簡易課税制度とは
簡易課税制度は、中小事業者の消費税の申告事務を軽くするため、実際の課税仕入れに係る消費税額に代えて、課税売上げに係る消費税額に事業区分ごとの「みなし仕入率」を掛けた金額を仕入控除税額とする制度です。原則となる本則課税では、実際の課税仕入れ等に係る消費税額を、所定の要件の下で控除します(消法30①、37①)。
簡易課税を選んだ方が納税額を抑えられる場合もありますが、逆になる場合もあります。小規模な会社でも、設備投資、輸出、取引先のインボイス登録状況、事務負担、将来の売上げを見込んで選択する必要があります。
事業区分とみなし仕入率
| 事業区分 | みなし仕入率 | 主な例 |
|---|---|---|
| 第1種 | 90% | 卸売業 |
| 第2種 | 80% | 小売業、農林漁業のうち飲食料品の譲渡 |
| 第3種 | 70% | 建設業、製造業、農林漁業のうち飲食料品の譲渡以外 |
| 第4種 | 60% | 飲食店業など、ほかの区分に該当しない事業 |
| 第5種 | 50% | 運輸通信業、金融・保険業、飲食店業を除くサービス業 |
| 第6種 | 40% | 不動産業 |
区分は会社全体の業種名だけで決まるものではありません。個々の課税売上げの内容を見て判定します。例えば、住宅の貸付けなどの非課税売上げは、みなし仕入率を掛ける課税売上げとは区別します(消法37①、消令57、消基通13-2-1以下)。
本則課税と簡易課税で納税額はどう変わるか
次の計算は、売上げと外注費がすべて税率10%の取引で、外注費について本則課税の仕入税額控除を全額受けられ、ほかに税額調整がないものとした説明用の概算です。金額は地方消費税を含めて示しています。
| 条件 | 本則課税の概算 | 第3種・簡易課税の概算 |
|---|---|---|
| 売上げ3,300万円(税込)、外注費2,200万円(税込) | 300万円-200万円=100万円 | 300万円-300万円×70%=90万円 |
| 売上げ3,300万円(税込)、外注費2,750万円(税込) | 300万円-250万円=50万円 | 300万円-300万円×70%=90万円 |
前者は簡易課税、後者は本則課税の方が、この前提では納税額が少なくなります。実際の申告では、税率ごとの計算、端数処理、売上対価の返還、貸倒れなども確認します。軽減税率の対象取引について「税抜売上高の一定割合がそのまま納税額になる」とは計算できません。
簡易課税を適用するための要件と届出
原則として、課税事業者であること、その課税期間の基準期間における課税売上高が5,000万円以下であること、適用を受ける課税期間の初日の前日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出することが必要です。基準期間は、個人事業者は前々年、法人は原則として前々事業年度です。新たに事業を開始した日の属する課税期間は、その課税期間中の届出で適用できる場合があります(消法37①、消令56、57)。
課税期間の開始前に提出する届出は、直前の課税期間の末日が土日祝日でも、通常の申告期限のように翌開庁日まで自動的に延びるものではありません。事前に適用開始課税期間を確認して提出します。また、課税事業者の選択後に調整対象固定資産を取得した場合や、高額特定資産を仕入れた場合など、簡易課税制度選択届出書を提出できない期間が生じることがあります(消法37③、国税庁「No.6502」)。
インボイス登録者の経過措置
免税事業者がインボイス発行事業者の登録を受け、登録日から課税事業者となる経過措置を利用する場合には、その登録日を含む課税期間中に選択届出書を提出して、同じ課税期間から簡易課税を適用できる場合があります(平成28年改正法附則44④、平成30年改正令附則18)。
また、インボイス登録を機に免税事業者から課税事業者となった者には、要件を満たせば、令和8年9月30日までの日の属する課税期間に「2割特例」があります。令和9年分・令和10年分には、一定の個人事業者を対象とする「3割特例」が設けられました。法人は3割特例の対象ではありません。2割・3割特例の適用を受けた翌課税期間に簡易課税を選ぶ場合、令和8年10月1日以後に終了する翌課税期間については、その課税期間の確定申告期限までに選択届出書を提出できる特例があります。翌課税期間が令和8年9月30日以前に終了する場合は、その課税期間の末日までです(平成28年改正法附則51の2⑥、51の3⑤、令和8年改正法附則90①)。
選ぶときの判断ポイント
設備投資や輸出で還付を見込む場合
簡易課税では実際の課税仕入れ等に係る消費税額を使って仕入控除税額を計算しません。多額の設備投資や輸出免税売上げがあり、実際の仕入税額が売上税額を超える場合、本則課税による還付の可能性を先に検討します。「簡易課税では一切の還付がない」という意味ではありませんが、実際の仕入税額が多いことを理由とした還付は見込めません(消法30①、37①)。
複数の事業を営む場合
卸売、小売、飲食店などを兼ねていても、簡易課税を適用できます。それぞれの事業のみなし仕入率で計算するため、課税売上げを事業区分ごとに分けて記録します。区分していない売上げには、その区分していない事業のうち最も低いみなし仕入率が適用されます。1種類の事業の課税売上高が全体の75%以上を占める場合や、3種類以上の事業を営み、特定の2種類の事業の課税売上高が合計で75%以上を占める場合には、計算の特例を使えることもあります(消令57②~④、消基通13-3-1、13-3-2、国税庁「No.6505」)。
記帳とインボイスの事務負担
簡易課税では、消費税の仕入控除税額を計算するために、受け取ったインボイスの保存は必要ありません。ただし、売上げの税率と事業区分を確認し、法人税の計算や帳簿書類の保存も行う必要があります。会社がインボイス発行事業者であれば、売手としての交付・保存等の義務も別に確認します(消法37①、国税庁「インボイス制度について」)。
本則課税で仕入税額控除を受けるときは、原則として所定事項を記載した帳簿とインボイス等を保存します。帳簿には課税仕入れの相手方の氏名・名称、取引日、資産・役務の内容、支払対価の額などを記載しますが、これらを会計ソフトの「摘要欄」だけに記載するという決まりではありません。金融機関・カードの明細を自動取込みした取引も、帳簿全体で必要事項を確認します(消法30⑦⑧、国税庁「No.6497」)。
選択後に適用をやめる場合と、売上高が変動した場合
簡易課税の適用をやめるには、原則として、やめたい課税期間の初日の前日までに「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出します。事業を廃止した場合などを除き、選択届出書の効力が生じる課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ、不適用届出書を提出できません。特に設備投資を予定している場合は、開始年度だけでなく翌年度以降も見込んで選択します(消法37⑤⑥)。
選択届出書を提出していても、ある課税期間の基準期間の課税売上高が5,000万円を超えると、その課税期間は簡易課税を適用できません。例えばX2年度の課税売上高が6,000万円なら、基準期間がX2年度となるX4年度は、X4年度の売上見込みが4,500万円でも適用できません。一方、基準期間の課税売上高が1,000万円以下でも、インボイス登録、特定期間の売上げ、課税事業者の選択等により課税事業者となる場合があります。「1,000万円以下なら必ず免税」とは判断できません(消法9①④、9の2、37①、消基通13-1-3)。
5,000万円超で適用できなかった期間や免税期間を挟んでも、選択届出書は原則として失効しません。その後、課税事業者で基準期間の課税売上高が5,000万円以下となれば、不適用届出書が有効に提出されていない限り、再び簡易課税が適用されます(消基通13-1-3)。
売掛金が貸し倒れた場合
簡易課税を適用していても、課税売上げに係る売掛金等について所定の貸倒れが生じた場合には、その貸倒れに係る消費税額を控除できます。後日回収したときの計算にも注意が必要です(消法39①、消基通13-1-6)。
届出書に関する裁判例
以前の税理士による選択届出書の効力
弁理士業を営む個人事業者が、以前の税理士による簡易課税制度選択届出書の提出は無権代理だと主張した事案で、裁判所は、委任時のやり取りや税務代理の範囲などの具体的事実から、提出時に税理士に代理権があったと認定しました。税理士を交代したから届出書の効力がなくなる、という判断ではありません。委任の範囲と終了時期は個別の事実により判断されます(東京地裁令和元年11月1日判決・税資269号-113、順号13336、東京高裁令和2年9月10日判決・税資270号-90、順号13450)。
過去の届出を把握せず本則課税で申告した場合
法人が過去の簡易課税選択届出書を引き継がず、本則課税による還付申告をした事案では、基準期間の課税売上高が5,000万円以下となった課税期間について簡易課税が適用されました。裁判所は、不適用届出書を事前に提出せず、やむを得ない事情による特例の承認申請もしていなかったことなどを重視しました。担当者交代時の引継ぎ不足は、この事案ではやむを得ない事情に当たらないと判断されています(東京地裁令和4年4月12日判決・税資272号、順号13698、東京高裁令和4年10月26日判決・税資272号、順号13764)。
令和8年度改正による将来の注意点
令和10年4月1日以後、通信販売により国外から国内へ発送される、1個の対価の額が税抜きで1万円以下の一定の資産の譲渡について、消費税の課税関係が変わります。この「特定少額資産の譲渡」に対応する売上げの部分には、簡易課税による仕入税額の控除を適用しない改正が成立しています。越境ECを行う事業者は、施行後の取引を区別して確認してください(令和8年法律第12号による改正後の消法37①、同改正法附則1九・17)。
主な根拠資料
- 消費税法9条、9条の2、30条、37条、39条、消費税法施行令56条、57条、消費税法基本通達13-1-3、13-1-6、13-3-1、13-3-2
- 国税庁「No.6505 簡易課税制度」、「No.6501 納税義務の免除」、「No.6497 仕入税額控除のために保存する帳簿および請求書等の記載事項」
- 国税庁「令和8年度税制改正特集」、「国境を越えた電子商取引に係る消費税の課税関係について」
- 財務省『令和8年度税制改正の解説』838頁、847~848頁
- 国税庁公表の東京地裁令和元年11月1日判決原文、東京高裁令和2年9月10日判決原文、東京地裁令和4年4月12日判決原文、東京高裁令和4年10月26日判決原文
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納税者Xの簡易課税制度選択届出書は、税務代理を解約されたA税理士が無権代理により提出したものであって、当該届出書の効果はXに及ばない旨のXの主張が認められなかった東京地裁令和元年11月1日判決(税資269号-113(順号13336))・東京高裁令和2年9月10日判決(税資270号-90(順号13450))
(1)事案の概要
① 納税者Xは、平成7年2月頃に弁理士業を開業し、同時期に、知人から紹介を受けたA税理士に対し、自身の所得税の確定申告に係る税務代理を委任した。
② Xは、平成8年秋頃、仕事を通じて知り合ったB税理士に税務代理を委任する意思を有するようになり、同年11月頃、A税理士に対し、平成8年分の所得税の確定申告まではA税理士に委任するが、その後は、別の税理士に税務代理を委任する旨を告げた。
③ A税理士は、平成9年3月17日、C税務署長に対し、Xの「平成8年分の所得税の確定申告書」、「消費税課税事業者届出書」及び「簡易課税制度選択届出書」(以下「本件簡易課税制度選択届出書」という。)を提出した。
④ B税理士は、Xから委任を受けた税務代理の権限に基づき、平成10年課税期間以降の各課税期間の消費税等について、本則課税により控除対象仕入税額を計算して、消費税等の確定申告書を提出していた。
⑤ Y(課税庁)は、平成29年6月、Xは本件簡易課税制度選択届出書を提出していることから、簡易課税により控除対象仕入税額を計算すべきであるとして、Xに対し、平成26年課税期間及び平成27年課税期間に係る消費税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
⑥ Xは、本件簡易課税制度選択届出書は、A税理士が無権代理により提出したものであって、当該届出書の効果はXに及ばないなどとして、上記5の各処分の取消しを求めて本訴を提起した。
(2)主な争点
本件簡易課税制度選択届出書の効力がXに及ぶか否か。
(3)一審判決要旨
認定事実によれば、①Xは、A税理士との間で、税務代理の内容を定める契約書を作成していないこと、②A税理士は、平成7年中にXに対し、Xの税務代理を引き受けることができる旨を述べたこと、③Xは、上記②と同じ頃、A税理士に対し、自己の税務代理を依頼する旨を述べたこと、④Xは、上記②と同じ頃、税務に関する専門的知識を有していなかったこと、⑤Xは、平成8年秋頃以降、B税理士に対し、自己の平成9年分以降の所得税に係る税務代理を含むXの税務全般に係る税務代理を包括的に委任していることの各事実が認められる。
これらの事実に加え、個人事業者が、特段の事情のない限り、税目ごとに別々の税理士に対して税務代理を委任することはなく、自己の税務全般に係る税務代理を包括的に委任するものであるとの一般的な経験則があることにも照らすと、Xは、A税理士に対し、自己の税務全般に係る税務代理を包括的に委任したものと認めるのが相当である。
したがって、A税理士は、当該委任された代理権に基づき、C税務署長に対し、有効に本件簡易課税制度選択届出書を提出したと認められるから、その効果はXに帰属する。
(4)控訴審判決要旨
① 認定事実によれば、A税理士は、Xの税務代理を受けた当時、平成7年の課税売上高が消費税の納税義務者となる3,000万円に迫っていたという事情を把握していたことが認められる。
② そのほか、(イ)Xは、税務に関する専門的知識が乏しかったため、A税理士に税務代理を委任することとしたこと、(ロ)個人事業者の税務において、消費税等の納税義務の判断や税額の計算等は、所得税の損益計算を基礎として行われ、これらの事務は密接に関係するものであることから、所得税と消費税等のどちらか一方のみを委任することは例外的といえること、(ハ)XがA税理士に税務代理を委任するに際し、委任の内容を限定すべき具体的な動機や事情等は見当たらず、実際にも、Xが開業当時の消費税等に係る税務事務について他の税理士に依頼した事実はないこと、(ニ)Xは、A税理士との間で、税務代理の内容を定める契約書等を作成していないが、A税理士との委任契約の解消以降、Xの所得税及び消費税等を含む税務全般に係る税務代理を委任していたB税理士との間においても、同様に税務代理の委任等に関する契約書は取り交わされておらず、これらに加えて、(ホ)審査請求手続の段階では、X自身が、A税理士に税務代理を委任した際のやりとりについて、「税務をお願いする。任せる。」と述べたことを認めていたこともうかがわれる。
③ これらのことからすれば、Xは、開業当初、A税理士に対し、少なくとも所得税及び消費税等に係る税務について、年分(期間)を限ることなく税務代理を委任したものと認めるのが相当であり、A税理士は、平成8年分の所得税の確定申告が終了するまで、Xの所得税及び消費税等を対象として、税務全般に係る税務代理権を有していたというべきである。
④ したがって、A税理士がYに対し、Xから委任された税務代理権に基づき有効に簡易課税制度選択届出書を提出したものと認められるから、その効果はXに帰属する。
消費税等の計算について不適用承認申請書を提出しておらず、所轄税務署長の承認を受けていないことから、簡易課税が適用された東京地裁令和4年4月12日判決(棄却)(控訴)・東京高裁令和4年10月26日判決(棄却)(上告・上告受理申立て)
(1)事案の概要
① X(納税者)は、平成元年9月30日、簡易課税制度選択届出書(本件簡易課税届出書)をY(課税庁)に提出した。
② Xは、平成18年1月課税期間から平成29年3月課税期間までの各課税期間について、本則課税を適用して消費税等を算出し申告を行っていた(上記各課税期間の各基準期間の課税売上高はいずれも5千万円を超えていたことから、簡易課税制度の適用はなかった。)。
③ Xは、平成30年3月課税期間(本件課税期間)の消費税等についても、本則課税で計算し還付申告を行ったところ、Yは、本件課税期間の基準期間である平成29年1月課税期間(本件基準期間)の課税売上高が5千万円以下であることから、簡易課税を適用して消費税等を計算し、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(本件更正処分等)を行った。
なお、Xは、本件課税期間に係る簡易課税制度選択不適用届出書(本件不適用届出書)を提出期限である本件課税期間の開始の日の前日(平成29年3月31日)までに提出せず、平成30年9月10日に提出した。また、Xは、本件不適用届出書を当該前日までに提出できなかった事情等を記載した申請書(消費税法施行令57条の2第3項に規定する申請書。本件不適用承認申請書)を提出していなかった。
④ 平成20年頃にXの経理責任者が甲(Xの現代表者)に交代する際、本件簡易課税届出書に係る引継ぎが行われなかったため、甲は本件簡易課税届出書が提出されていた事実に気付かなかったのであるから、Xは、本件課税期間の前日までに本件不適用届出書を提出できなかったことが消費税法37条8項に規定する「やむを得ない事情」によるなどとして、本件更正処分等の一部につき取消しを求めて提訴した。
(2)主な争点
本件課税期間の消費税等の計算につき、簡易課税が適用されるか否かである。
(3)一審判決要旨(棄却)(控訴)
① Xは、本件課税期間の開始の日の前日までに本件不適用届出書の提出をしておらず、かつ、本件基準期間の課税売上高が5千万円を下回っている。そして、Xは、本件課税期間の消費税等の計算について本件不適用承認申請書を提出しておらず、所轄税務署長の承認を受けていないことから、やむを得ない事情の有無にかかわらず、簡易課税が適用される。
② この点をおいたとしても、Xが本件不適用届出書を提出期限までに提出しなかった主な理由は、平成20年にXの経理責任者が甲に交代した際に本件簡易課税届出書に関する事務引継が十分に行われず、甲が本件課税期間について簡易課税が適用されることに気付かず、その適用の有無について十分な確認がされなかったことであると認められ、Xの責めに帰することができない事情はうかがえないから、やむを得ない事情があったということはできない。
(4)控訴審判決要旨(棄却)(上告・上告受理申立て)
一審判決の判断を引用し、Xの控訴を棄却した。
