役員給与の「3か月ルール」は支給日のルールではない
定期同額給与について、「役員給与は事業年度開始から3か月以内なら変更できる」と説明されることがあります。
この説明は大筋では間違いではありませんが、実際に役員給与を変更するときには、「3か月以内」という言葉だけでは、新しい給与をいつから支給すればよいのかまでは分かりません。
例えば、同じ3月末決算の会社でも、定時株主総会を4月25日に開催する会社と5月25日に開催する会社があります。
また、役員給与の支給日についても、毎月20日、毎月末日、当月末締め翌月25日払いなど会社によって異なります。
さらに、同じ「翌月払い」であっても、給与締め日に役員報酬を費用計上して未払給与を認識する会社と、給与支給日に役員報酬を計上する会社があります。
この問題を正確に理解するためには、少なくとも次の点を区別する必要があります。
・定期給与の額をいつ「改定」したのか
・その改定がどの職務執行期間に係る給与を定めたものなのか
・「給与改定前の最後の支給時期」と「給与改定後の最初の支給時期」がいつなのか
・給与規程等で特定の期間に対応する給与額が既に確定していないか
・給与締め日に役員報酬債務を既に計上していないか
定期同額給与そのものの基本的な仕組みについては、「役員給与(報酬)は、定期同額給与が利用しやすい」で詳しく解説しています。
「3月経過日等」までに必要なのは新額の支給ではなく給与額の改定
定期同額給与の通常改定については、原則として、その事業年度開始の日の属する会計期間開始の日から3月を経過する日である「3月経過日等」までに、定期給与の額の改定がされる必要があります(法令69①一イ)。
一般的な3月末決算法人であれば、原則として6月30日が3月経過日等となります。
ここで重要なのは、6月30日までに新しい給与額を実際に支給しなければならないという意味ではないことです。
法人税法施行令69条1項1号イが3月経過日等までに行うことを求めているのは、「定期給与の額の改定」です。
一方、給与額の改定が行われた場合の定期同額給与への該当性については、「給与改定前の最後の支給時期」と「給与改定後の最初の支給時期」を基準として期間を区分し、それぞれの期間の各支給時期における支給額が同額であるかどうかを判定します(法令69①一)。
したがって、「3月経過日等までに給与額を改定したか」という問題と、「改定後の新しい給与額をどの支給時期から適用するか」という問題は分けて考える必要があります。
法人税基本通達逐条解説も「改定」と「支給時期」を区別している
法人税基本通達9-2-12では、「支給時期が1月以下の一定の期間ごと」である給与について、あらかじめ定められた支給基準に基づいて、毎月など規則的に反復又は継続して支給されるものとしています。
また、法人税基本通達9-2-12に関する逐条解説でも、通常改定が行われた場合には、3月経過日等までに「改定」が行われていることと、その改定前後の各「支給時期」における給与額がそれぞれ同額であることを区別して説明しています。
法人税基本通達9-2-12の2でも、3月経過日等後の通常改定が認められる「特別の事情」の例として、親会社の定時株主総会終了後でなければ、その法人の役員の「定期給与の額の改定に係る決議」ができない場合が挙げられています。
したがって、「3月経過日等まで」という期限を、改定後の新しい給与の支給期限と理解するのは適切ではありません(法基通9-2-12、9-2-12の2)。
国税庁Q&A Q2が改定日と支給時期の関係を具体的に説明している
役員給与の改定日と支給時期との関係について、特に重要な公表資料が国税庁「役員給与に関するQ&A」Q2です。
このQ&Aでは、3月決算法人が6月25日の定時株主総会で、役員給与を月額50万円から60万円へ増額改定することを決議したケースが取り上げられています。
この法人の役員給与の支給日は毎月末日ですが、新しい60万円を総会直後の6月30日から支給するのではなく、7月31日支給分から適用することとしています。
国税庁は、この場合、4月から6月までの各支給額が同額で、7月から翌年3月までの各支給額が同額であれば、それぞれ定期同額給与に該当するとしています(国税庁「役員給与に関するQ&A」Q2)。
6月25日に改定して7月31日から新額でもよい理由
国税庁Q&A Q2では、その理由も説明されています。
役員の職務執行期間は、一般に定時株主総会の開催日から翌年の定時株主総会の開催日までであると考えられ、定時株主総会における定期給与の額の改定は、その定時株主総会開催日から開始する新たな職務執行期間に係る給与額を定めるものと考えられています。
その上で国税庁は、6月25日から開始する新たな職務執行期間に係る最初の給与支給時期を、定時株主総会直後に到来する6月30日ではなく、その翌月の7月31日とする定めも一般的であるとしています。
したがって、定時株主総会の後に最初に到来する給与支給日から、必ず新しい給与額を支給しなければならないという明文のルールがあるわけではありません。
国税庁Q&Aでは6月30日から新額とする方法も認めている
さらに重要なのは、国税庁Q&A Q2が、7月31日から新額とするケースだけを認めているのではないという点です。
同Q&Aは、6月25日の定時株主総会の決議に基づいて6月30日支給分から増額する場合についても、4月及び5月の支給額が同額で、6月から翌年3月までの支給額が同額であれば、それぞれ定期同額給与に該当するとしています。
つまり、国税庁Q&A Q2では、6月25日の定時株主総会で給与額を改定する毎月末日払いの法人について、次の2つの取扱いが示されています。
| 新額の適用開始 | 取扱い |
|---|---|
| 6月30日から新額 | 定期同額給与となり得る |
| 6月30日は旧額、7月31日から新額 | 定期同額給与となり得る |
この2つの取扱いは、いずれも国税庁Q&A Q2に明示されたものです。
「月末払いだから2つ選べる」という一般ルールではない
ここで注意しなければならないのは、「毎月末日払いなら、新額を適用する時期を2つから自由に選べる」という法令上の一般ルールが存在するわけではないということです。
法人税法や法人税法施行令には、「月末払いの場合には、定時株主総会直後の月末又は翌月末のいずれから新額を適用してもよい」という規定はありません。
月末払いについて6月30日開始と7月31日開始の双方が認められると判断できるのは、国税庁「役員給与に関するQ&A」Q2が、この具体的な事例について双方の取扱いを示しているためです。
したがって、「月末払いには一般に2つの選択肢がある」と理解するのではなく、「国税庁Q&A Q2では、6月25日総会・毎月末日払いという具体例について、6月30日開始と7月31日開始の双方が認められている」と理解するのが正確です。
毎月20日払いについて国税庁資料が示している取扱い
同じ国税庁Q&A Q2では、毎月20日に役員給与を支給している3月決算法人の例も示されています。
6月25日に定時株主総会で給与額を改定した場合には、
6月20日 旧額
6月25日 給与額を改定
7月20日 新額
という関係になります。
また、国税庁の質疑応答事例「定期給与の額を改定した場合の損金不算入額」では、3月決算法人が5月25日の定時株主総会で役員給与額を決定し、毎月20日払いについて、4月20日・5月20日を改定前、6月20日以降を改定後の支給時期として扱う例が示されています。
したがって、国税庁資料で直接確認できるのは、
5月25日改定 → 6月20日から新額
6月25日改定 → 7月20日から新額
という取扱いです。
毎月20日払いで「さらに翌月まで遅らせる」取扱いは公表資料で確認できない
例えば、
4月20日 60万円
4月25日 80万円へ改定
5月20日 60万円
6月20日 80万円
とするケースです。
法人税法施行令69条1項1号イは、3月経過日等までに「定期給与の額の改定」がされることを要件としているため、条文だけからこの取扱いを直ちに否定できるとは限りません。
しかし、一般的な毎月20日払いの会社について、4月25日に給与額を改定した後、5月20日は旧額を支給し、6月20日から新額へ変更することを一般的に認めた国税庁の公表資料、裁判例又は公表裁決例は確認できません。
したがって、「4月25日に改定決議をしたのだから、5月20日でも6月20日でも自由に選べる」と説明するのは適切ではありません。
国税庁Q&Aの考え方を4月25日の改定に当てはめるのであれば、
4月20日 旧額
4月25日 改定
5月20日 新額
という関係が最も素直に導かれる取扱いと考えられます。
ただし、4月25日という日付そのものを国税庁が直接回答した事例ではありません。
4月25日・5月25日の毎月末日払いはQ2からの類推
毎月末日払いについて、国税庁Q&A Q2が直接扱っているのは6月25日に定時株主総会を開催したケースです。
Q2では、
6月25日総会 → 6月30日から新額
6月25日総会 → 7月31日から新額
の双方が示されています。
この考え方を4月25日又は5月25日の定時株主総会へ当てはめれば、次のような取扱いが考えられます。
| 定時株主総会 | Q2の考え方を当てはめた場合 |
|---|---|
| 4月25日 | 4月30日又は5月31日から新額 |
| 5月25日 | 5月31日又は6月30日から新額 |
ただし、4月25日・5月25日という具体的な日付について国税庁が直接回答したものではありません。
あくまで6月25日総会について示されたQ2の取扱いを当てはめたものです。
3月経過日等までに決議すれば何か月後からでも新額にできるわけではない
例えば、
4月25日 60万円から80万円への増額を決議
4月から9月まで 60万円
10月から 80万円
とするケースです。
形式上は4月25日に具体的な給与額を決議していても、定時株主総会から数か月間旧額を支給し続け、その後になって新額へ変更するケースについて、「改定決議が3月経過日等までだから通常改定として認められる」とする国税庁の公表資料、裁判例又は公表裁決例は確認できません。
したがって、3月経過日等までに改定決議をしておけば、その何か月後からでも自由に新しい給与額を適用できると考えるべきではありません。
「翌月払い」という呼び方だけでは結論は決まらない
会社によっては、例えば5月25日に支給する役員給与を、給与明細や経理上「4月分役員報酬」と呼んでいる場合があります。
しかし、「5月25日支給分は4月分と表示されているから、5月20日の定時株主総会で増額した場合には必ず旧額でなければならない」と、名称だけから一律に判断することも適切ではありません。
法人税法施行令69条は、改定前後の「支給時期」に着目して定期同額給与への該当性を判定する仕組みとなっています。
したがって、給与明細に表示される「〇月分」という呼び方自体が、法人税法上の結論を直接決めるわけではありません。
重要なのは、その会社の役員給与について、いつ、どの職務の対価として、いくら支払う義務が具体的に成立しているのかという実態です。
「当月末締め翌月25日払い」は単なる呼称より注意が必要
例えば3月末決算法人について、次のようなケースを考えます。
従来の役員報酬 月額60万円
給与計算 当月末締め翌月25日払い
5月20日 定時株主総会で月額80万円へ改定
5月25日 4月末締めの給与支給日
ここで、「5月25日は定時株主総会後最初の支給日だから80万円にすればよい」と直ちに結論付けることはできません。
「当月末締め翌月25日払い」という設定が、単に給与計算上の名称やカットオフを意味するだけなのか、それとも4月30日の時点で4月分の役員報酬60万円が具体的に確定し、会社がその支払義務を負っているのかによって評価が変わり得るからです。
MoneyForwardクラウド給与を利用している場合の具体例
MoneyForwardクラウド給与では、給与の「締め日」と「支給日」を設定することができます。
例えば、
締め日 当月末日
支給日 翌月25日
という設定をすることができます。
また、MoneyForwardクラウド給与からクラウド会計へ給与仕訳を連携する場合には、仕訳計上日を「給与締め日」と「給与支給日」のいずれにするか設定できます。
したがって、「給与締め日」を選択している場合には、例えば4月末締め・5月25日払いの役員報酬60万円について、4月30日に次のような仕訳が計上されることがあります(話を単純化するため、源泉所得税等・社会保険料の金額を記載していません。以後、同じです。)。
役員報酬 600,000円 / 未払給与 600,000円
その後、5月25日に未払給与を支払えば、未払給与の残高は解消されます。
MoneyForwardのこの設定自体が法人税法上の役員給与の帰属時期を決めるわけではありません。
しかし、会社が実際に4月30日に60万円の役員報酬を費用計上し、同額の未払給与を負債として認識していたという会計処理は、「4月30日時点で役員に対する60万円の給与債務が具体的に成立していたのではないか」という事実認定上の重要な資料になります。
4月30日に旧額を未払計上済みなら5月20日の総会後に過去仕訳を書き換えない方が安全
例えば、会社が4月30日に、
役員報酬 600,000円 / 未払給与 600,000円
と計上したとします。
その後、5月20日の定時株主総会で役員給与を月額80万円へ増額することを決議したため、4月30日付の仕訳そのものを、
役員報酬 800,000円 / 未払給与 800,000円
へ変更し、5月25日に80万円を支払うことを考えるかもしれません。
しかし、この処理は慎重に考える必要があります。
4月30日の時点では、5月20日の定時株主総会による80万円への増額決議はまだ存在していません。
しかも、会社自身が4月30日に60万円を役員報酬として費用計上し、同額の未払給与を認識していたのであれば、5月20日の増額決議後に4月30日の給与債務を80万円へ変更することは、単なる入力ミスの訂正ではなく、後日の決議によって生じた増額を過去の日付へ遡及させたものと評価される可能性があります。
したがって、このような事実関係であれば、4月30日の旧額60万円の仕訳を後から80万円へ書き換える方法は避けるのが安全でしょう。
このケースでは5月25日は旧額、6月25日から新額とする処理が明確
上記のように、4月30日に旧額60万円について既に、
役員報酬 600,000円 / 未払給与 600,000円
と計上しているのであれば、実務上は次のように処理するのが分かりやすいでしょう。
| 日付 | 処理 |
|---|---|
| 4月30日 | 旧額60万円を役員報酬・未払給与として計上 |
| 5月20日 | 定時株主総会で月額80万円へ改定 |
| 5月25日 | 4月30日に計上した未払給与60万円を支払う |
| 5月31日 | 新額80万円を役員報酬・未払給与として計上 |
| 6月25日 | 80万円を支払う |
| 以後 | 毎月80万円 |
この場合、
5月25日 改定前の旧額60万円を支給
6月25日 改定後の新額80万円を支給
という関係が明確になります。
5月20日の定時株主総会議事録にも、
「取締役甲の報酬月額を60万円から80万円へ改定し、令和〇年6月25日支給分から適用する。」
などと記載しておけば、議事録、給与計算、会計処理及び実際の支給時期が一致します。
「給与支払日」を仕訳計上日に変更すれば解決するわけではない
MoneyForwardクラウド会計では、給与仕訳の計上日を「給与締め日」ではなく「給与支払日」とすることもできます。
しかし、仕訳計上日を5月25日に変更すれば、5月20日の定時株主総会で決めた80万円を当然に5月25日から支給できることになるわけではありません。
会計ソフトの設定は、法人税法上の給与債務の発生時期や職務執行期間を自由に変更するものではないからです。
例えば、役員報酬規程、過去の株主総会決議、給与計算の仕組みその他の事実から、4月30日時点で4月分60万円の役員報酬が既に確定していたと認められるのであれば、仕訳を5月25日付で計上しているというだけで、その実態が変わるわけではありません。
したがって、単に税務上有利な結論にするために「給与締め日計上」から「給与支払日計上」へ変更するのではなく、その会社の役員報酬の決定内容、支給基準、債務確定時期と会計処理を一致させることが重要です。
電子帳簿の仕訳を後から訂正すると「偽造」になるのか
電子帳簿に計上した仕訳を後日訂正したからといって、それだけで直ちに帳簿の「偽造」になるわけではありません。
会計実務では、入力誤りや計算誤りが後から判明し、仕訳を訂正することはあります。
電子帳簿保存法も訂正そのものを禁止しているわけではなく、優良な電子帳簿については、むしろ訂正・削除をした場合にその履歴を確認できることを要件としています。
MoneyForwardクラウド会計にも、一定の設定を行うことにより、仕訳の登録・訂正・削除履歴を確認できる「仕訳履歴保存」機能があります。
したがって、例えば4月30日に本来60万5,000円とすべき給与を単純な入力ミスによって60万円と計上していたため、後日正しい金額へ訂正し、訂正履歴と理由を残しているようなケースを、直ちに偽造と考える必要はありません。
後日の株主総会決議を過去から存在したように見せる処理は別問題
一方、次のような行為は、単なる入力誤りの訂正とは性質が異なります。
4月30日の時点では60万円の給与債務しか存在していなかったにもかかわらず、5月20日に80万円への増額が決まった後、あたかも4月30日時点から80万円の給与債務が存在していたかのように帳簿を変更する場合です。
特に、
・訂正前の仕訳を意図的に消す
・訂正履歴を残さないようにする
・5月20日の株主総会決議が4月30日以前から存在したような資料を作成する
・株主総会議事録自体の日付を実際と異なる過去の日付にする
などの行為は行うべきではありません。
国税庁の法人税に係る重加算税の事務運営指針では、帳簿書類の改ざん、偽造・変造、虚偽記載等は「隠蔽又は仮装」に該当する事実の例として挙げられています。
電子帳簿の場合も、訂正が必要なのであれば、訂正履歴を残し、「いつ、なぜ訂正したのか」を説明できる状態にしておくことが重要です。
MoneyForwardの自動仕訳だけで税務上の結論が決まるわけでもない
反対に、MoneyForwardクラウド給与から4月30日付で自動的に、
役員報酬 600,000円 / 未払給与 600,000円
という仕訳が生成されたという事実だけで、法人税法上、4月30日に必ず給与債務が確定していたと断定できるわけでもありません。
会計ソフトは、利用者が設定した締め日・支給日・仕訳計上日のルールに従って仕訳候補を生成するものです。
したがって、税務上は、
・株主総会や取締役会でどのように報酬を決定したか
・報酬規程等にどのような支給基準があるか
・「4月分」などの給与対象期間が具体的に定められているか
・給与締め日に債務が確定する仕組みなのか
・実際にどのように給与計算・会計処理を継続してきたか
などを総合して判断する必要があります。
もっとも、給与規程等の内容と4月30日の未払給与計上が一致しているのであれば、その仕訳は4月30日時点の給与債務を認定する上で相当重要な証拠になると考えられます。
総会開催月から新額にしても当然に日割りの遡及増額になるわけではない
例えば、4月25日の定時株主総会で役員給与を60万円から80万円へ増額し、4月30日に80万円を支給したとします。
この場合に、「4月1日から4月24日までの職務は既に終了しているため、その部分について必ず事後的な増額になる」と機械的に考えるわけではありません。
国税庁Q&A Q2は、6月25日の定時株主総会で役員給与を増額し、その5日後である6月30日支給分から新額を適用する場合についても、4月及び5月の支給額と6月以降の支給額がそれぞれ同額であれば定期同額給与に該当するとしています。
したがって、役員給与を暦月の日数に機械的に日割り対応させて判断するものではありません。
もっとも、このQ2の事例では、6月25日の定時株主総会前に6月30日支給分について旧額の給与債務を既に未払計上していたという事実は示されていません。
そのため、Q2を根拠として、給与締め日に旧額の給与債務を既に確定・計上している翌月払いの事例まで当然に同じ取扱いになると一般化することはできません。
国税庁が否定する「遡及増額」とは何か
国税庁には「定期給与の増額改定に伴う一括支給額(定期同額給与)」という質疑応答事例があります。
この事例では、3月決算法人が6月末の定時株主総会で役員給与を増額する際、その増額を期首の4月まで遡らせ、4月分から6月分までの増額差額を7月に一括支給しています。
国税庁は、この増額差額について、既に終了した職務に対して「事後」に給与額を増額して支給したものであるとして、定期同額給与には該当しないとしています。
したがって、
6月25日総会
→その後の6月30日支給分から新額
というケースと、
6月末総会
→既に旧額で確定していた4月・5月等の給与について後から増額差額を追加支給
というケースは区別する必要があります。
特に、給与締め日に旧額を費用・未払給与として計上済みのものを、その後の株主総会決議によって増額する場合には、後者との違いを慎重に検討する必要があります。
「改定日」は各役員の具体額が確定的に変更された日を基準に考える
国税庁Q&A Q2では、6月25日の定時株主総会で具体的な役員給与額の変更を決議した事例について、図上も6月25日を「改定」としています。
また、国税庁の質疑応答事例では、5月25日の定時株主総会による給与額の改定を通常改定として扱っています。
したがって、株主総会、取締役会その他の権限ある機関において、各役員の具体的な給与額を確定的に変更する通常のケースでは、その決議日が給与額の改定日を判断する重要な基準となります。
ただし、法人税法施行令69条1項1号イの「改定がされた日」が常に株主総会等の決議日であると正面から判断した裁判例又は公表裁決例は確認できません。
報酬限度額だけでは具体的な役員給与額の改定にならない場合がある
株主総会で取締役全員に対する報酬総額の限度額だけを決議し、各役員の具体的な給与額については取締役会等で決定している会社があります。
このような場合には、報酬総額の限度額を決議した株主総会の日に、各役員の具体的な定期給与額が改定されたとは限りません。
国税庁Q&A Q2でも、株主総会で役員給与の支給限度額を定め、各人別の支給額を取締役会で決議するなど、会社法等に従って役員給与額を決議する場合には、その各人別の支給額を決議する機関の決議を、Q2における株主総会決議と同様に取り扱って差し支えないとしています。
したがって、税務上重要なのは、権限ある機関によって各役員の具体的な給与額がいつ確定的に決められたのかという点です。
令和6年8月1日裁決から分かる具体額の決定を証明する重要性
令和6年8月1日裁決(金裁(法)令6第1号)では、歯科医業を営む医療法人社団の理事長給与について、定期同額給与への該当性が争われました。
設立総会では理事長の月額報酬限度額が定められていましたが、具体的な支給額をいつ決定したのかを示す資料が確認できませんでした。
審判所は、7月の給与額改定については7月18日の総勘定元帳計上日、9月の給与額改定については9月17日の総勘定元帳計上日に、それぞれ給与額の改定がされたと推認しています(令和6年8月1日裁決・金裁(法)令6第1号、TAINS F0-2-1296)。
この裁決は国税不服審判所の公表裁決事例ではなく、情報公開により確認された裁決です。
この裁決からも、役員報酬について、各役員の具体的な給与額をいつ決定したのかを、議事録その他の客観的資料によって説明できるようにしておくことが重要だと分かります。
また、本件では総勘定元帳への計上日から改定日が推認されている点にも注意が必要です。
給与締め日に役員報酬・未払給与を計上している場合、その会計処理が役員給与額の確定時期を判断する事実認定資料となり得ることとも整合的です。
法人税の申告期限と役員給与の3か月ルールは別の制度
3月末決算法人で法人税の申告期限の延長を受けていない場合、法人税の確定申告期限は原則として5月末です(法法74①)。
一方、定期同額給与の通常改定については、一般的な3月末決算法人では原則として6月30日が3月経過日等となります(法令69①一イ)。
したがって、「法人税の申告期限が5月末だから、役員給与も5月末までに改定しなければならない」という関係にはありません。
一般的な中小株式会社では、定時株主総会で計算書類を承認し、その後確定申告を行う運用が多いため、申告期限の延長を受けていない3月末決算法人では4月又は5月に定時株主総会を開催するケースが多いでしょう。
しかし、法人税の申告期限と定期同額給与の3月経過日等は、それぞれ別の制度です。
同じ役員給与を必ず12か月支給する必要はない
「定期同額給与」という名称から、一度決めた役員給与は必ず12か月間同じ金額でなければならないと思われることがあります。
しかし、法人税法には、「同じ給与額を必ず12回支給しなければならない」という要件はありません。
給与額について通常改定が行われた場合には、その事業年度について改定前と改定後の期間を区分し、それぞれの期間の各支給時期における支給額が同額であるかどうかを判定します(法令69①一)。
同じ給与額が11回しか続かない場合もある
例えば、毎月20日払いの3月末決算法人について、
1年目
5月25日に60万円から80万円へ改定
6月20日から80万円
2年目
4月25日に80万円から100万円へ改定
5月20日から100万円
としたとします。
80万円が支給されるのは、1年目の6月20日から翌年3月20日までの10回と、2年目の4月20日の1回で、合計11回です。
しかし、各事業年度について通常改定の要件を満たし、改定前後それぞれの期間における各支給時期の給与額が同額であれば、80万円が11回しか続かなかったという理由だけで定期同額給与から外れるものではありません。
同じ給与額が13回続く場合もある
反対に、
1年目
4月25日に60万円から80万円へ改定
5月20日から80万円
2年目
5月25日に80万円から100万円へ改定
6月20日から100万円
としたとします。
この場合、80万円は1年目の5月20日から翌年3月20日までの11回と、2年目の4月20日・5月20日の2回で、事業年度をまたいで合計13回続きます。
この場合も、それぞれの事業年度について通常改定の要件を満たし、改定前後の各支給時期における給与額がそれぞれ同額であれば、「13回同じ給与額が続いた」という理由だけで問題になるものではありません。
重要なのは、「同じ給与額を12回支給したか」ではなく、各事業年度における給与額の改定が法人税法上認められる改定に該当し、改定前後の各支給時期における給与額がそれぞれ同額であるかどうかです(法法34①一、法令69①一)。
議事録には具体的な給与額と適用開始時期を記載する
役員給与を改定する場合には、税務上の立証のためにも、株主総会議事録、取締役会議事録その他の決定書類に、各役員の具体的な給与額と、新しい給与額をどの支給時期から適用するのかを明確に記載しておくことが重要です。
例えば、当月末締め翌月25日払いで、4月30日に旧額60万円を未払給与として計上している会社が、5月20日の定時株主総会で役員給与を80万円へ改定し、6月25日支給分から新額を適用する場合には、
「取締役甲の報酬月額を60万円から80万円に改定し、令和〇年6月25日支給分から適用する。」
などと記載する方法が考えられます。
そして、
5月25日支給 60万円
5月31日締め 80万円を計上
6月25日支給 80万円
という給与計算・会計処理と一致させます。
実際にどの機関が役員給与額を決定するかは、その法人の定款、既存の株主総会決議、取締役会設置の有無、各役員への個別配分についての委任の有無等によって異なりますので、会社法上適切な手続に従う必要があります。
まとめ
定期同額給与の「3か月ルール」について、まず重要なのは、3月経過日等までに新しい給与を実際に支給しなければならないという制度ではないことです。
3月経過日等までに求められているのは、原則として「定期給与の額の改定」です。その上で、「給与改定前の最後の支給時期」と「給与改定後の最初の支給時期」を基準として、改定前後の各支給時期における給与額がそれぞれ同額であるかどうかを判定します(法令69①一イ)。
国税庁Q&A Q2では、6月25日に給与額を改定する毎月末日払いの法人について、6月30日から新額とする場合と、6月30日は旧額のままとして7月31日から新額とする場合の双方が定期同額給与となることが示されています。
ただし、これを「3月経過日等までに決議すれば、新額を適用する支給時期を自由に選べる」と一般化することはできません。
また、「当月払い」「翌月払い」「4月分」といった呼び方だけで結論が決まるわけでもありません。
特に、当月末締め翌月25日払いの会社が、給与締め日に旧額について「役員報酬/未払給与」と仕訳を計上している場合には、その仕訳が給与債務の確定時期を判断する重要な事実認定資料となる可能性があります。
例えば、4月30日に旧額60万円を役員報酬・未払給与として計上し、5月20日の定時株主総会で80万円への増額を決議した場合には、4月30日付の仕訳を後から80万円へ書き換えて5月25日に支給するよりも、5月25日は旧額60万円を支給し、5月31日以後の給与を新額80万円として6月25日から支給する方が、決議、会計処理、給与計算及び税務上の説明を整合させやすいでしょう。
なお、電子帳簿に計上した仕訳を後日訂正すること自体が直ちに偽造となるわけではありません。単純な入力誤り等であれば、訂正理由と履歴を明確にして正しく訂正します。
一方、後日の株主総会決議によって生じた増額を、過去の日付から既に存在していた給与債務であるかのように処理することは避けるべきです。
役員給与を変更する場合には、「改定日」「職務執行期間」「給与改定後の最初の支給時期」に加えて、「給与債務がいつ具体的に確定したのか」「給与締め日にどのような会計処理をしていたのか」まで確認し、株主総会議事録、給与規程、給与計算、会計仕訳及び実際の支給を一致させておくことが重要です。
※本記事は2026年8月28日現在の法令、通達及び公表資料等を確認して作成しています。
主な根拠資料
・法人税法34条1項1号
・法人税法施行令69条1項1号
・法人税基本通達9-2-12、9-2-12の2
・国税庁「役員給与に関するQ&A」Q2
・国税庁「定期給与の額を改定した場合の損金不算入額(定期同額給与)」
・国税庁「定期給与の増額改定に伴う一括支給額(定期同額給与)」
・国税庁「電子帳簿保存法一問一答【電子計算機を使用して作成する帳簿書類関係】」
・国税庁「法人税の重加算税の取扱いについて(事務運営指針)」
・『法人税基本通達逐条解説(十二訂版)』905~907頁(法基通9-2-12、9-2-12の2関係)
・令和6年8月1日裁決(金裁(法)令6第1号)
・MoneyForwardクラウド会計「『給与から仕訳のルール設定』画面の使い方」
・MoneyForwardクラウド会計「『仕訳履歴保存』機能の使い方」
