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基礎控除は「最低生活費非課税」を憲法上具体化した制度なのか―東京地裁令和7年12月4日判決・東京高裁令和8年6月17日判決

概要

 「基礎控除」という名称からすると、所得の多い人にも少ない人にも当然に認められる最低限の控除のように思えます。

 実際、財務省も、基礎控除について「生活保障的意味合いから設けられている」と説明しています。

 ところが、現在の所得税法では、合計所得金額が一定額を超えると基礎控除が減額され、合計所得金額が2,500万円を超えると基礎控除は0円になります。

 そこで、合計所得金額が2,500万円を超える納税者が、「基礎控除は最低生活費に課税しないための制度である以上、高所得者に基礎控除を認めないのは憲法に反する」と主張して争った裁判があります。

 それが、東京地裁令和7年12月4日判決(令和6年(行ウ)304号)と、その控訴審である東京高裁令和8年6月17日判決(令和8年(行コ)29号)です。

 その前段階では、令和6年2月8日裁決(関裁(所)令5第23号)において、国税不服審判所でも同じ問題が争われました。

 本件の核心は、「基礎控除には生活保障的意味合いがある」という税制上の説明と、「憲法上、所得の多寡にかかわらずすべての納税者に一定額の基礎控除を認めなければならない」ということが同じなのか、という点にあります。

 東京地裁と東京高裁は、両者は同じではないとして、高所得者について基礎控除を逓減・消失させる所得税法の規定は憲法25条1項及び14条1項に違反しないと判断しました。

平成30年度税制改正前は高所得者にも基礎控除があった

 平成30年度税制改正前の基礎控除は、原則として所得金額にかかわらず一律38万円でした。

 つまり、所得が300万円の人も、3,000万円の人も、1億円の人も、基礎控除そのものは38万円でした。

 ところが平成30年度税制改正により、令和2年分以後は、基礎控除額が原則48万円に引き上げられる一方、合計所得金額が2,400万円を超える高所得者については控除額が段階的に減額され、2,500万円を超えると基礎控除がなくなる仕組みが導入されました。

当時の基礎控除額

合計所得金額基礎控除額
2,400万円以下48万円
2,400万円超2,450万円以下32万円
2,450万円超2,500万円以下16万円
2,500万円超0円

 この改正が、今回の裁判の出発点です。

なぜ高所得者について基礎控除を減らしたのか

 財務省「平成30年度 税制改正の解説」88頁以下では、基礎控除の見直しについて、従来は所得の多寡にかかわらず一定額を所得から差し引く所得控除方式が採られていたものの、「高所得者にまで税負担の軽減効果を及ぼす必要性は乏しいのではないか等の指摘」があったと説明されています。

 この問題意識は、政府税制調査会の議論に遡ることができます。

 平成29年11月20日の税制調査会「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告②」では、人的控除について、高所得者にまで税負担の軽減効果を及ぼす必要性は乏しいのではないか、高所得者ほど税負担の軽減額が大きいことは望ましくないのではないか、との指摘があると整理されています。

 したがって、「誰か一人の委員が指摘した」というより、政府税制調査会において検討されてきた所得控除方式の問題点を取りまとめたものと理解するのが適切です。

なぜ所得控除だと高所得者ほど軽減効果が大きくなるのか

 所得控除では、所得から一定額を差し引いた後の金額に所得税率を適用します。

 そのため、例えば48万円の所得控除があった場合、単純化すれば、所得税率5%の人であれば税負担の軽減額は約2万4,000円ですが、所得税率45%の人であれば約21万6,000円になります。

 同じ48万円の基礎控除でも、限界税率が高い人ほど税額ベースでの軽減効果が大きくなるということです。

 政府税制調査会は、こうした所得控除方式と比較して、ゼロ税率方式、税額控除方式、逓減・消失型の所得控除方式などを検討していました。

ゼロ税率方式とは

 ゼロ税率方式とは、所得から一定額を控除するのではなく、課税所得のうち一定額までについて税率を0%とする方式です。

 例えば、最初の100万円まで税率0%、それを超える部分について10%とすれば、所得150万円の場合、最初の100万円には所得税がかからず、残り50万円について税率10%が適用されることになります。

 政府税制調査会の平成29年中間報告では、ドイツやフランスなどについて、所得控除方式の基礎控除が存在しない一方、課税所得の一部にゼロ税率を適用する制度があることが紹介されています。

 また、カナダでは、一定の所得金額に最低税率を乗じた金額を所得税額から差し引く税額控除方式が採られており、その一定所得金額が最低税率の適用範囲内であれば、実質的にはゼロ税率方式と同様の効果になると説明されています。

なぜゼロ税率方式や税額控除方式に変更しなかったのか

 財務省「平成30年度 税制改正の解説」では、ゼロ税率方式や税額控除方式は、従来の所得控除方式より所得再分配機能を高める仕組みであると説明されています。

 しかし、従来の所得控除方式から一気にゼロ税率方式や税額控除方式へ変更すると、納税者ごとの税負担の変動が急激になるおそれがあります。

 そこで平成30年度改正では、所得控除方式自体は維持しながら、高所得者について控除額を徐々に減らし、最終的に消失させる「逓減・消失型の所得控除方式」が採用されました。

 政府税制調査会の平成29年中間報告でも、収入にかかわらず税負担の軽減額を一定にしやすい税額控除方式を支持する意見がある一方、所得控除方式が既に広く定着していることから、所得控除方式を維持しながら高所得者について逓減・消失させるべきだという意見もあったことが記載されています。

 したがって、現在の逓減・消失方式は、「理論的に所得控除方式しかあり得ない」として選ばれたものではなく、所得再分配機能を高めながら既存制度からの急激な変化を避けるために選択された制度と見ることができます。

なぜ2,400万円超から減り、2,500万円超で0円なのか

 ここは特に興味深いところです。

 財務省「平成30年度 税制改正の解説」には、わざわざ「基礎控除の逓減、消失となる合計所得金額の水準の『2,400万円』、『2,500万円』について」という項目があります。

 しかし、そこで「2,400万円は○○統計から算出した」「最低生活費の○倍を基準にした」といった数理的な説明はされていません。

 財務省は、所得再分配機能の回復という観点と、基礎控除は人的控除の中で最も基本的な控除であり、より広い所得階層に適用されるべきだという点を総合的に勘案し、2,400万円超から逓減し、2,500万円超で消失する仕組みにしたと説明しています。

 また、財務省「基礎控除の適正化(令和2年1月施行)」では、2,500万円超の所得者について「0.3%」(注)との表示があります。

 したがって、ごく一部の高所得層を対象として制度設計されたことはうかがえます。

 ただし、公表資料からは、「上位0.3%を対象にすると先に決め、その所得水準を逆算した結果2,500万円になった」とまでは確認できません。

 2,400万円・2,500万円という金額は、少なくとも公表された財務省資料上は、一定の計算式から必然的に導かれた数字ではなく、所得再分配と基礎控除の基本的性格を総合的に考慮して設定された政策的な基準額と理解するのが適切でしょう。

(注)財務省「基礎控除の適正化(令和2年1月施行)」では、所得2,500万円超について「0.3%」との表示があります。ただし、この資料自体には、この0.3%の具体的な分母や算定資料は明記されていません。

 国税庁の民間給与実態統計調査では、年間給与2,500万円超の給与所得者が給与所得者全体の約0.3%となる年もありますが、基礎控除の所得制限は「給与収入」ではなく「合計所得金額」を基準とするため、両者を同一の統計と断定することはできません。

財務省は基礎控除を「生活保障的意味合い」のある制度と説明している

 今回の裁判を考える上で重要なのが、財務省「基礎控除の適正化(令和2年1月施行)」です。

 この資料では、財務省自身が、基礎控除について「生活保障的意味合いから設けられている」と説明しています。

 その一方で、所得控除方式では所得が高いほど税負担の軽減額が大きくなることから、「生活に十分余裕のある者には措置する必要はない」という考えに基づき、2,400万円超から逓減し、2,500万円超で消失させると説明しています。

 つまり平成30年度改正は、基礎控除の生活保障的な性格そのものを否定したわけではありません。

 生活保障的意味合いを認めながらも、生活に十分余裕のある高所得者に対してまで、その税負担軽減措置を及ぼす必要はないという政策判断をしたことになります。

 この点が、今回の裁判で問われた問題と直結しています。

今回の納税者はどのような人だったのか

 本件納税者の令和3年分の合計所得金額は6,537万3,576円でした。

 その大部分は長期譲渡所得であり、納税者は確定申告において基礎控除を適用せずに申告した後、本来は48万円の基礎控除を受けられるとして更正の請求をしました。

 しかし、税務署長は更正をすべき理由がない旨の通知をしました。

 納税者はこれを不服として国税不服審判所に審査請求を行い、その後、東京地方裁判所に訴えを提起しました。

国税不服審判所は憲法判断をしなかった

 令和6年2月8日裁決(関裁(所)令5第23号)では、納税者は、基礎控除を認めない所得税法86条が憲法14条、25条、29条等に違反すると主張しました。

 しかし国税不服審判所は、法令自体の憲法適合性を判断する権限はないとして、所得税法86条を適用し、基礎控除を認めない処分を維持しました。

 したがって、審判所が「合憲」と判断したわけではありません。

 憲法適合性そのものについては、その後の裁判で審理されることになりました。

東京地裁で争われた憲法25条の問題

 憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めています。

 納税者側は、最低生活費には担税力がなく、その部分に所得税を課税してはならないという「最低生活費非課税の原則」が憲法25条1項から導かれると主張しました。

 そして、平成30年度改正前の基礎控除は、この最低生活費非課税の原則を租税法上具体化した制度であるから、高所得者についてこれを縮小・消失させることは憲法25条1項に違反すると主張しました。

憲法25条について引用された堀木訴訟

 東京地裁が憲法25条の判断に用いた重要な最高裁判例が、最高裁昭和57年7月7日大法廷判決(昭和51年(行ツ)30号・民集36巻7号1235頁)、いわゆる堀木訴訟です。

 堀木訴訟は、障害福祉年金を受給している者について児童扶養手当との併給を制限していた制度が、憲法25条等に違反するかが争われた社会保障事件です。

 最高裁は、「健康で文化的な最低限度の生活」は極めて抽象的・相対的な概念であり、その具体的内容を制度化するには、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況、国の財政事情、高度に専門技術的な考察と政策的判断が必要であるとしました。

 そして、憲法25条の趣旨を実現するために具体的にどのような立法措置を採るかは立法府の広い裁量に委ねられ、それが著しく合理性を欠き、明らかに裁量の逸脱・濫用といえるような場合を除き、裁判所が審査判断するのには適しないとしています。

東京地裁は堀木訴訟の判断枠組みを基礎控除にも適用した

 東京地裁は、堀木訴訟の判断枠組みを引用し、憲法25条から最低生活費非課税の原則が導かれるとしても、それを租税制度の中でどのように具体化するか、人的控除の内容をどのように定めるかについては立法府に広い裁量があるとしました。

 そして、憲法25条1項が、すべての納税者に一定額の基礎控除を具体的に保障しているとはいえず、平成30年度改正前の基礎控除が、立法府の裁量を制限してでも維持しなければならない憲法上の制度になっていたともいえないと判断しました。

 さらに、人的控除が生存権保障の租税法上の現れであるとしても、基礎控除だけではなく、配偶者控除や扶養控除等を含めた人的控除の総体として考えるべきだとしています。

 最低生活水準を維持できるかについても、基礎控除の有無だけを見るのではなく、人的控除・所得控除を経て算定された課税所得に税率を適用した具体的な所得税額や、他の社会給付を行った後の所得水準などを踏まえて検討すべきだとしました。

 その上で、合計所得金額が2,400万円を超える高所得者について基礎控除を逓減・消失させたからといって、直ちに「健康で文化的な最低限度の生活」を下回る状態に陥るとは認められないとして、憲法25条1項違反を否定しました(東京地裁令和7年12月4日判決・令和6年(行ウ)304号)。

憲法14条について引用された大島訴訟

 もう一つの重要な最高裁判例が、最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(昭和55年(行ツ)15号・民集39巻2号247頁)、いわゆる大島訴訟です。

 大島訴訟では、事業所得者等には必要経費の実額控除が認められるのに、給与所得者には必要経費の実額控除ではなく給与所得控除という概算控除しか認められないことなどが、憲法14条1項の法の下の平等に違反するかが争われました。

 最高裁は、租税制度には財政需要を満たすだけでなく、所得再分配、資源の適正配分、景気調整など様々な機能があり、その制度設計には政策的・技術的判断が必要であるため、裁判所は立法府の裁量判断を基本的に尊重しなければならないとしました。

 その上で、租税法上の取扱いの区別については、その立法目的が正当であり、その目的との関係で具体的な区別の方法が著しく不合理であることが明らかでない限り、憲法14条1項には違反しないとの判断基準を示しました。

東京地裁は大島訴訟の基準も基礎控除に適用した

 東京地裁は、大島訴訟を引用した上で、基礎控除についても別の判断基準を採るべき特段の事情はないとしました。

 そして平成30年度改正について、所得格差が拡大する中で所得再分配機能を高める必要があったことや、高所得者にまで所得控除による税負担軽減効果を及ぼす必要性が乏しいとの指摘があったことなどを踏まえ、基礎控除を逓減・消失させる制度の立法目的は正当であるとしました。

 また、2,400万円超から逓減し、2,500万円超で消失させる仕組みについても、所得再分配という目的との関係で著しく不合理であることが明らかとはいえないとして、憲法14条1項違反を否定しました(東京地裁令和7年12月4日判決・令和6年(行ウ)304号)。

東京高裁も地裁の判断を維持

 納税者は東京地裁判決を不服として控訴しました。

 しかし、東京高裁令和8年6月17日判決(令和8年(行コ)29号)は、地裁の判断を基本的に維持し、控訴を棄却しました。

 高裁判決で特に重要なのが、堀木訴訟との関係です。

 納税者側は、堀木訴訟は国に社会保障給付を求める「社会権的側面」の事件であるのに対し、最低生活費非課税の原則は、最低生活に必要な財産を国家から課税によって奪われないという生存権の「自由権的側面」から導かれるため、堀木訴訟の広い立法裁量論は妥当しないと主張しました。

 しかし東京高裁は、仮に生存権の自由権的側面から考えるとしても、高所得者について基礎控除を逓減・消失させたことにより、その者が「健康で文化的な最低限度」の生活水準を維持できなくなるような場合でなければ、生存権の自由権的側面を侵害したとはいえないとしました。

 そして、合計所得金額が2,400万円を超える高所得者について基礎控除を逓減・消失させることで、最低限度の生活水準を下回るような事態は「およそ考え難い」として、この主張を退けました。

両判決は「最低生活費非課税の原則」を否定したわけではない

 この点は誤解しやすいところです。

 東京地裁も東京高裁も、「最低生活費非課税の原則は憲法25条から絶対に導かれない」と積極的に否定したわけではありません。

 両判決は、「仮にその原則が憲法25条1項から導かれるとしても」という形で議論を進めています。

 その上で、その原則をどのような金額・制度によって具体化するかは、経済的・社会的条件等を踏まえた立法府の広い裁量に委ねられており、憲法がすべての納税者に一律の基礎控除を保障しているわけではないと判断したものです。

この判決をどう考えるか

 現行の最高裁判例を前提とすれば、東京地裁・東京高裁の結論は、堀木訴訟及び大島訴訟の判断枠組みに沿ったものといえます。

 憲法25条については社会保障等の具体的制度設計に広い立法裁量が認められ、憲法14条についても租税立法には政策的・技術的な広い裁量が認められてきました。

 今回の事件は、この二つの立法裁量論が重なる事件であったため、所得税法86条を違憲とするハードルは非常に高かったと考えられます。

 一方、租税理論上の問題が完全に解決したわけではありません。

 例えば、本人が高所得者になったからといって、食費や住居費など本人自身が生存するための最低限の費用が0円になるわけではありません。

 最低生活費非課税の原則を、「税引後に生活できるか」という問題ではなく、「そもそも最低生活に必要な所得部分に担税力があるのか」という課税ベースの問題として考えるのであれば、高所得者について本人自身に対応する基礎控除を完全に0円としてよいのかという理論的な疑問は残ります。

 また、財務省自身が基礎控除を「生活保障的意味合いから設けられている」と説明している一方で、「生活に十分余裕のある者には措置する必要はない」として高所得者の基礎控除を消失させている点も、この制度の二つの性格をよく示しています。

 つまり現在の基礎控除は、純粋に「すべての人の最低生活費を一律に課税対象から除外する制度」だけではなく、所得再分配や担税力も考慮して金額を調整する政策的な人的控除として位置付けられていると考えられます。

令和7年度・令和8年度税制改正で基礎控除はさらに変わった

 基礎控除は、その後の税制改正でも大きく変化しています。

 令和7年度税制改正では、合計所得金額2,350万円以下の者について基礎控除の本則部分が48万円から58万円に引き上げられ、さらに一定の所得層について特例的な加算措置が設けられました。

 令和8年度税制改正では、物価上昇によって基礎控除の実質的価値が低下することへの対応として、基礎控除の本則部分を消費者物価指数の上昇率等を踏まえて見直す仕組みが導入され、本則部分は58万円から62万円に引き上げられました。

令和8年分・令和9年分の基礎控除額

合計所得金額基礎控除額
489万円以下104万円
489万円超655万円以下67万円
655万円超2,350万円以下62万円
2,350万円超2,400万円以下48万円
2,400万円超2,450万円以下32万円
2,450万円超2,500万円以下16万円
2,500万円超0円

 令和8年度改正による基礎控除の引上げ等は、原則として令和8年12月1日に施行され、令和8年分以後の所得税に適用されます。

 そのため、令和8年分の年税額には改正後の制度が反映されますが、令和8年11月までの給与等の月次の源泉徴収事務には変更がありません。令和8年12月に行う年末調整では改正後の制度により年税額を計算し、新しい源泉徴収税額表による月次の源泉徴収は令和9年1月1日以後に支払う給与等から適用されます。

将来、基礎控除が税額控除やゼロ税率方式になる可能性はあるか

 平成30年度改正の立案過程では、所得控除方式だけでなく、税額控除方式やゼロ税率方式も実際に比較検討されていました。

 したがって、制度論としては、将来の個人所得課税改革において、所得控除方式そのものを見直す可能性はあります。

 ただし、令和8年度税制改正では所得控除方式そのものを廃止するのではなく、基礎控除の本則部分を物価上昇に応じて見直す仕組みが新たに設けられました。

 したがって、少なくとも現時点では、近い将来に基礎控除を税額控除方式やゼロ税率方式に変更する具体的な制度改正が決まっているわけではありません。

 平成30年度改正時には所得再分配機能の回復という観点から高所得者の基礎控除を逓減・消失させ、令和8年度改正では物価上昇に対応して基礎控除の本則部分を引き上げています。

 基礎控除については、「生活保障」「担税力」「所得再分配」「働き方への中立性」「物価上昇への対応」という複数の役割をどのように調整するかが、今後も重要な論点になると考えられます。

まとめ

 基礎控除は、平成30年度税制改正前までは所得金額にかかわらず原則として一律に認められていました。

 しかし、所得控除方式では高所得者ほど税額ベースでの軽減効果が大きくなることから、所得再分配機能を回復させるという政策目的の下、平成30年度税制改正により、合計所得金額2,400万円超から逓減し、2,500万円超で消失する仕組みが導入されました。

 財務省は、基礎控除には「生活保障的意味合い」があると説明する一方、「生活に十分余裕のある者には措置する必要はない」として、高所得者の基礎控除を消失させる考え方を示しています。

 この制度について、合計所得金額2,500万円を超える納税者が憲法25条1項及び14条1項に違反すると争いましたが、東京地裁及び東京高裁はいずれも違憲性を否定しました。

 憲法25条については堀木訴訟、憲法14条については大島訴訟という最高裁大法廷判決が示した広い立法裁量の考え方が、今回の基礎控除にも適用されています。

 ただし、両判決が「最低生活費非課税の原則そのものは存在しない」と判断したわけではありません。

 基礎控除に生活保障的意味合いがあるとしても、その具体的金額や適用範囲をどのように制度化するかは立法府の裁量に委ねられており、高所得者について控除を逓減・消失させることが、その裁量の範囲を超えるほど著しく不合理とはいえないというのが、今回の裁判所の判断です。

 今後、物価連動による基礎控除の見直しが進む中で、「本人自身の最低生活費と担税力をどのように考えるのか」「基礎控除を所得控除方式のまま維持するのか」という問題は、引き続き個人所得課税の重要な論点となるでしょう。

主な根拠資料

所得税法86条

租税特別措置法41条の16の2

財務省「平成30年度 税制改正の解説」88~89頁

税制調査会「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告②」(平成29年11月20日)10頁

財務省「基礎控除の適正化(令和2年1月施行)」

財務省「令和7年度 税制改正の解説」

財務省「令和8年度 税制改正の解説」

国税庁「令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について」

国税庁「令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等について」

国税庁「令和8年度税制改正(所得税の基礎控除の引上げ等関係)Q&A」

令和6年2月8日裁決(関裁(所)令5第23号)

東京地裁令和7年12月4日判決(令和6年(行ウ)304号)

東京高裁令和8年6月17日判決(令和8年(行コ)29号)

最高裁昭和57年7月7日大法廷判決(昭和51年(行ツ)30号・民集36巻7号1235頁)

最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(昭和55年(行ツ)15号・民集39巻2号247頁)

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