通貨の額面価格の単位を基準に行う方針を維持するとしても、為替差益に係る所得の実現時期や、外貨建取引に係る『収入すべき金額』、必要経費等について定める規定を設けることなく、これを所得税法36条1項等の一般的な解釈適用に委ね、外貨建取引が行われた場合の円換算額の計算規定にとどまる同法57条の3を設けるにとどめていることは、租税法律主義の観点から望ましい状況とは考えられないし、日本の租税政策に対する国際社会からの信頼を損なう現象が出てくる可能性も否定できない。」
「所得税法独自の観点から、為替差損益に係る課税の在り方について、『収入すべき金額』、収入すべき権利、具体的な所得の計算方法等の在り方、例外的取扱いを認めるのであればその要件や内容について抜本的に検討し、必要な法的な手当てを講じていくことが強く望まれているというべきである。」
法令等
所得税法36条(収入金額)1項
その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。
所得税法57条の3(外貨建取引の換算)
居住者が、外貨建取引(外国通貨で支払が行われる資産の販売及び購入、役務の提供、金銭の貸付け及び借入れその他の取引をいう。以下この条において同じ。)を行つた場合には、当該外貨建取引の金額の円換算額(外国通貨で表示された金額を本邦通貨表示の金額に換算した金額をいう。次項において同じ。)は当該外貨建取引を行つた時における外国為替の売買相場により換算した金額として、その者の各年分の各種所得の金額を計算するものとする。
2 不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行う居住者が、先物外国為替契約等(外貨建取引によつて取得し、又は発生する資産若しくは負債の金額の円換算額を確定させる契約として財務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)により外貨建取引によつて取得し、又は発生する資産若しくは負債の金額の円換算額を確定させた場合において、当該先物外国為替契約等の締結の日においてその旨を財務省令で定めるところによりその者の当該業務に係る帳簿書類その他の財務省令で定める書類に記載したときは、当該資産又は負債については、当該円換算額をもつて、前項の規定により換算した金額として、その者の各年分の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額を計算するものとする。
3 前項に定めるもののほか、外貨建取引の換算の特例その他前2項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める。
質疑応答事例(保有する外国通貨を他の外国通貨に交換した場合の為替差損益の取扱い)
【照会要旨】
100万円の現金を米ドル(1万ドル)に交換し、その後、この米ドル(1万ドル)を他の外国通貨(8,000ユーロ)に交換した場合、ユーロへの交換時に為替差損益を所得として認識する必要はありますか。
米ドルへの交換時のレート・・・1ドル=100円
ユーロへの交換時のレート・・・1ユーロ=150円
【回答要旨】
為替差益を所得として認識する必要があります。
為替差損益は、一般的には異なる通貨の交換(往復)により発生するものですが、照会のように、円から米ドルに交換し、これをユーロ等他の外国通貨に交換した場合であっても、その外国通貨への交換時に、当該外国通貨(ユーロ)の額をその交換時の為替レートにより円換算した金額と当初の円から米ドルへの交換時の為替レートにより円換算した金額との差額(為替差損益)が所得税法第36条《収入金額》の収入すべき金額として実現したと考えられますので、これを所得として認識する必要があります。
・ 為替差益・・・(150円×8,000ユーロ)-(100円×1万ドル)=20万円
(注) 外貨建預貯金の元本及び利子をあらかじめ約定した率により他の外国通貨で支払われる場合の元本部分に係る差益については、外国通貨を円に交換(往復)する取引ではないものの、その支払時において課税(収入すべき金額として認識)することとされており(所得税法第174条第7号、第209条の2、所得税法施行令第298条第4項第2号)、為替差損益を所得として認識するかどうかは、異なる通貨の交換(往復)に限られるものではありません。
外国通貨によって他の種類の外国通貨又は有価証券を取得する取引で生じる為替差益は、新たに得た経済的利益として所得に該当するとされた事例-東京地裁令和4年8月31日判決(税資272号(順号13749))、東京高裁令和5年5月24日判決(税資273号(順号13852))、最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)366号)(棄却)(確定)
(1)事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 居住者であるX(原告、控訴人、上告人)は、平成26年5月27日、スイス連邦に本店を置く金融機関(以下「本件外国金融機関」という。)のX名義の預金口座に合計105億円を送金した。
② 平成26年7月18日、本件外国金融機関との間で締結した投資一任契約(以下「本件投資一任契約」という。)に基づき、本件外国金融機関に対して自己の資産の運用を一任した。
③ 本件外国金融機関は、平成26年7月から平成27年12月までの間、上記運用の一環として、運用対象資産に属する外国通貨(A)によって他の種類の外国通貨(B)や外国通貨建ての有価証券を取得する取引(以下「本件各取引」という。)を行った。
④ Xは、本件各取引の大部分は、外国通貨の邦貨換金(円転)を含まない取引であるから所得が生じないことを前提に、平成26年分及び平成27年分の所得税等の各確定申告をした。
⑤ 所轄税務署長Yは、本件各取引により為替差損益に係る雑所得が生じているなどとして、平成30年9月26日付けで、上記各年分の所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をした。
⑥ これに対し、Xは、本件各処分のうち、円転を含む取引から生じた為替差損益の額を超える部分の取消しを求めて、本訴を提起した。
(2)本件の主な争点
(争点1) 本件各為替差損益は「収入すべき金額」(所得税法36条1項)として認識されるか否かである。
(争点2、一審のみ) 本件各為替差損益から生じた所得の所得区分は何かである。
(3)一審判決要旨(棄却)(控訴)
(争点1)
① 所得税法36条1項は、各人が収入等の形で新たに経済的利益を得た場合に、その経済的利益を所得税の課税対象とする旨定めたものであり、およそ人の担税力を増加させるような経済的利益が新たに得られるのであれば、所得が生ずるものといえる。そして、本件各取引前後の状況を円換算額に引き直してみると、他の種類の外国通貨(B)及び有価証券の取得価額と外国通貨(A)の取得価額の各円換算額の差額が正の値であるときは、その取引によって、新たな経済的利益が得られたことになり、所得が生ずることになる。
なお、本件各取引は、円転を含まない取引であるが、そのことは、本件各為替差損益から所得が生ずると解することの妨げとはならない。
② 所得税法36条1項が、「収入すべき金額」とすると定め、「収入した金額」とすると規定していないことからすれば、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして課税所得を計算するという建前(権利確定主義)を採用しているものと解されるから、本件各為替差損益について、その収入の原因となる権利が確定するのは、本件各取引の時点であるということができ、本件各取引がされた年において本件各為替差損益を「収入すべき金額」として認識することができる。
(争点2)
③ 本件各為替差損益から生ずる所得は、その性質上、事業所得、一時所得及び雑所得以外に該当することはない。そして、当該所得は、本件投資一任契約に基づく資産の運用であるから、一時所得に該当することはなく、本件各取引はXによって自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務であるということはできないため、事業所得に該当することもないから、雑所得に該当する。
(4)控訴審判決要旨(棄却)(上告・上告受理申立て)
① 一審判決を引用し、外貨建ての取引において外国為替相場の変動により発生する為替差益は所得税法36条1項等の規定により課税の対象となると判断した。
その上で、(イ)為替差損益が確定していない状況で課税するのは権利確定主義に違反する、(ロ)Xは本件外国金融機関に対して為替差益の支払を求める権利を有しない旨のXの各主張に対しては、要旨以下のとおり判示した。
② 所得税法36条1項は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして課税所得を計算するという建前(権利確定主義)を採用していると考えられるところ、本件各取引に関しては、同取引によって、取引前まで保有していた外国通貨(A)の為替変動リスクに影響されることのない外国通貨(B)等を取得することができる権利が確定し、同権利の確定によって、同取引時点における為替レートによる外国通貨(B)等の取得価額の円換算額から、その取得のために要した外国通貨(A)の取得価額の円換算額を控除した差額に相当する経済的価値の流入又は流出(収入又は損失)が生ずることになるから、本件各為替差益の収入の原因となる権利が確定するのは、本件各取引の時点であるということができる。
③ 本件投資一任契約の内容に照らせば、本件外国金融機関によって行われた本件各取引の成果はXに帰属するのであって、そうである以上、本件各取引によって生じた為替差損益についても、本件各取引の都度、Xの所得として認識することができるから、Xが本件外国金融機関に対して本件各取引の都度為替差益の支払を求めることができなかったとしても、課税要件上その都度権利が確定したとみることを妨げない。
(5)上告審判決要旨(棄却)(確定)
① 所得税法は、所得を外部からの経済的価値の流入という収入の形態で捉え、原則として、収入の形態で実現した利得のみを課税の対象とするとともに(所法36条1項参照)、収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、同権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前を採用しているものと解される〔最高裁昭和50年(行ツ)123号同53年2月24日第二小法廷判決・民集32巻1号43頁等参照〕。
そして、所得税法は、各種所得の計算に当たって控除される各種控除額を全て本邦通貨の額面価格の単位である円で表示し(所法21条1項、28条3項、32条4項、33条4項、34条3項等)、外貨建取引を行った場合には、当該外貨建取引の金額の円換算額は当該外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額として、各種所得の金額を計算すべき旨を定める(所法57条の3第1項)など、所得金額及び所得税額の計算について本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを当然の前提としている。そうすると、所得税法は、所得の把握についても本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを予定しているものというべきである。このことは、所得税を含む国税に関し、その課税標準や確定金額の端数計算について端数が円で表示されていること(国税通則法118条、119条)や、原則として金銭により納付しなければならないものとされており(同法34条1項本文)、我が国において強制通用力を有する本邦通貨による納付が求められていると解されることとも整合的である。
② 以上を踏まえると、ある外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた場合、変動する外国為替の売買相場の下で本邦通貨との関係において変動していたある外国通貨の経済的価値が、上記取引により他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値をもって固定化され、他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値が流入することによって、ある外国通貨の取得時の経済的価値を上回る部分が実現した利得となるとともに、上記取引時に他の種類の外国通貨又は上記有価証券に係る権利が収入の原因となる権利として確定することから、その時点における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額(所得税法57条の3第1項参照)を同法36条1項にいう「収入すべき金額」とすべきこととなる。
③ そうすると、居住者が、外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行った場合、上記取引を行った日の属する年分の所得の金額の計算上、上記取引時における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額が「収入すべき金額」となると解するのが相当である。そして、上記円換算額から支払に用いた外国通貨を得るのに要した金額等を控除した金額が、上記取引に係る所得の金額となるというべきである。
④ 以上によれば、Xには平成26年及び平成27年において本件各取引により為替差益に係る所得が生じているとした原審の判断は、結論において是認することができる。




