概要
為替差損益は、一般的には異なる通貨の交換(往復)により発生します。例えば、円を米ドルに交換し、また、円に戻す(円転)という円を出発点として交換(往復)する取引をした場合は、円転時に為替差損益を所得として認識する必要があります。

ただし、外貨の為替差益は、外貨を円に戻したときだけに課税されるわけではありません。
例えば、100万円を米ドルに交換した後、その米ドルをユーロに交換した場合には、円に戻していなくても、原則としてユーロへの交換時に米ドルについて生じていた為替差益を所得として認識する必要があります。

また、米ドルで米ドル建ての株式などの有価証券を購入した場合にも、原則として、その購入時に米ドルについて生じていた為替差益に係る所得を認識する必要があります。

この取扱いは従来から国税庁の質疑応答事例でも示されていましたが、最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)366号)は、外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引について、その取引時に為替差益に係る所得が実現することを明確にしました。
もっとも、同じ外貨を保有し続けていると評価できる取引まで、すべて為替差益が実現するわけではありません。例えば、米ドル預金を払い出して別の銀行の米ドル預金へ預け替える場合について、国税庁は、一定の前提の下で為替差益を認識しない取扱いを示しています。
今回の最高裁判決を理解するためには、「外貨を円に戻したかどうか」だけではなく、元の外国通貨とは別の経済的価値を有する資産を取得したといえるかどうかを見ることが重要です。
円に戻していなくても為替差益が実現する
例えば、次のような取引を考えてみます。
100万円を1ドル100円のときに1万ドルへ交換し、その後、その1万ドルを8,000ユーロへ交換したとします。ユーロへの交換時における8,000ユーロの円換算額が120万円であれば、米ドルを保有していた期間に20万円の為替差益が生じています。
国税庁は従来から、質疑応答事例「保有する外国通貨を他の外国通貨に交換した場合の為替差損益の取扱い」において、このような場合には、他の外国通貨への交換時に為替差益に係る所得を認識する必要があるとの取扱いを示しています。
また、質疑応答事例「預け入れていた外貨建預貯金を払い出して外貨建MMFに投資した場合の為替差損益の取扱い」では、米ドル預金を払い出し、その米ドルで米ドル建MMFを取得した場合についても、為替差益に係る所得を認識する取扱いが示されています。
つまり、「円に戻していないから為替差益はまだ課税されない」という考え方は適切ではありません。
所得税法57条の3は「為替差益の実現時期」を直接定めた規定ではない
所得税法57条の3第1項は、居住者が外貨建取引を行った場合、その外貨建取引の金額について、原則として、その取引を行った時における外国為替の売買相場によって円換算し、その円換算額により各種所得の金額を計算することを定めています(所法57の3①)。
この規定は平成18年度税制改正によって設けられました。
財務省「平成18年度 税制改正の解説」217頁では、制度創設の趣旨について、それまで所得税に関する法令には外貨建取引の換算に関する規定が定められておらず、法人税法の規定による外貨建取引の換算方法に準じた取扱いが行われていたことから、所得税についても外貨建取引の換算方法を法令上明確化することとしたものと説明されています。
具体的な制度内容については、同解説217~219頁の「七 外貨建取引の換算」に記載されています(財務省「平成18年度 税制改正の解説」217~219頁)。
したがって、所得税法57条の3が制定される前とは異なり、現在は、外貨建取引の円換算方法そのものについては法律上の規定があります。
しかし、ここで注意しなければならないのは、所得税法57条の3第1項は、外貨建取引について「どの時点の為替相場を使って円換算するか」を定めた規定であって、外貨について生じている含み為替差益が「どのような取引によって所得として実現するのか」を直接定めた規定ではないという点です。
所得税基本通達57の3-1から57の3-3までの取扱い
「令和8年版所得税基本通達逐条解説」を見ると、所得税法57条の3と基本通達が主として外貨建取引の円換算方法を扱っていることが、より明確になります。
所得税基本通達57の3-1―「外貨建取引」の範囲
所得税基本通達57の3-1は、所得税法57条の3の対象となる「外貨建取引」の範囲を明らかにしています。
例えば、取引金額が外国通貨で表示されていても、その支払が円で行われることとされている、いわゆる「外貨建て円払いの取引」は、所得税法57条の3にいう外貨建取引には該当しないとされています(「令和8年版所得税基本通達逐条解説」717~718頁・所基通57の3-1関係)。
所得税基本通達57の3-2―円換算に使用する為替相場
所得税基本通達57の3-2は、外貨建取引を円換算する場合に使用する具体的な為替相場について定めています。
原則として、その外貨建取引を計上すべき日における主要取引金融機関の電信売買相場の仲値(TTM)によることとされていますが、不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得の金額の計算については、一定の場合に継続適用を条件として合理的な外国為替相場を使用することも認められています。
また、外国通貨を購入した直後にその外国通貨で資産を取得した場合や、外国通貨による借入れを直ちに使用して資産を取得した場合などには、その外国通貨について実際に支払った円貨額又は借入れによって受け入れた円貨額を、その外貨建取引の円換算額とすることができる取扱いも示されています(「令和8年版所得税基本通達逐条解説」718~721頁・所基通57の3-2関係)。
所得税基本通達57の3-3―多通貨会計の場合
所得税基本通達57の3-3は、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務について、いわゆる多通貨会計を継続的に採用している場合の取扱いを定めています。
多通貨会計とは、外貨建取引を取引発生時には外国通貨で記録し、各月末等の一定の時点において円に換算する会計処理です。
このような多通貨会計を継続的に採用している場合には、規則性を有する1月以内の一定期間ごとの一定の時点で円換算し、その一定の時点を各外貨建取引に係る取引発生時であるものとして所得税法57条の3第1項を適用することが認められています。
また、その一定期間を基礎として計算した為替相場の平均値を使用することも認められています(「令和8年版所得税基本通達逐条解説」721~722頁・所基通57の3-3関係)。
このように、所得税法57条の3及びこれに関する基本通達は、主として「外貨建取引を所得計算上いくらの円貨額として把握するか」という円換算の問題を扱っています。
これに対して、「外貨を保有している間に生じた含み為替差益が、他の外貨への交換や外貨建有価証券の取得によって所得として実現するのか」という問題は、所得税法57条の3だけでは解決できません。
今回の最高裁判決が判断した中心的な問題は、まさにこの点です。
最高裁令和8年6月16日判決
本件は、居住者である納税者が、スイスに本店を置く金融機関に多額の資金を送金し、その金融機関との投資一任契約に基づいて資産運用を行っていた事案です。
納税者は平成26年5月に本件外国金融機関の自己名義の口座へ合計105億円を送金し、同年7月にその運用を同金融機関へ一任しました。
金融機関は平成26年7月から平成27年12月までの間、その運用の一環として、運用対象資産に属する外国通貨によって、他の種類の外国通貨や外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行っていました。
納税者は、これらの取引から所得は生じないことを前提として所得税等の確定申告をしていました。
これに対して所轄税務署長は、これらの取引によって為替差損益に係る雑所得が生じているなどとして、平成30年9月26日付けで更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行いました。
一審は東京地裁令和4年8月31日判決(令和2年(行ウ)502号・税資272号(順号13749))、控訴審は東京高裁令和5年5月24日判決(令和4年(行コ)280号・税資273号(順号13852))で、いずれも納税者側の請求は認められませんでした。
そして、最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)366号)は上告を棄却し、確定しました。
最高裁は所得税法57条の3だけを根拠として為替差益の実現を認めたのではない
最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決は、まず所得税法について、所得を外部からの経済的価値の流入という収入の形態で捉え、原則として、収入の形態で実現した利得のみを課税対象とするとともに、収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得が実現したものとして課税所得を計算するという建前を採用しているとしました(所法36①、最高裁昭和53年2月24日第二小法廷判決・民集32巻1号43頁参照)。
その上で、所得税法57条の3第1項をはじめとする所得税法の各種規定が、所得金額や所得税額を円を基準として計算することを当然の前提としていることから、所得の把握についても円を基準として行うことを予定しているとしました。
そして、ある外国通貨Aによって、他の種類の外国通貨B又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得すると、それまで円との関係で価値が変動していた外国通貨Aの経済的価値が、その取引によって外国通貨B又は有価証券という別の経済的価値をもって固定化されるとしました。
その結果、外国通貨B又は有価証券という経済的価値が流入することによって、外国通貨Aの取得時の経済的価値を上回る部分が実現した利得となり、同時に、外国通貨B又は有価証券に係る権利が「収入の原因となる権利」として確定すると判断しました。
したがって、最高裁の法律構成は、所得税法57条の3第1項だけから「外貨を交換すれば為替差益が実現する」と導いたものではありません。
所得税法36条1項を基礎として、
- 外国通貨B又は有価証券という新たな経済的価値が流入すること
- それによって外国通貨Aの円貨ベースの値上がり部分が実現した利得となること
- その取引時に外国通貨B又は有価証券に係る権利が確定すること
を所得実現の根拠とし、所得税法57条の3第1項については、その経済的価値を円貨額として把握するための規定として位置付けていると理解するのが適切です。
実際、最高裁は、取引時における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額について、所得税法57条の3第1項を「参照」した上で、その円換算額を所得税法36条1項の「収入すべき金額」としています(最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決・令和5年(行ヒ)366号)。
この点からも、所得税法57条の3は円換算のルールであり、為替差益の実現については所得税法36条1項の解釈によって判断した、という両規定の役割を区別して理解することが重要です。
「収入すべき金額」は為替差益そのものではない
今回の最高裁判決でもう一つ重要なのが、所得税法36条1項の「収入すべき金額」をどのように捉えたかという点です。
国税庁の質疑応答事例では、外貨から他の外貨への交換、外貨預金から外貨建MMFへの投資、外貨による建物の取得などについて、従来、為替差益に相当する差額を所得税法36条の「収入すべき金額」として実現したものとする説明がされています。
これに対し、最高裁は、外国通貨によって他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得した場合、取引時における取得した外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額そのものが、所得税法36条1項の「収入すべき金額」になるとしました。
そして、その円換算額から「支払に用いた外国通貨を得るのに要した金額等」を控除した金額が、その取引に係る所得の金額になると判示しました。
例えば、100万円で取得した1万ドルを、その後8,000ユーロへ交換し、交換時の8,000ユーロの円換算額が120万円であった場合を考えます。
収入すべき金額 120万円
支払に用いた1万ドルを得るのに要した金額等 100万円
所得の金額 20万円
という計算になります。
最終的な所得金額は20万円です。
しかし、「収入すべき金額」を20万円という為替差益そのものと捉えるのか、120万円という取得資産の円換算総額と捉えた上で100万円を控除するのかという、所得税法36条1項の法律構成には違いがあります。
最高裁は後者の考え方を示しました。
なお、最高裁は「支払に用いた外国通貨を得るのに要した金額等を控除」と判示していますが、この控除について具体的に所得税法上どの規定によってどのように位置付けるのかまで詳細に判示したものではありません。
この点も、後述する林道晴裁判官の補足意見との関係で注目されます。
同じ米ドルの預金へ移すだけなら取扱いが異なる
外貨を使用したからといって、必ず為替差益に係る所得が実現するわけではありません。
国税庁の質疑応答事例「外貨建預貯金の預入及び払出に係る為替差損益の取扱い」では、A銀行の米ドル預金を払い出し、同じ日にB銀行の米ドル預金へ預け入れた場合には、同一の外国通貨で預入れ及び払出しが行われている限り、原則として為替差益を認識しない取扱いが示されています。
この場合、元本である米ドルの金額には増減がなく、実質的には米ドルを保有し続けていることと変わらないからです(所令167の6②)。
例えば、次のように取扱いが異なります。
- A銀行の米ドル預金からB銀行の米ドル預金への移動
原則として為替差益を認識しない。 - 米ドル預金から米ドル建MMFへの投資
為替差益に係る所得を認識する。 - 米ドルによる米ドル建株式の取得
為替差益に係る所得を認識する。 - 米ドルからユーロへの交換
為替差益に係る所得を認識する。
重要なのは、「円へ戻したかどうか」ではありません。
元の外国通貨とは異なる経済的価値を有する資産が流入し、それまで保有していた外国通貨の円貨ベースの値上がり部分が実現したと評価できるかどうかです。
林道晴裁判官ら3名の補足意見が問題としているもの
最高裁判決では、林道晴裁判官が法廷意見に賛同した上で、現在の所得税法における為替差損益課税の法的な仕組みについて詳細な補足意見を述べています。
渡辺惠理子裁判官及び石兼公博裁判官も、この補足意見に同調しています。
したがって、林裁判官の補足意見は、今回の為替差益に課税するという最高裁法廷意見の結論に反対するものではありません。
むしろ、現行法の解釈としては法廷意見の結論を支持しつつ、今後もこの問題を所得税法36条1項等の一般規定と通達の解釈に委ね続けることが適切なのか、という立法論・制度論上の問題を指摘したものです。
林裁判官は、国際的な投資や外貨建取引が広く行われるようになった現在、所得の把握を常に円という本邦通貨の額面価格を基準として行うこと自体も含め、外貨建取引に対する所得税課税のあり方を改めて検討すべき時期に来ているとの問題意識を示しています。
さらに重要なのは、現行所得税法には、為替差益について、
- どの時点で所得が実現するのか
- 何を所得税法36条1項の「収入すべき金額」とするのか
- その収入金額から何をどのような法的根拠によって控除するのか
といった事項を直接定めた規定が置かれていないという指摘です。
所得税法57条の3は存在しますが、林裁判官はこれを「外貨建取引が行われた場合の円換算額の計算規定」と位置付けています。
そのため、為替差益の所得実現時期や「収入すべき金額」、必要経費等について個別の規定を置かず、所得税法36条1項等の一般的な解釈適用に委ね、所得税法57条の3を円換算規定として設けるにとどまっている現状について、租税法律主義の観点から望ましい状況とは考えられないと述べています。
所得税基本通達57の3-3にも問題提起
この問題との関係で、林裁判官が具体的に取り上げているのが、所得税基本通達における多通貨会計の取扱いです。
所得税基本通達57の3-3は、前述したとおり、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務について多通貨会計を継続的に採用している場合、規則性を有する1月以内の一定期間ごとの一定の時点で円換算し、その一定の時点を個々の外貨建取引に係る「取引発生時」であるものとして取り扱うことを認めています。
また、その一定期間を基礎として計算した為替相場の平均値を使用することも認めています(「令和8年版所得税基本通達逐条解説」721~722頁・所基通57の3-3関係)。
一方、所得税法57条の3第1項の条文は、原則として、外貨建取引の金額を「当該外貨建取引を行った時」における外国為替の売買相場によって換算することを定めています。
そこで問題となるのが、法律上は実際の取引時の為替相場による換算を原則としているにもかかわらず、通達によって、1月以内の一定期間ごとの一定時点を「取引発生時」であるものとして取り扱い、さらには平均為替相場の使用まで認めることを、どのような法律上の根拠によって説明するのかという点です。
林裁判官は、この点について法人税法との違いを指摘しています。
法人税法22条4項には、収益、費用及び損失の額について、別段の定めがあるものを除き、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算するという規定があります。
そのため、企業会計上の外貨換算方法についても、この規定の解釈適用を通じて法人税法上の所得計算へ取り込む余地があります。
これに対し、所得税法には法人税法22条4項に相当する一般的な会計処理基準の取込み規定がありません。
このため林裁判官は、所得税法57条の3第1項と、このような所得税基本通達上の取扱いを「整合的に解することができるのかも問題になり得る」と指摘しています。
もっとも、最高裁が所得税基本通達57の3-3を違法又は無効と判断したわけではありません。
林裁判官も、この通達の取扱いが違法であると断定しているのではなく、現行所得税法との整合性について問題になり得ると指摘しているにとどまります。
その上で林裁判官は、所得税法独自の観点から、為替差損益について、「収入すべき金額」、収入すべき権利、具体的な所得計算方法、さらに例外的取扱いを認めるのであればその要件や内容について抜本的に検討し、必要な法的手当てを講じていくことが強く望まれるとしています。
この補足意見は、今回の最高裁判決の実務上の結論を否定するものではありません。
しかし、現在の為替差損益課税が、所得税法36条1項、所得税法57条の3、所得税基本通達等を組み合わせた解釈によって成り立っており、その法的な規定ぶりについては、なお整理すべき問題が残されていることを明確に指摘したものとして注目されます。
なお、これはあくまで3名の裁判官による補足意見です。令和8年8月29日時点で、本判決を受けた所得税法57条の3等の具体的な法改正が決定されているわけではありません。
したがって、実務上は現行法・現行通達及び今回の最高裁法廷意見に基づいて処理しつつ、今後、所得税法、所得税基本通達及び国税庁の質疑応答事例等についてどのような見直しが行われるかを注視する必要があります。
本件の所得区分は雑所得とされた
一審の東京地裁令和4年8月31日判決(税資272号(順号13749))では、本件各取引から生じた為替差益に係る所得が事業所得か雑所得かについても争われました。
本件で税務署長が為替差損益として計算した金額は、平成26年分が8億7,607万803円、平成27年分が5,840万9,083円でした。
納税者は、仮に所得が生じるとしても事業所得に該当すると主張しました。
しかし、一審は、下記のように所得区分が異なるとの抽象的な主張だけでは処分税額の違法性を具体的に主張したことにならないとした上で、所得区分についても実体的に検討し、本件各取引について、納税者自身が担った役割や負担は基本的に余剰資金の提供にとどまっており、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性・有償性を有し、反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる事業とはいえないとして、雑所得に該当すると判断しました。
「本件各処分は、本件各取引に係る為替差損益から生ずる所得を雑所得であるとしているのに対し、Xは、仮に、本件各取引に係る為替差損益から所得が生ずるとしても、その所得区分は事業所得になると主張する。しかし、課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における税務署長の所得の源泉の認定等に誤りがあっても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法というべきである〔略〕。そして、本件各取引に係る為替差損益から生ずる所得が雑所得であっても、事業所得であっても、総収入金額から必要経費を控除するという所得金額の基本的な計算構造に差異はないから、総収入金額、必要経費その他の所得税額に影響を与える計算要素について、本件各処分の基礎とされた事実とは異なる自己に有利な事実を具体的に主張することなく、単に所得区分が異なることを抽象的に主張するだけでは、本件各処分において確定された本件各年分のXの所得税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回ることを主張したことにはならない。そのため、Xの上記主張は、それのみでは、本件各処分の違法性を具体的に主張(通則法116条1項本文)したものであるとはいい難い。」
もっとも、この雑所得という所得区分は、本件の具体的な事実関係に基づく一審の判断です。
最高裁令和8年6月16日判決が、外国通貨の交換等から生ずる為替差益は一般的に常に雑所得になると判示したわけではありません。
最高裁は原審の理由をそのまま採用したわけではない
最高裁判決を読む上では、もう一つ重要な点があります。
最高裁は、平成26年及び平成27年に本件各取引による為替差益に係る所得が生じているとした原審の判断について、「結論において是認することができる」としています。
したがって、一審・控訴審の理由付けがすべて最高裁によってそのまま是認されたと理解するのは正確ではありません。
特に、所得税法36条1項の「収入すべき金額」について、一審では為替差損益の差額そのものを「収入すべき金額」とする考え方が示されていたのに対し、最高裁は、取得した外国通貨又は有価証券の取引時の円換算額という総額を「収入すべき金額」とし、そこから支払に用いた外国通貨を得るのに要した金額等を控除するという法律構成を示しています。
この違いは、今回の最高裁判決を理解する上で重要です。
投資一任運用でも本人に課税される
本件では、実際の外国通貨の交換や有価証券の購入は、納税者本人がその都度判断・発注したものではなく、投資一任契約に基づいて外国金融機関が行っていました。
控訴審の東京高裁は、本件外国金融機関が納税者から投資判断とその執行に必要な権限の委任を受けて納税者に代わって取引を行ったものであり、その取引の成果は納税者に帰属すると判断しました。
そのため、納税者が金融機関に対して各取引の都度、為替差益そのものの支払を請求する権利を有していなかったとしても、本件各取引によって生じた為替差損益を各取引の都度、納税者の所得として認識することができるとしています(東京高裁令和5年5月24日判決・令和4年(行コ)280号・税資273号(順号13852))。
海外のプライベートバンク等へ運用を一任している場合には、本人が各取引を直接指示していないというだけで、為替差益に係る所得が生じないことにはならない点にも注意が必要です。
実務上の注意点
今回の最高裁判決によって、少なくとも、個人が外貨を円に戻さないまま、
- 他の種類の外国通貨へ交換する
- 同じ外国通貨建ての株式その他の有価証券を取得する
といった取引を行った場合にも、元の外国通貨について生じていた為替差益に係る所得を認識する必要があることが、最高裁レベルで明確になりました。
一方、同じ外国通貨の預貯金間の移動のように、外貨の保有状態に実質的な変化がない場合まで、直ちに為替差益に係る所得が実現するわけではありません。
海外の証券会社やプライベートバンク等で投資一任運用を行っている場合には、自分自身が個々の外貨交換や有価証券購入を直接発注していなくても、その取引の成果が本人に帰属するのであれば課税関係が生じます。
また、海外口座で頻繁に外貨から外貨への交換や外貨建有価証券の購入を行っている場合には、円転した金額だけを確認するのでは不十分です。
個々の取引について、次のような資料を保存しておくことが重要です。
- 取引日
- 取引した外国通貨の種類及び金額
- 取得した外国通貨又は有価証券の種類及び金額・価額
- 取引時の為替相場
- 支払に使用した外国通貨を取得した際の円貨額
特に、外貨の取得と払出しが多数回にわたる場合には、支払に用いた外国通貨を得るのに要した金額をどのように算定するかも重要な問題となります。
最高裁判決によって「外貨から外貨へ交換した場合にも所得が実現する」という基本的な結論は明確になりましたが、林裁判官ら3名の補足意見が示しているとおり、為替差損益の所得計算については、今後の法令・通達等の整備が注目されます。
CRS情報
本件各処分が行われた平成30年9月は、日本がCRS情報の初回交換を行った時期と重なりますが、本件の調査又は課税処分がCRS情報を端緒としたかどうかは、判決文からは明らかでありません。
ただし、CRSを含む国際的な情報交換制度により、国外金融口座に関する課税庁の情報把握手段が強化されていることは、本件の背景事情として指摘することができます。
主な根拠資料
- 所得税法36条1項
- 所得税法57条の3
- 所得税法施行令167条の6
- 所得税基本通達57の3-1~57の3-3
- 『令和8年版所得税基本通達逐条解説』717~722頁(所基通57の3-1~57の3-3関係)
- 財務省『平成18年度 税制改正の解説』217~219頁「七 外貨建取引の換算」
- 国税庁「保有する外国通貨を他の外国通貨に交換した場合の為替差損益の取扱い」
- 国税庁「預け入れていた外貨建預貯金を払い出して外貨建MMFに投資した場合の為替差損益の取扱い」
- 国税庁「預け入れていた外貨建預貯金を払い出して貸付用の建物を購入した場合の為替差損益の取扱い」
- 国税庁「外貨建預貯金の預入及び払出に係る為替差損益の取扱い」
- 東京地裁令和4年8月31日判決(令和2年(行ウ)502号・税資272号(順号13749))
- 東京高裁令和5年5月24日判決(令和4年(行コ)280号・税資273号(順号13852))
- 最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)366号)
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法令等
所得税法36条(収入金額)1項
その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。
所得税法57条の3(外貨建取引の換算)
居住者が、外貨建取引(外国通貨で支払が行われる資産の販売及び購入、役務の提供、金銭の貸付け及び借入れその他の取引をいう。以下この条において同じ。)を行つた場合には、当該外貨建取引の金額の円換算額(外国通貨で表示された金額を本邦通貨表示の金額に換算した金額をいう。次項において同じ。)は当該外貨建取引を行つた時における外国為替の売買相場により換算した金額として、その者の各年分の各種所得の金額を計算するものとする。
2 不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行う居住者が、先物外国為替契約等(外貨建取引によつて取得し、又は発生する資産若しくは負債の金額の円換算額を確定させる契約として財務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)により外貨建取引によつて取得し、又は発生する資産若しくは負債の金額の円換算額を確定させた場合において、当該先物外国為替契約等の締結の日においてその旨を財務省令で定めるところによりその者の当該業務に係る帳簿書類その他の財務省令で定める書類に記載したときは、当該資産又は負債については、当該円換算額をもつて、前項の規定により換算した金額として、その者の各年分の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額を計算するものとする。
3 前項に定めるもののほか、外貨建取引の換算の特例その他前2項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める。
質疑応答事例(保有する外国通貨を他の外国通貨に交換した場合の為替差損益の取扱い)
【照会要旨】
100万円の現金を米ドル(1万ドル)に交換し、その後、この米ドル(1万ドル)を他の外国通貨(8,000ユーロ)に交換した場合、ユーロへの交換時に為替差損益を所得として認識する必要はありますか。
米ドルへの交換時のレート・・・1ドル=100円
ユーロへの交換時のレート・・・1ユーロ=150円
【回答要旨】
為替差益を所得として認識する必要があります。
為替差損益は、一般的には異なる通貨の交換(往復)により発生するものですが、照会のように、円から米ドルに交換し、これをユーロ等他の外国通貨に交換した場合であっても、その外国通貨への交換時に、当該外国通貨(ユーロ)の額をその交換時の為替レートにより円換算した金額と当初の円から米ドルへの交換時の為替レートにより円換算した金額との差額(為替差損益)が所得税法第36条《収入金額》の収入すべき金額として実現したと考えられますので、これを所得として認識する必要があります。
・ 為替差益・・・(150円×8,000ユーロ)-(100円×1万ドル)=20万円
(注) 外貨建預貯金の元本及び利子をあらかじめ約定した率により他の外国通貨で支払われる場合の元本部分に係る差益については、外国通貨を円に交換(往復)する取引ではないものの、その支払時において課税(収入すべき金額として認識)することとされており(所得税法第174条第7号、第209条の2、所得税法施行令第298条第4項第2号)、為替差損益を所得として認識するかどうかは、異なる通貨の交換(往復)に限られるものではありません。
外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得した時点で、為替差益に係る所得が実現するとされた事例-東京地裁令和4年8月31日判決(税資272号(順号13749))、東京高裁令和5年5月24日判決(税資273号(順号13852))、最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)366号)(棄却)(確定)
(1)事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 居住者であるX(原告、控訴人、上告人)は、平成26年5月27日、スイス連邦に本店を置く金融機関(以下「本件外国金融機関」という。)のX名義の預金口座に合計105億円を送金した。
② 平成26年7月18日、本件外国金融機関との間で締結した投資一任契約(以下「本件投資一任契約」という。)に基づき、本件外国金融機関に対して自己の資産の運用を一任した。
③ 本件外国金融機関は、平成26年7月から平成27年12月までの間、上記運用の一環として、運用対象資産に属する外国通貨(A)によって他の種類の外国通貨(B)や外国通貨建ての有価証券を取得する取引(以下「本件各取引」という。)を行った。
④ Xは、本件各取引から所得が生じないことを前提に、平成26年分及び平成27年分の所得税等の各確定申告をした。
⑤ 所轄税務署長Yは、本件各取引により為替差損益に係る収入金額(平成26年分8億7,600万円余、平成27年分5,840万円余)が生じているなどとして、平成30年9月26日付けで、上記各年分の所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をした。
⑥ これに対し、Xは、本件各処分の取消し(各更正処分については、Xが主張する額を超える部分の取消し)を求めて、訴えを提起した。
⑦ 東京地裁令和4年8月31日判決(税資272号(順号13749))、東京高裁令和5年5月24日判決(税資273号(順号13852))においてXは敗訴したため、Xは上告及び上告受理申立てをし、最高裁は、排除された部分を除く上告受理申立て理由について判断した。
(2)本件の主な争点
外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得した場合に、為替差益に係る所得が実現するか、その実現時期はいつか、及び所得税法36条1項の「収入すべき金額」並びに当該取引に係る所得金額をどのように算定するかである。
(3)一審判決要旨(棄却)(控訴)
① 所得税法36条1項は、各人が収入等の形で新たに経済的利益を得た場合に、その経済的利益を所得税の課税対象とする旨定めたものであり、およそ人の担税力を増加させるような経済的利益が新たに得られるのであれば、所得が生ずるものといえる。そして、本件各取引前後の状況を円換算額に引き直してみると、他の種類の外国通貨(B)及び有価証券の取得価額と外国通貨(A)の取得価額の各円換算額の差額が正の値であるときは、その取引によって、新たな経済的利益が得られたことになり、所得が生ずることになる。
なお、本件各取引は、円転を含まない取引であるが、そのことは、本件各為替差損益から所得が生ずると解することの妨げとはならない。
② 所得税法36条1項が、「収入すべき金額」とすると定め、「収入した金額」とすると規定していないことからすれば、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして課税所得を計算するという建前(権利確定主義)を採用しているものと解されるから、本件各為替差損益について、その収入の原因となる権利が確定するのは、本件各取引の時点であるということができ、本件各取引がされた年において本件各為替差損益を「収入すべき金額」として認識することができる。
③ 本件各為替差損益から生ずる所得は、その性質上、事業所得、一時所得及び雑所得以外に該当することはない。そして、当該所得は、本件投資一任契約に基づく資産の運用であるから、一時所得に該当することはなく、本件各取引はXによって自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務であるということはできないため、事業所得に該当することもないから、雑所得に該当する。
(4)控訴審判決要旨(棄却)(上告・上告受理申立て)
① 一審判決を引用し、外貨建ての取引において外国為替相場の変動により発生する為替差益は所得税法36条1項等の規定により課税の対象となると判断した。
その上で、(イ)為替差損益が確定していない状況で課税するのは権利確定主義に違反する、(ロ)Xは本件外国金融機関に対して為替差益の支払を求める権利を有しない旨のXの各主張に対しては、要旨以下のとおり判示した。
② 所得税法36条1項は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして課税所得を計算するという建前(権利確定主義)を採用していると考えられるところ、本件各取引に関しては、同取引によって、取引前まで保有していた外国通貨(A)の為替変動リスクに影響されることのない外国通貨(B)等を取得(編注、下記)することができる権利が確定し、同権利の確定によって、同取引時点における為替レートによる外国通貨(B)等の取得価額の円換算額から、その取得のために要した外国通貨(A)の取得価額の円換算額を控除した差額に相当する経済的価値の流入又は流出(収入又は損失)が生ずることになるから、本件各為替差益の収入の原因となる権利が確定するのは、本件各取引の時点であるということができる。
(編注)ここでいう「外国通貨(A)の為替変動リスクに影響されない」とは、外国通貨(B)に為替変動リスクがないという意味ではなく、取引後は外国通貨(A)固有の為替変動リスクから切り離されるという趣旨である。
③ 本件投資一任契約の内容に照らせば、本件外国金融機関によって行われた本件各取引の成果はXに帰属するのであって、そうである以上、本件各取引によって生じた為替差損益についても、本件各取引の都度、Xの所得として認識することができるから、Xが本件外国金融機関に対して本件各取引の都度為替差益の支払を求めることができなかったとしても、課税要件上その都度権利が確定したとみることを妨げない。
(5)上告審判決要旨(棄却)(確定)
① 所得税法は、所得を外部からの経済的価値の流入という収入の形態で捉え、原則として、収入の形態で実現した利得のみを課税の対象とするとともに(所法36条1項参照)、収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、同権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前を採用しているものと解される〔最高裁昭和50年(行ツ)123号同53年2月24日第二小法廷判決・民集32巻1号43頁等参照〕。
そして、所得税法は、各種所得の計算に当たって控除される各種控除額を全て本邦通貨の額面価格の単位である円で表示し(所法21条1項、28条3項、32条4項、33条4項、34条3項等)、外貨建取引を行った場合には、当該外貨建取引の金額の円換算額は当該外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額として、各種所得の金額を計算すべき旨を定める(所法57条の3第1項)など、所得金額及び所得税額の計算について本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを当然の前提としている。そうすると、所得税法は、所得の把握についても本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを予定しているものというべきである。このことは、所得税を含む国税に関し、その課税標準や確定金額の端数計算について端数が円で表示されていること(国税通則法118条、119条)や、原則として金銭により納付しなければならないものとされており(同法34条1項本文)、我が国において強制通用力を有する本邦通貨による納付が求められていると解されることとも整合的である。
② 以上を踏まえると、ある外国通貨(A)により他の種類の外国通貨(B)又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた場合、変動する外国為替の売買相場の下で本邦通貨との関係において変動していたある外国通貨(A)の経済的価値が、上記取引により他の種類の外国通貨(B)又は有価証券の経済的価値をもって固定化され、他の種類の外国通貨(B)又は有価証券の経済的価値が流入することによって、ある外国通貨(A)の取得時の経済的価値を上回る部分が実現した利得となるとともに、上記取引時に他の種類の外国通貨(B)又は上記有価証券に係る権利が収入の原因となる権利として確定することから、その時点における他の種類の外国通貨(B)の金額又は有価証券の価額の円換算額(所得税法57条の3第1項参照)を同法36条1項にいう「収入すべき金額」とすべきこととなる。
③ そうすると、居住者が、外国通貨(A)により他の種類の外国通貨(B)又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行った場合、上記取引を行った日の属する年分の所得の金額の計算上、上記取引時における他の種類の外国通貨(B)の金額又は有価証券の価額の円換算額が「収入すべき金額」となると解するのが相当である。そして、上記円換算額から支払に用いた外国通貨(A)を得るのに要した金額等を控除した金額が、上記取引に係る所得の金額となるというべきである。
④ 以上によれば、Xには平成26年及び平成27年において本件各取引により為替差益に係る所得が生じているとした原審の判断は、結論において是認することができる。
⑤ (編注)最高裁で判断された中心的な問題は、本件各取引による為替差益に係る所得の実現及びその時期等であり、原審までに判断された所得区分、処分理由の提示及び過少申告加算税に係る「正当な理由」等について、最高裁が改めて判断を示したものではない。

